209話 朝チュントーク
四月二十五日、朝6時。
いつもより少し早めの時間にスマホのアラームが鳴る。まだ薄暗いな……とぼんやりと目を覚ます。
あっそういえば昨晩は……と慌ててスマホに手を伸ばす。
「瑞樹、それは起きる時間になったら鳴るの?」
隣で寝ていた女性はもう起きていた。
キャロルでもなくリリーでもなくティナメリルさんでもない。黒紫のロングヘアーの女性――ラーナさんである。
「あ、はい。起こしちゃいました?」
「ううん。先に目が覚めてたわ。早く起きる癖がついてるの」
「そうですか……ってラーナさん! 抱きつくのやめて! 朝からアレがマズいことに……いやもうなってんですけどぉ!?」
「寒いのよ!」
「じゃ、じゃあ服着てくださいよ!」
「んふ、いいじゃない。しばらくこうさせなさい」
ラーナさんは極度の寒がり。朝から抱き枕にされてしまった。
この状況は誰もが察すると思われるが、俺はラーナさんと一夜を共にしてしまった。
いやちょっと待ってほしい! 声を大にして言うがこれは浮気ではない! 人助けなのである!!
この行為はリリーもキャロルも同意の上……というか、二人から「ラーナさんを抱いてあげて」と頼まれたものだ。
いやホント、最初「なんで?」と俺が面食らったもんだ。
事の次第はこう……。昨日の昼、二人から相談があると言われた。
二十三日の夜、リリーとキャロルはラーナさんの家にお泊りした。そのときにラーナさんから「寝るのが怖い」と心情を吐露されたという。
どうも王子に攫われたことや、俺が目の前で殺されたことなどがフラッシュバックするらしい。
だがリリーとキャロルにはそういう症状は起きていない。
二人とラーナさんとの違いは「彼氏がいる」ことじゃないかとの結論に至ったわけ。
で二人は単純に「男に抱いてもらったら?」と結論付け、そのまま「じゃ瑞樹さんで」となったわけだ。……俺の意思は?
おいおい、あなたたち二人は俺の彼女じゃないの? 俺が他の女性を抱くことに抵抗はないの?
という至極当然な疑問をぶつけると、二人は「いやむしろラーナさんも彼女に……」との思惑を口にした。……だから俺の意思は?
しかし当のラーナさん、彼氏は当分いらないらしい。
しかも俺が候補に入るのは数年後だって。どうも年上好みのようだ。まあたしかに俺のこと、弟みたいって言ってたらしいもんなー。
――が、それはそれとして、俺と枕を交わすことには俄然興味があったらしい。散々二人から話を聞き出していたので機会があれば……と思っていたそうな。
……てなわけで、ラーナさんは昨晩、俺の部屋にいらっしゃったわけである。実に男冥利に尽きる。
「――それでどうでした? よく眠れました?」
「うん。もう大丈夫よ」
よかった。一応目的は達成できたようだ。
要は、俺がちゃんと生きているという実感と、何かあっても俺が支えるという信頼感が得られれば不安は解消されるのだと思う。その一助になれたのなら幸いだ。
……まあいうて俺も気持ちよかったしな。
「それにしても瑞樹……あなた本当にすごいのね!」
「ナ、ナニガァ!? よく言いますよラーナさん! ホント……ホントねえ!」
いきなりの高評価に恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
対するラーナさんはふふんと余裕の表情だ。こ、これが大人の女性の余裕かー!!
とにかくラーナさん……めちゃくちゃ激しくてずっと主導権をとられていた。普段のおしとやかさはどこへ? いやまあネコ被っているというのはもうわかってましたけどね。
なんつーか、お勉強になるというか鍛えられるというか……ラーナさんって経験豊富なの? とにかくお姉さんはすごかった。
「じゃ、じゃあ俺、風呂沸かしにいきますのでもう少し寝てても――」
「あら、まだいいじゃない! もう少し話をしましょ」
「!? な、なんのです?」
「リリーとキャロルとの話よ。あなた……あの日二人としたんですって?」
んがっ!? なんでバレてんの?
「もちろん二人を捕まえて聞きだしたのよ。女性職員全員でね。まあ二人とも嬉しそうに話してたわよ」
「ぐぁあああ!」
恥ずかしさのあまり思わず掛け布をかぶる。人生初の三人プレイを根掘り葉掘り知られているとは……超ハズーい!!
「で? あなたあの日、本部から帰ってきてからどうだったの?」
「ふえ? あー、あの日ですか……」
あの日のことを思い出しながら、掛け布から顔を半分だしてラーナさんを見る。
まどろみ気味の彼女はじっと俺を見つめ、笑みを浮かべて待っている。
昨日、部屋を訪れたとき、ラーナさんは笑ってはいたもののどこかつらそうな印象であった。だがいまは感じない。本当に安らげている雰囲気だ。
……まあ……俺の恥ずかしい話でさらに安心が増すというのなら喜んでしようじゃないか!
少しの時間ではあるが、朝チュントークをするハメになってしまった――
第一王子一行にティアラが襲撃された二十一日の夕刻過ぎ。
連中へのお仕置きを終えた俺は、カートン隊長から領主への報告についての相談を受け、その話をしたせいで帰りが遅くなってしまった。
ティアラに着いたときは18時を回っていて、辺りは薄暗かった。
ギルドの中へ入ると、受付カウンターの所で受付嬢三人と数名の女性職員が雑談に興じていた。
「遅くなってすみません」
「瑞樹さん!!」
リリーさんとキャロルが飛び出るように出迎えてくれた。
キャロルは左腕に抱きつき、「もうどこにも行かないんですよね?」と訴えるような目で尋ねた。さっき出かけるときもだいぶ嫌そうだったもんな。
俺は彼女の目をじっと見つめて「行かない」とはっきり答えた。
するとキャロルは俺を引っ張り問答無用で風呂場へ連行。もちろんリリーさんもぴったりくっついている。
「脱いで!」
「あ、はい」
キャロルの有無を言わせない迫力にそそくさとランマルセットを脱ぐ。
服を受け取るリリーさん、すんすんと鼻を鳴らすと「洗濯!」と投げるようにかごに放り込んだ。臭くてごめんなさい。
裸になって改めて自分の身体を眺める。血だまりに倒れ込んだせいで、首から下は全身に乾いた血がこびりついていた。
「座って」
「えっ?」
キャロルが俺を風呂椅子に座らせる。
すると二人は俺の身体にべったり張りついた血のりを濡らしたタオルで落とし始めた。
「い……いいよ! 自分でやるから――」
「ダメッ!」「ダメです!」
二人そろって断固拒否。
キャロルは背中を一生懸命に洗い、リリーさんは正面にまわって両足の血を一心不乱に落とす。俺は黙って二人の厚意を受け入れた。
――ところがである。
キャロルが背中を撫でるように触ったり、手を止めて真横から俺を見つめたりする。リリーさんも太ももの内側に手を滑らせ、股間近くまで手を持っていき見上げる。
二人とも潤んだ瞳、上気した吐息。……どうみてもこれ、二人とも欲情してないか?
そんな顔を見せられて我慢しろってのか!? どうあがいても無理! 必死に股間を隠して我慢するも、俺のアソコはえらいことになっていた。
もー辛抱たまらん!
いやでも風呂場ではしないって決めているし……。でもでも二人はスタンバイっぽいし、このまま流れで……。
と思っていたらいきなり頭からお湯をダバーっとかけられた。
キャロルが俺の頭を洗い始めた。おかげで踏みとどまることができた。リリーさんに手をどけるように言われると、彼女は自分が濡れるのもお構いなしに俺のお腹を洗ってくれた。
「瑞樹さん、湯加減は大丈夫です。どうぞ」
「あ、はい」
すっかり綺麗になった俺は湯に浸かる。
居並ぶ二人は着ている制服がびしょ濡れ状態、あとで『脱水の魔法』でパパっと乾かしてあげよう。
「瑞樹さん!」
「ん、なに? リリーさん」
「私のことも呼び捨てで呼んでください!」
突然のリリーさんのお願い、その表情は真剣である。
な……ん? いま“も”って言った? すぐにピーンときた。
なるほど、シーラの件か。シーラは呼び捨てにされたとき嬉しそうな顔してたもんな。
キャロルは年下なのでともかく、リリーさんは同年代だし、初対面のときにやらかした経緯からずっと“さん”付けで接していた。それが他人行儀っぽいので嫌ってことか。もう彼女だもんな。
「――ん、わかったリリー。……じゃあ俺のことも呼び捨てにしていいよ」
「……瑞樹…………さん」
めちゃくちゃ嬉しそうに照れるリリー。俺の名前を呼び捨てするのはもう少し時間がかかりそうだ。
風呂から上がると用意されていたのはシャツとパンツのみ。あれ……替えの制服ないの? と悩む間もなくキャロルに腕をつかまれてギルドへ。
いやちょっと! パンツ……パンツだから!
「大丈夫、人いないから」
いやいる、いるよ! 泊まりの女性職員たちが!!
バツの悪さを気にしていたら……なんと自分の席に食事が用意されていた。どうやら女性職員たちが俺の風呂上がりに合わせて準備したらしい。
……え? てことはずっと会話聞かれてたの?
パンツ姿の俺を見て「あらあら」とにんまりする女性たち。俺の下半身を品定めされているような視線を受ける。
なお、この日は数名の女性職員がラーナさんを囲んでお泊りだそうだ。彼女を独りにはさせないぞ、ということらしい。それを聞いて安心した。
リリーとキャロルが俺の隣に座ると、「じゃあ邪魔者はこの辺で……」とばかりに女性たちは二人に手を振って引き上げていった。
食事が終わると二人は両サイドから腕を組み、パンツ姿の俺をそのまま宿舎まで強制連行。部屋に着くと二人は感情が爆発し、泣きながら抱きついてきた。
俺もそんな二人が愛おしく、何度も何度も互いと唇を重ねた。三人とも燃え上った情欲は治まることを知らなかった。
結局、空が明るくなるまで情を交わし、気づけば三人とも昼過ぎまで寝てましたとさ。
「くふふふふ!」
「ラーナさん、そんな笑わなくても!」
気持ちコミカルに話を進めたせいか、ラーナさんは終始クスクスと笑っていた。彼女のご機嫌な様子にこっちも嬉しくなる。
「じゃあボチボチお風呂入れてきます。だいぶ明るくなってきましたしね」
「ちょっと! まだ副ギルド長との話がないわよ!」
「はぁ? もう時間ないですよ……てか離して! 足……足絡めないで! 顔近い、顔近い!」
「どうなの? ティナメリルさんとは?」
「あーあー聞こえない! その話はまた今度です!!」
その言葉を聞いたラーナさんはしたり顔、抱きつく腕の力を弱めた。
「……わかったわ。じゃあ“また”今度ね」
「ん? ……あっ!」
気づかずに次の一夜の予約をしてしまった。
「これじゃラーナさん、セフレですよ!」
「何? セフレって?」
「――ッ!」
自分で言って自分で照れる。これ説明するの超恥ずかしいなー。しどろもどろで説明すると、ラーナさんはニヤリと笑ってこう告げた。
「いいわよ瑞樹。これからもよろしくね」
「…………はい」




