203話 ティアラへ帰還
「みんな無事ですか?」
俺の登場に、三人は安堵から大粒の涙を流す。
真っ先にキャロルが俺に抱きつくと、リリーさん、ラーナさんも続いて抱きついた。
「もう大丈夫です」
「うわあぁあぁぁぁん!!」
大泣きするキャロル、リリーさんとラーナさんもむせび泣く。とても怖かったのだろう。
三人をギュッと抱きしめて背中をさすり、何度も「もう大丈夫」と呟いた。
「その……王子に……その……」
「大丈夫よ。私たちは服を脱ぐように言われただけ。だから安心して」
「そうですか」
俺が気にしていることをラーナさんが察してくれた。よかった、間一髪だったのか!
「それより瑞樹、あなた……死んだんじゃないの?」
「あー、ギリギリ死ななかった……って感じです。詳しいことは帰ってからね。とにかくすぐここを出ましょう。みんなギルドで待ってます」
「うん」
「キャロル……もう大丈夫。一緒に帰ろう」
彼女の細い身体が冷たく震えている。とても怖かったのだろう。ギュッと抱きしめて頬にキスをする。
「リリーさん、遅くなってごめんね」
「ううん」
リリーさんの泣き腫らした顔からうっすら笑顔を見て取れた。彼女の頬にもキスをすると安心してコクリと頷いた。
「――瑞樹、私には?」
「ふへ?」
ラーナさんも……えっ、キス? していいの? 二人にしたんだから自分にも……てことか、な?
じっとラーナさんを見つめてしまい照れて下を向く。と……彼女の豊満な乳房がモロに目に入った。でっかい!
顔が緩みそうになったのがバレると彼女は「あらあら」としたり顔。照れ隠しの意味で彼女の頬にもキスをした。
「じゃ、じゃあ急いで服を着て。すぐに脱出するから」
「「「はい」」」
さて、三人が服を着ている間に、王子と近衛騎士団長を治癒魔法で治しておかねばならない。
殺してやりたいのはやまやまだが、安易に殺して取り返しがつかなくなったら困る。なんせ王族と貴族、しかも近衛騎士団……軍隊の最上級だしな。
なのでひとまず捕縛して投獄という段取りがいいと思う。世間的にも『防衛隊による逮捕』という外聞があったほうが恰好がつく。
まあ本音は俺という匂いは消しておきたいこと……あ、でもお化け作戦やっちゃったなー。まあ、死体だったし大丈夫だろう……な。
服を着終えた三人に脱出の仕方を話す。
「ここの窓から俺が一人ずつ抱いて飛び降ります」
さすがに驚く三人……そりゃ怖いよな。三階から飛び降りると言われればな。
しかし彼女たちは互いに見合うと、それしかないのだろうと覚悟したようで「はい」と返事をした。
「んじゃまずはキャロル」
お姫様抱っこで抱え上げると、上体が縦になるように密着してもらう。
この部屋の窓は跨げる程度の低さで二人分ぐらいの幅がある。なので飛び出しやすい。
「――怖い?」
「ううん」
「上出来!」
しっかりとした返事、俺を見据える真っ直ぐな目、キャロルはこういう土壇場に強いようだ。
まず《剛力》と《跳躍》を詠唱。足を一歩踏み出すように窓から落下。膝を曲げて着地の衝撃吸収……うまいぞ俺。
キャロルに「どこか痛いところはない?」と尋ねると「大丈夫」と頷いた。よし、問題はなさそうだ。
ジャンプして三階に戻り、続けてリリーさん、最後にラーナさんを無事に降ろした。
三人を連れて宿の門を出ると、門のそばでシーラが待っていた。
「み、瑞樹さん!?」
彼女の声に、現場指揮を執っていた人物が振り返る――第一小隊のカートン隊長である。彼は俺の血まみれ姿に面食らう。
「み、みず……!? おまっ、その服……」
「カートン隊長! 王子と騎士団長は三階のスイートルームで昏倒しています。部屋の入口に兵士二人、二階の階段付近にも二人、いずれも昏倒させてあります。で一階のフロアに――」
説明を切って塀越しに宿のほうを向く。
「一階のフロアに六人、ソファーに座ってくつろいでます。んで奥の広い部屋に残りの近衛兵約二十名程度がいる模様。食堂のようなので飯でも食ってんじゃないかと――」
探知の魔法で兵たちの配置を見ながら説明した。
「お前どうやって三人を救出した?」
「ん? んなことはあとあと。さっさとあいつら全員逮捕して! はよせんと王子と騎士団長が目ぇ覚ましちゃいます!」
カートン隊長は俺をじっと見つめて大きなため息をつくと、隊員たちに突入に向けた指示を飛ばした。
「そんでシーラさん、俺たちをティアラまで送る手配ができないかな?」
「もうできてます」
彼女は俺たちを宿の通りの角まで連れていく。と、そこには王子が乗っていた馬車が用意されていた。
この宿の馬車を預かる所は宿から少し離れた場所にあり、王子の馬車を接収したようだ。
「ありがとう、シーラさん」
「あの……瑞樹さん――」
「ん?」
「私のことは呼び捨てで構いません。それと敬語もいりません」
少し紅潮した顔で告げるシーラ。初対面のときはツンとしていたのに嘘のようなデレっぷり。
「ん、わかった。シーラ」
彼女は嬉しそうに敬礼すると、御者の隊員に合図した。
「あっそうそう、全員捕まえたら報告に来てくれる? 俺も行くんで」
「了解です!」
◆ ◆ ◆
ティアラに到着して馬車から降りると、防衛隊第三小隊のガットミル隊長と数名の隊員がやってきた。
隊長曰く、「ここの警備の指揮を執るように言われた」とのこと。ただし詳しい状況は聞かされていないらしく、血で汚れた制服の俺を見て言葉を失っていた。
玄関を開けてギルドに入ると、ギルド長と主任が待っていた。
「ギルド長、主任、ただいま戻りました」
「――ッ、ん……」
「君たち……よく無事で……」
ギルド長は感極まって声にならないようで、俺の肩をポンポンと叩くと涙を隠すように手で目を覆った。
主任も大粒の涙を流して三人の無事を喜んだ。
すぐに奥からバタバタとたくさんの足音がやってきた。
「リリーッ!」「キャロル!」「ラーナッ!!」
女性職員たちが口々に彼女たちの名前を叫んで駆け寄る。みんなの姿を目にした三人は一気に涙腺が決壊した。
「う……うわあぁあああん!!」
「キャロル――ッ!!」
「みんなぁあぁああぁあぁ――ッ!」
「リリー、ラーナも無事でッ!!」
「んッ……ん、ずっ……うん」
「よがっだぁぁあぁ!!」
代わる代わるみんなと抱きしめ合って心の底から再会を喜んだ。
「――瑞樹、お前は大丈夫なのか?」
ギルド長の問いに皆の目が俺に向く。
まあそりゃそうだ。近衛騎士団長に剣で腹をグサッと刺されて倒れたのだ。どう見ても死んでいた。
「んーと、治癒魔法にですね……『もうダメだ!』ってときに使うのがあるんですよ。それで助かりました」
「そうなのか?」
「ドラゴンと戦ったときにも、最後それ使って助かったんですよ。炎で焼かれましたからね」
俺の話にギルド長はよくわからないという顔をしつつも、無事ならいいと喜んでくれた。
「それはそうと、今、カートン隊長があの連中を捕らえるべく出動しています。しばらくしたら連絡が来るのでもう安心だと思います」
「……大丈夫なのか? その……王子とやらに手を上げても?」
ギルド長が不安になるのも当然。いかに屈強そうに見えても所詮は庶民、この国を統べる王族や貴族には逆らえない。ここはそういうお国柄。
「うん、大丈夫大丈夫。策はちゃんとありますので心配ありません」
とは言ったものの、状況次第ではどう転ぶかまだ確定していない。最悪は王国軍との全面対決もあり得るが、さすがにそれは避けたい。
よくよく考えると、カートン隊長が連中の捕縛に動いたのは英断と言わざるを得ない。町の治安機構とはいえ、貴族や軍隊には手が出せずに見過ごすしかなさそうなもんだが――
……あっ! 俺が先に手ぇ出しちゃったからか!
ここにいた連中をぶちのめしちゃった上に、攫われた三人を救うべく王子と騎士団長までボコっちゃったもんな。もはや全員逮捕する以外ないって状況にしちゃったわけだ。
まあ向こうが悪いんだしな、自業自得。
ドラゴンの牙を奪うだけならそれで済んだのに、俺の彼女を攫ったあげく、ティナメリルさんまで連れ去ろうとしやがって……。
「そうだ! ティナメリルさん……副ギルド長はどうしてます?」
「自室に戻らせた。四人が戻ったことは伝えにいったからそのうち来るだろう」
「ん、まあ無事ならいいんです」
「……とにかく瑞樹も休め。いくら治癒したとはいえ身体は万全ではないのだろう?」
「まあはい。ちょっとね……。でも捕縛の連絡がきたら行かないといけないので、そこのベンチで横になって待ちますわ」
「そうか。だが無理はするなよ」
このあとギルド長は職員に「三日ほど臨時休業にする」と伝えると、皆に帰宅を促した。
ラーナさん、リリーさん、キャロルの三人は女性職員に囲まれて奥へ向かった。この救出劇についていろいろ聞かれるのだろう。それで気がまぎれるといいのだが……。
そして俺は購買横のベンチで横になって休んだ。
「――ずき! ……瑞樹!」
遠くで俺を呼ぶ声がする。
澄んだ響きのよく知る女性の声……たしかティナメリルさんの声だ。なんだっけ?
後頭部に柔らかいものを感じつつ目を覚ます。眼前に何かが見え……ん、あれ? 女性の……あっティナメリルさんの胸だ!
いつの間にかティナメリルさんが膝枕をしてくれてたみたい。
「て……ティナメリルさん? なん……え?」
「瑞樹、防衛隊の方がお見えですよ」
「あ、はい」
少し照れくさそうにしながら身を起こす。
ティナメリルさんの表情は柔らかく、俺のことを案じてくれているようだ。
思えば初めてだな、膝枕。めっちゃ嬉しい!!
玄関の所でシーラが待っていて、座り直すとこちらにやってきた。
「王子と近衛騎士団の連中を全員逮捕しました」
「おおーやったね。どうだった?」
「いやーそれが……拍子抜けと言いますか、めちゃくちゃ弱かったです」
「そうなん!?」
彼女によると、フロントにいた近衛兵六名はウトウトと眠りこけていて、抵抗もなくそのまま押さえつけて逮捕。
食堂にいた約二十名も半分以上が鎧を脱いで爆睡。残りも酒を飲んでいて、不意を突かれた連中はさしたる抵抗もできなかったという。それどころか防衛隊の突入に泡食っていたそうで、襲撃されるとは思いもよらなかったのだろう。
唯一、一番ガタイの大きな副団長が抵抗を試みたようで、剣を抜いて構えていたところをバザル副隊長が一撃で叩き落とし、その後は二人で力比べの取っ組み合いになったそうだ。そして最後、組み伏せるようにして逮捕すると、他の連中は抵抗する気がなくなったらしい。
「あのー質問なんですが、王子と騎士団長を倒したのは瑞樹さんなんですよね?」
「うん」
「どうやったんです?」
「……なんで?」
「いえ、二人は血だまりに突っ伏してたんですが外傷はなく……で、なぜか二人とも股間のアレが剥き出しだったのでちょっと……」
シーラは思い出したのか、笑うのを我慢しているようだ。
「ああ。股間をね、狙撃して吹っ飛ばしたんだよ。扉越しにバレないようにね。んでそのあと治癒魔法で治したわけ」
「扉越し……見えないのにですか?」
「最初に扉を叩いて声出させたんだよ。それで狙い撃った感じ」
「なるほど、そうでしたか。ふふ」
彼女は俺が治癒魔法を使えることを知っている。なのでネタ晴らしをしても問題なかろう。探知と隠蔽については言えないがな。
「それで瑞樹さん、本部に用事があるんですよね? 送ります」
「あーそれなんだけど、ちょっと準備があるので先に戻っててくれないか? そうだな――」
時計を見ると時刻は13時過ぎ。ここに戻ってきたときがたしかちょうど12時だったから、一時間ほど寝てたってことか。
「二時間後ぐらいに伺うわ。カートン隊長に言っといて」
「……わかりました」
ん? ちょっとシュンとしたか? 再びのタンデム騎乗じゃなかったのが残念なのかも。
「また今度後ろに乗せてね」
「はい」
シーラは気を取り直して敬礼するとギルドをあとにした。
すぐにキャロルとリリーさんがやってきた。二人は俺たちの話が済むのを待っていたようだ。
「瑞樹さん、今から防衛隊本部に行くんですか?」
「うん。連中に“落とし前”をつけさせないとね。俺の“腹の虫”が収まらん!」
「オトシマエ?」「腹の虫?」
ああ、この日本語は変換されないか。腹に虫がいると思われたら嫌だな。
「んとね、連中に相応の報いを受けさせないと怒りが収まらない。俺は腹を刺され、二人は攫われてひん剥かれ、ティナメリルさんまで連れ去ろうと画策してたんだ。ああもうね、このまま逮捕して終わり……じゃあ絶対済まさない。無理……もうガチギレしてるんで」
淡々と話したものの二人は不安げな顔を崩さない。ティナメリルさんも何となく心配そうな表情に見える。
「あの、お風呂も沸いてますし、食事も用意できてますよ」
「ありがとリリーさん。でも先に行ってくる。二人は先にお風呂に入るといいよ。ラーナさんと一緒にさ」
「今日、帰ってくるんですよね?」
「もちろん! そうだな……夕方には戻ってくると思う」
「瑞樹、無茶はしないように」
「はい、ティナメリルさん」
すっくと立ちあがると更衣室へ向かい、いつものランマル変装セットに着替えた。
そしてある物を手に入れるべく、とある場所へ向かった。




