211話 ティアラ冒険者ギルドに領主が来訪
四月二十七日。
今日は日が昇る前から市内をパトロールする馬の蹄の音で騒がしい。
理由はフランタ市に領主が来市されるせいである。
本来、領主の予定などは相当前もって通達されるものだが此度はなんと前日。防衛隊はてんやわんやだろう。
とはいえカートン隊長が手紙を出した時点でこうなることは想定していたようで、宿の手配や周辺の警備などはそこそこ固めてあったらしい。
ティアラ冒険者ギルドにも来店されるということで、開店前から防衛隊員がひっきりなしに周辺のパトロールをしていた。
そして開店……もう客足はパッタリ。
お貴族様である侯爵が訪れるとなると近づく庶民はまずいない。冒険者も今日は酒場で呑んだくれるしかなかろうて。
職員は暇をもてあそびながら刻々と時間が過ぎる。その間、防衛隊の連絡係が逐一やってくる。
「先ほど町に着きました」「本部に入られました」「ぼちぼち出立します」
さあいよいよだ!
時刻は11時50分。
ロキギルド長、ティナメリル副ギルド長、タラン主任の三名が玄関前でお出迎えのスタンバイ。職員は職場スペースにて待機。
俺にも上長三人と並んでお出迎えをギルド長から提案されたが拒否した。
理由は二つ、一つはいち職員が上長と居並ぶのはおこがましい点、もう一つは俺が姿を見せないほうがご機嫌斜め感があるかなという点である。
小細工ではあるが侯爵には効くような気がする。
そうこうしていると、広場にお馬さんの団体がやってきた。
先頭は第一小隊のカートン隊長、その後ろ二騎がバザル副隊長、クールミン隊員。
金属の軽鎧をまとった侯爵の護衛が五騎続き、侯爵が乗る黒塗りの貴賓用の馬車が登場。後衛にも騎馬が続いた。
玄関先に馬車が横づけされ、フランタン領の紋章が描かれた馬車の扉が開く。
まず次席執事のアルナーが降りると、続いて領主――ダスター・コーネリアス侯爵が姿を見せた。
茶色のマントを羽織り、金糸で装飾が施された紅色のジャケット、紫黒色のズボン、ロングブーツを履いている。
ティアラの上長三人は会釈をした。侯爵は三人それぞれと少しだけ言葉を交わすと主任の先導で店内へ入る。
侯爵に対し、職員一同が会釈。侯爵は立ち止まらずに軽く頭を下げ、そのまま二階へ向かう。
とここでギルド長が「瑞樹!」と俺の名を呼び、クイクイっと手招きをした。皆の視線が俺に向き、侯爵と目が合った。
場所は会議室に変更した。
昨日はギルド長室で……という話だったが、シーラから「侯爵の護衛数名と執事、防衛隊からカートン隊長、クールミン隊員が同席する」と言われたからだ。
なので席は会議用テーブルを二つくっつけた感じになっている。
部屋の奥側に侯爵の座る椅子が一脚、少し離れた位置にアルナーが座る椅子がある。侯爵の斜め後ろに二名の護衛が立つからだ。
対面の入り口側に三席、ギルド長、副ギルド長、主任……ではなく俺。主任は少し離れた位置の椅子。カートン隊長とクールミンは立ったままでいいそうだ。
主任が侯爵を椅子に案内する。
「瑞樹、お前は真ん中だ」
「えっ? あ、ハイ」
俺が端っこに座ろうとしたのをギルド長が止めた。ギルド長は「お前が主役だろ!」という目をしている。まあ……たしかにそうかも……。
皆が俺の去就をじっと見つめる。指示に従い真ん中に座ると、ギルド長が右横、ティナメリルさんが左横の椅子に座った。
ふと侯爵の後ろについた護衛二人に目をやる。明らかに「はあ?」という驚きの表情を見せていた。
さて、どちらから口火を切るか……という感じでこの場を緊張が支配する。少なくとも俺じゃないよなーと思っていたのでずっと黙っている。
侯爵の顔をじっと見つめる。さすがに疲れの色が見えるな。王都から三日ぶっ飛ばしての帰郷。しかも馬車だもんなー、さぞかし揺れがひどかったことだろう。休んだのは一晩のみで、今日フランタ市にやってきて王子一行の件を片付けないといけないわけだ。
んなことを考えていたら沈黙が十秒ほど続いた。
「此度はティアラのみなさんが大変な目に遭ったとか……」
侯爵が先に口を開いた。俺はしばらく黙っていると、ギルド長もティナメリルさんも俺のほうを見ている。
あっ、これもうずっと俺が話をしろというスタンスか。
「――まあそうですね。ちょっと背中をグサリと刺されたとか、ちょっと受付嬢三人が攫われたとか、ちょっとドラゴンの牙を強奪されたとか……ええ、大変でした」
ちょっと明るい口調で答えた。ホント、ひどい出来事だったんだぜ……と。
すると侯爵は少し沈痛な面持ちでギュッと口を結ぶ。それと同時に後ろの護衛二人が俺をギロっと睨んだ。
あれ? 俺なんか言い方がおかしかったか?
別に侯爵をバカにしたわけではないと思うんだけど。嫌味にとられたか? 疲れているから余裕もないのか。
「まあ侯爵に気にかけてもらえて光栄です……いや光栄は違うか。ありがたい……いや、よかったです、か、な?」
一応フォローのつもり。どうせ俺が話を進めなきゃいけないみたいだし、とっとと本題に入ろう。
「侯爵、話に入る前に二つほど確認したことがあるんですが……」
「何かね?」
「防衛隊本部で王子に接見したんですよね?」
「ああ。君から『話をするな』と指示があったようなので黙っていたぞ」
クールミンから「別室で面会しました」と補足説明を受ける。
「ふーん。でですね侯爵…………あれ本物ですか?」
「ん? ああ。だいぶげっそりとやつれていたがな」
小さく頷く侯爵。あーあ、やっぱり本物かー!
「……何か言ってました?」
「ああ。私の顔を見るなり『早く助けてくれ!』と涙ながらに叫んだな」
「ふん、まだ元気あんなー……」
ポツリと述べると侯爵はじっと俺の顔を見た。王子に何かしたのがバレたかな? まあどうでもいいがな。
「それともう一つ、これが重要なんですが…………侯爵は王子側ですか? それともこちら側ですか?」
「――どういう意味かね?」
「そのまんまですよ。貴族として王子におもねるか、私たち被害に遭った領民に与するか、どっちかって聞いてるんです!」
「…………それは――」
侯爵が発言しかけたそのとき、
「おい貴様! なんださっきからその口の利き方は? 閣下に対して無礼であろう!!」
護衛の一人がずいと身を乗り出して叫んだ。顔を真っ赤に紅潮させて怒りを隠すことなく俺に向けている。
「!? お、おいベルガー、よさぬか!」
侯爵は護衛を目にして驚いている。あきらかに「しまった!」という表情に見える気がする。
いやそれより……なに? 俺、なんかした? 口か? そんなに無礼な口の利き方してるか?
………………してんのかな。
「ギルド長、俺の話し方変ですか?」
「? ……いや、特に変ではないが?」
「じゃあ無礼です?」
ギルド長は少し困ったような表情で答えに窮した。
あっっっっれ~~~?
「侯爵? なんか話し方、マズいですか?」
「いやそんなことは……」
「貴っ様~!!」
なんだ!? さっぱりわからん!
話しかけたらいかんのか? ……にしてもベルガーっつー奴、護衛の分際でうっとおしいな!
こっちがこびへつらってないのが気に入らないとか……そういうのかな?
ざけんな! こっちが腹立つわ!!
「これはこれは失礼いたしました。私は御手洗瑞樹と申します。私は日本という国の出身なのですが、私の国には貴族がいないんですよ。なのでこう……貴族様を尊敬するような言い方が不得手でございまして……。アア、マコトニモウシワケナイ」
「…………!」
「ところであなた様のお名前をお聞かせ願えますか?」
それなりにへりくだった物言いをすると、ふんと鼻息を吐いた。
「…………ベルガー・オリオール男爵である」
「ああ男爵! ということはあなた様も貴族なんですね、すばらしい! お近づきになれて大変光栄です。できましたら握手をいただけますかな?」
そう言うと席から半立ちして右手を伸ばした。ベルガーは俺の伸ばした右手をじっと見つめると、机に身を乗り出すように左手を差し出した。
「おいベルガー! 失礼だぞ!!」
俺は礼儀に詳しくはないのだが、たしか『右手が友好を示し、左手が敵対を示す』というのが海外でのお約束だったような。もちろん地球での話。
侯爵の言から、異世界であるこの国でもそんな感じのようだ。
つまりこのベルガー男爵は、庶民と仲良くする気はさらさらねーよ、と態度で示しているのだ。
なるほどね……。
俺は右手を下げ、にっこり笑顔を浮かべながら彼と左手で握手する。
……と同時に『雷の魔法』を詠唱した。
《詠唱、弱雷》
途端、ベルガーはひきつった表情で白目をむき、ガンッと大きな音を立てて机に突っ伏した。
「――なっ!?」
「あらあら、お疲れのようですね。おねむですか?」
突然の出来事に侯爵は驚き、椅子から立ち上がろうとする。しかしうまく立ち上がれずに椅子がガタガタと音を立てた。
手を離すと彼の身体は重力に従って机からずり落ちた。それを見たもう一人の護衛は侯爵をかばうと俺を睨みつけ、憤怒の表情で腰の剣に手をかける。
「お? 抜くんか? それをここで抜くんか? いいぞ? やってみろッ!!」
先に喧嘩を売ったのはそっち!
王子の一件でこっちは懲りている。もう貴族だろうが遠慮はしない。なんぼでも買うぞ!
一気に緊張した空気に包まれる。
「待て瑞樹、落ち着け!」
カートン隊長が止めに入る。しかし俺はかまわず護衛に怒りをぶつける。
「いいか、教えてやろう。うちの国に『鯉口三寸切ったら改易』って諺がある。お城で刀をちょっとでも抜いたら切腹するんだよ。切腹……腹切って自死して詫びるんだよ。お前……ここで剣抜いてみろ。お前のせいで上司である侯爵は俺たちに敵対したとみなすがよろしいか? 侯爵、それでよろしいか? お前は責任とって腹切って詫びるか?」
諺は完全に日本語だろうから伝わるまい。だが「腹を切って死ね」とは言ったので、そういう意味だと理解したはずだ。
「アロンゾ! 剣から手を離しなさい!」
「――ですが閣下!」
「離せと言っているのがわからんか!!」
「……も、申し訳ありません!」
侯爵の叱責に護衛はたまらず恐縮した。
「ふん!」
完全に場の空気が悪化した。話し合いどころではないな。
……ていうか、なんで侯爵はこんな奴を連れてきたんだ? うちが王子に襲われたこと知っててこれか? やっぱり侯爵は王族側ってことか?
期待を裏切られたようでがっかり感がハンパない。
「ちょっとたばこ吸って頭冷やしてきます。十分ぐらいしたら戻ります」
そう言って部屋を出る。ちょうどバザル副隊長が何の騒動かと扉の前でスタンバっていた。
「あ、バザル副隊長。あの倒れてるのと突っ立ってる護衛の二人、外に出してください。あとうちのギルド内に侯爵の護衛がいたら叩き出して。貴族がいるだけで腹が立つ!」
「……わかりました」
そう言い残し、裏口から旧広場のほうへ向かった。