204話 カートンの憂鬱
フランタ市防衛隊本部、第一小隊隊長室。
カートンは、此度の『王子一行によるフランタ市での狼藉行為』を領主に報告すべく手紙を書いている。
そこへ扉のノックの音とともにクールミンが入室してきた。
「どうだ?」
「いやーまったくダメですね、聞く耳もちません」
「そうか」
捕らえた近衛兵たちは、口を開けば「タダで済むと思っているのか?」「俺はナントカ家のナントカだ!」「貴様ら全員、反逆罪だぞ!」「王室侮辱罪で処刑だ!」としか言わない。こちらを見下しているせいで質問に答える気がない。
「王子はどうしてる?」
「目は覚ましましたがかなりつらそうです。騎士団長のギュンターも同様で、股間の激痛に苛まれているようです」
「ふむ」
思わずクールミンの股間に目がいき、クールミンも自分の股間に目を落とす。
シーラから瑞樹の仕業だという報告を聞いたとき、自分のいちもつが縮みあがる思いがしたのだ。クールミンもおそらく……男なら誰でもそうだろう。
「で? このあとどうするんです?」
「うむ。それなんだが、やはり領主のコーネリアス侯爵に処遇を尋ねるしかないだろう」
この一件、はた目には『いち地方都市の治安組織による自国の軍隊の制圧』である。したほうもされたほうも前代未聞、しかもその中に王族たる第一王子が含まれているという事態。どう対処すればいいかわかる人間がいたら連れてきてほしいというのが正直な感想だ。
「いいんですか? 最悪、私たちのほうが罪に問われますよ?」
「…………」
クールミンの指摘に言葉が詰まる。
今回の逮捕劇は、ある二人の人物の不在があったからこそ成しえたものだ。行政官と防衛隊本部長である。
もし行政官がいれば間違いなく王子におもねり、「決して王子一行のすることを邪魔してはならない」と釘を刺したはず。何かあったら自分の立場がなくなるからだ。
それともし本部長がいれば喜んで王子にこびへつらい、「どのようなことも見て見ぬふりをしろ」と命じただろう。ましてや攫われた受付嬢を救出した瑞樹を「王子に暴行した罪で逮捕しろ!」とまくし立てたに違いない。
この二人がいなかったからこそ、自分たちは秩序を守るための正しい行動ができたのだ。
しかし一方で、この二人がいないことで困る事態も起きている。責任を取るべき人物が足りないのだ。
領主は侯爵位の貴族である。おそらくは王子側に付くだろうし、その場合は自分が責任を負わされる。それは仕方のないことだ。しかし、たかだか隊長職一人だけでは負いきれないだろう。へたをすればかかわった隊員は全て処せられる。そのような事態だけは避けたい。
「いっそ彼に頼んでみてはどうです?」
「ん?」
「瑞樹さんに領主への上申をお願いするんです。領主は彼の実力をご存じのようですし、悪いことにはならないと思いますよ」
ふむ……たしかバザルの話だと、侯爵は『瑞樹がドラゴンと戦っている映像』を観たという。つまり瑞樹のあの魔法のことを知っているのだ。大洪水を起こすほどの超絶魔法を。
であればだ……彼のとりなしに耳を貸してくれる可能性は高い。侯爵が貴族側に付いたとしても重い処罰にはならないだろう。そもそも悪いのは王子側なのだから。
もしかしたら侯爵から王室に苦言を呈してくれるかもしれない。地位的にも領主であれば可能だと思う。
「しかしだな……我々としてそれはどうなんだ? いちギルド職員にとりなしを頼むというのは――」
「いちギルド職員? 彼が? 隊長、言ってておかしいと思いません?」
「……いや思うぞ、思う。思うが……」
「何です?」
「……彼に頼りっぱなしな感じが釈然とせんなと思っただけだ」
多少、本音が出てしまったなと思いつつ、背もたれにゆったりと身体を預けた。
「まあ、隊長の気持ちもわからくもないですね。私も彼と初めて会ったときは生意気そうで気に入りませんでしたし」
「あれは生意気そうではなく、生意気なんだよ」
「ははっ、たしかに。ですがそれだけの実力と知力を兼ね備えている人物だと最近わかりましたし、今は彼の知恵を借りるのに何も恥じることはないと思ってますよ」
やれやれ……瑞樹に信奉する隊員が増えてしまったなー。あまりいい傾向ではない……。けれど止めることもできんしなー……。
「……気になるようでしたら、とりあえず話だけでもしたらどうです? こちらの状況を説明する感じで。どうせ今日このあと来るみたいですし――」
そういやあいつ、このあと来るんだった! 気づいて背もたれからガバっと身を起こす。
「クールミン、瑞樹は何しに来ると思う?」
「そりゃあもちろん――」
「?」
「あの連中を殺しに来るんじゃないですかねー」
「おい!」
冗談とも取れない発言をたしなめる。しかしクールミンの鼻息は荒い。
「いやぁだって隊長、知ってます? 王子に攫われた女性の中に金髪の娘がいたでしょ。あれ、瑞樹さんの彼女だそうです」
「そうなのか?」
「はい。で、さらに髪の短い娘もいたでしょ? あれ……なんとランマルの彼女っていう噂らしいんですよ」
「……は? ランマルってお前――」
「そう。つまり二人とも瑞樹さんの彼女なんです。それを王子は連れ去って慰み者にしようとしてたんです。こりゃあもう……ダメでしょ!」
衝撃の事実に困惑する。
「さらにですね、エルフの副ギルド長がいるじゃないですか?」
「ああ。報告によると、王子は彼女を王都に連れて行こうとしてたらしいな」
「それがですね、どうも瑞樹さん……その副ギルド長ともいい仲らしいんです。前、うちの新人試験にいらしたときも妙に距離が近かったですし」
ん? エルフと人間がお付き合いしてるということか? にわかには信じがたい事実。だがあいつならあり得なくもない……か。それにしても彼女が三人いるというのはすごいな。
「……つまりあれか? 王子は瑞樹の彼女三人に手を出したというわけか」
「はい。なので冗談抜きで殺しに来るのではないかと」
なんとなく嬉しそうなクールミンの態度が気になるが、瑞樹の気性からすると本当のような気がしてならない……が。
「いや、それはないだろう。もし殺す気なら救出の際に殺しているはずだ。わざわざ股間を撃ち抜いたあと治癒魔法で治したりしないはずだ。放っておけば死んでいる」
「ふーむ、言われてみればそうですね」
少し残念そうにため息をつくクールミン……なぜガッカリする?
「おそらく今後、自分たちの安全が保障できるのかを確認に来るのでしょう。でしたらやはり領主に問い合わせる件も相談したほうがよいと思います」
「そうだな。王子はおそらく王都に戻される。そのあとこちらに手出ししないという保証を領主からいただければ文句ない落としどころだろう」
「ですね」
と、ここでクールミンはあることを思い出した。
「そういえばシーラが、『瑞樹さんは準備してから来るそうです』と言ってましたけど、何の準備でしょう?」
「――言ってたか?」
「はい」
「それはあれだろ? 身綺麗にしてから来るってことだろ」
「あーなるほど。血まみれでしたもんねー」
二人して瑞樹のあの生きているのが不思議な恰好を思い出していた。
「しっかし瑞樹さん……騎士団長に背中から刺されたらしいです。それで死なないんですね?」
「んーまあドラゴンに致命傷を負わされた俺を救ったし、大火傷で瀕死のバザルとシーラも救ったからな。少々のことでは死なないんじゃないか?」
「なんかもういろいろ超越してますよね、人間として」
超越か……。その言葉を聞いてある重要なことを思い出した。
「そういや瑞樹のやつ、どうやって三階の王子の部屋まで行ったんだ? シーラの話じゃ正面から普通に入っていったとか言っていたが? フロアには近衛兵がいたぞ?」
「あっ! そういえばバザル副隊長も変なこと言ってましたね。『死んでた瑞樹さんがいきなり目の前に現れた』とか」
「シーラも似たようなことを言っていたな。『気づいたらそこにいた……』みたいなことを」
二人は互いに見合い、しばし沈黙が支配した。と、そのとき――
コンッコンッコンッ
扉をノックする音に二人ともビクッとした。
「どうぞ」
新人の若い隊員は扉を開けると、恐る恐る顔だけのぞかせた。
「た、隊長。表にランマルさんがお見えになったんですがー?」
「ん? ランマル? ティアラの御手洗瑞樹じゃなくて?」
「はい、ランマルさんです」
……ランマルか。準備がいるって言っていたのは変装するためだったのか?
「ん。ではここに通してくれ」
「それがー、カートン隊長を呼ぶように言われましてー」
「俺?」
「はい。それでー……ランマルさん、右手に何やら持ってましてー……どうも鍛冶屋の道具のようなー……」
鍛冶屋の道具!? その言葉に背筋に冷たいものが走る。クールミンは「あ、やっぱり!」と驚いた顔をしていた。
『ホントに王子一行を殺しに来たのかもしれない!』
二人して慌てて表へ向かった。




