21話
「ホントに馬鹿がやってきたのか!」
タランはギルド長に騒動の件を報告に来ている。
瑞樹が手際よくあしらった話をする。
「例のシャシンで手玉に取ってました」
ギルド長は豪快に笑う。
なるほどたしかにあれは腰を抜かすだろう……自分たちもそうだったからな。
彼のスマホの使い方に感心した。
「話は変わるのですが――」
「ん?」
「ティナメリル副ギルド長のことです」
「うむ」
「なぜお見えになったんでしょう?」
「さあなー……」
ギルド長は頭を掻く。
先日店頭に副ギルド長が顔を見せた件だ。
彼女は滅多に人前に出ない。
人が嫌いなんじゃないかと思うぐらい姿を見せない。
その彼女が出てきたのだ。思惑が気になるのは当然だ。
だがギルド長は彼女に関して深くは考えないようにしている。
正確には『考えるのを諦めた』が正しい。
彼女の行動原理がわからないからだ。
ロキは肩書はティナメリルより上だ。
だが設立当初からいるらしい彼女には頭が上がらない。
彼女が副という立場なのは、このギルドができてからの不文律を頑なに守っているためだ。
そしてその不文律を知る者は当然彼女しかいない。
知ってた人間はとうの昔に亡くなっているからだ。
いや……知ってた人間がいたのかもわからないのだ。
「それであの……ミズキの言葉……エルフ語ですかね?」
「わからん」
2人ともエルフ語など聞いたこともない。
だが瑞樹が聞いたこともない言語でティナメリルに話しかけた。
おそらくエルフ語だろう。
「わしも彼女のことはほとんど知らんのだ」
ロキは、ギルド長になるまで彼女と接する機会はほとんどなかった。
長になってからそれなりに接するようになる。
だが彼女は自分のことについて何も話さないし聞いても答えない。
前任の長に聞いても同様に何も知らなかった。
ただわかっていることは――
『自分が生まれる前からティアラにいて、自分が死んでからもティアラにいる』
エルフが長寿命ということしかわからないのだ。
「ティナメリルは人に興味ないからな。もう忘れてるんじゃないか」
「そう……ですね」
一応ギルド長に同意する。
だがタランは思っていた――きっと瑞樹のことを見にきたのだろうなと。
◆ ◆ ◆
ティアラ冒険者ギルドに勤めてから3週間が経った。
数日前から受付業務は大忙しだ。
月単位の依頼を受けてる冒険者の更新が増えているらしい。
彼女たち3人で回しきれないときは、他の職員も臨時でカウンターに座って対応する。
おかげで俺も受付業務を覚えた。
加えて暇な冒険者がここぞとばかりに採取に勤しみ、買取も3人ぐらいで対応している。
これには理由がある――もうじき月末なのだ。
依頼更新の客は引き続き雇用主から契約してくるようにと言われた人たち。
働きがよかったのだろう、派遣継続のようだ。
買取が忙しいのはフリーの冒険者、または討伐や護衛からあぶれた連中。
金稼ぐべく獣狩ったり草摘んだりと小銭稼ぎ。
そんなわけで月末が近づくとギルドも大忙しなのだ。
そしてこの日の昼過ぎた頃、主任が職員連れて何やら箱を手押し車に載せてやってきた。
それ見てみんなの顔が一気に綻ぶ。
俺も察した――お給料だ。
それぞれ呼ばれて明細と布袋の包みをもらう。
「ミズキさん」
主任に呼ばれて机の前へ向かう。
「今月入ったミズキさんは日数3週間ですが、諸般の事情を考慮して丸1ヶ月分の支給になります」
「え、マジでいいんですか? いやぁありがたいですぅ」
初めての就職先が異世界、そして超ホワイト企業だったことに感激する。
心の中で日本の企業も見習えと叫んでいた。
席に戻って包みを開けて中を見る。
何やら金色に光る硬貨がある――
「うぉおぉ金貨だぁあああ!」
初めて手にする金貨に大喜び。お給料は小金貨1枚、大銀貨1枚、以下略……。
「う~ん輝く山吹色の小判……じゃなくてコイン、うっとりするな~」
金貨を指でスリスリしているとガランドが不思議そうに見やる。
「金貨珍しいのか?」
「うちの国じゃ金貨使いませんからねー」
「へえ、そうなんだ」
事情を知ってるリリーさんとキャロルが説明する。
「瑞樹さんの国って紙の通貨なんですよ。紙幣っていうんでしたっけ……」
「ユキチさんとヒデヨさんです」
そういえば経理の3人には紙幣見せてなかった。
財布から紙幣を取り出す。
五千円札持ってなくて正直スマンカッタ、イチヨウさん。
「硬貨は使わないんですか?」
「ありますよ」
主任が尋ねたので手持ちの硬貨も見せる。
「うおぉー! 何これ細かい、絵が綺麗!」
「穴が空いてるのがある! これ……銀じゃないですね」
「一番小さいの凄く軽ーい!」
鋳造技術はこの世界のレベルとは段違い。
みんな俺の硬貨を手に取って口々に感想を述べた。
ちなみに一番人気は1円玉。
金属なのに軽いことに魔法かと疑われた。
「日本では金の価値はないんですか?」
「いやいや…日本でも金の価値は高いですよ。通貨として使わないだけです」
現代の金融は信用創造。
お金は信用で成り立っている――なんて話をしても通じない。
単純に重いからって理由にした。実際間違いじゃないしね。
みんなが日本の通貨に夢中になってる間に頂いた給料明細を見る。
「あ……仮採用で2割減」
すっかり忘れてた。
給料頂いた後、まだ就業中ですよと主任の言葉に皆仕事に戻る。
俺は金貨が嬉しくて机の上にちょこんと置いて眺めていた。
「失くしても知りませんよ」
その様子をリリーさんが咎める。
初任給に舞い上がってる俺は軽口で返す。
「失くさないも~ん!」
その言い草に彼女はふふっと笑った。
初めての給料を頂いた。
やっとこの地でやっていけそうな実感が湧く。
定期雇用でお金の心配もなくなった。
そうだな……ぼちぼち魔法の練習も始めたい。
そんなことを考えていたら別棟の女性職員が奥から顔を覗かせる。
「えっとすみません。瑞樹さんは……」
その声に全員振り向く。
「はい?」
「ティナメリル副ギルド長からの言伝で、今日の業務終了後、副ギルド長室に来るようにとのことです」
その台詞にスッと血の気が引く。
「……はい。わかりました」
この前の件なのは間違いない。
何だろう……絶対エルフ語の事は聞かれるな。
若干不安がよぎる……だがエルフの彼女に会えることを内心喜んでいた。