202話 受付嬢三人の救出
「ふぅ――」
よし、うまくいった。
急いで玄関を開けると、待ってましたとばかりにバザル副隊長とシーラが乗り込んできた。
「そこに一人、奥の通路に四人倒れてます。昏倒させてるだけなので捕縛をお願いします」
「わかりました」
状況説明を済ませたあと、安否を確認しようと皆のほうに歩み寄る。
「キャァアアア!!」「うわぁああ!!」
途端、悲鳴が上がり、顔を背けられる。
あーね、死体の演技をしたばかりでは驚かれるのも無理はないか。ギルド長ですら化け物を見た表情をしている。
「ちょっ生きてますって!」
「……瑞樹さん、顔!」
濡れタオルを手にシーラは俺に声をかけた。そりゃあ顔面が血だらけではドン引きだわな。
ゴシゴシと顔を拭くとみるみるうちにタオルが真っ赤に染まった。
「ティナメリルさん、無事ですか?」
「――――ええ」
立ち上がった彼女は少し間を置いて返事をした。
じっと俺を見つめる彼女……その翠玉の瞳の奥に、心なしか俺が生きていたことに喜んでいる感情がみてとれた。主人公がヒロインを助けに来たシチュエーションに惚れ直してくれただろうか。
――しかしながら三人のヒロインは連れ去られたままだ。
「バザル副隊長! 攫われた三人がどこに連れていかれたかわかりませんか?」
即座にシーラが「私、わかります!」と横から答えた。
彼女によると、王子一行の別動隊と思われる集団が、とある高級宿に入るのを見かけたという。おそらくそこで一泊する予定なのだろうと。
「じゃあシーラさん、そこへ連れてってくれませんか?」
「もちろんです!」
彼女は外の隊員に向けて指笛をフュイっと鳴らすと、タンデム仕様の彼女の馬が連れられてきた。
「乗ってください」
サッと馬にまたがったシーラが俺に腕を伸ばす。その腕をつかみ、鐙に足をかけて地面を一気に蹴った。
彼女がグイッと引き上げると意外なほど簡単に乗れた。
「行きますよ!」
シーラの腰にギュッとしがみつく。それを合図に彼女は馬の腹を蹴った。
彼女は「道を空けろ!」と怒鳴りながら通りを駆ける。かなりの速度で飛ばしているせいで身体に受ける衝撃がハンパない。彼女の後頭部に頭をぶつけないように肩の後ろに密着させ、振り落とされまいと必死だった。
数分後、王子一行が入ったとされる高級宿に到着した。
宿の名前――『素晴らしき太陽』とある。直訳で読めるせいで微妙にダサい。たぶん『メルヴェイユ・ソレイユ』とか『マーベラス・サンシャイン』とか、きっと横文字のかっこいい名前なのだろう。
門から玄関までアプローチがある三階建ての古めかしい建物だ。建材の質感がうちの旧館に似ている気がする。いわゆる歴史ある老舗旅館といったところか。ドラゴンの襲撃でも被害を受けなかったのはなによりだ。
近衛兵たちに気づかれないように門から離れた所で馬から降りる。
《そのものの在処を示せ》
まずは探知の魔法で、人を示す青い玉の配置を確認――
一階にたくさんの玉……近衛兵の集団がたむろしているのだろう。二階付近は数個……もしかして一般客かな?
そして三階……あれだ、間違いない! 三つ固まっている玉と二つ……と、少し離れたところにもう二つ。
三つはリリーさんたち三人、二つは王子と騎士団長、んでもう二つは……あ、おそらく見張りだ。
「シーラさん、王子と三人は三階にいます。たぶん騎士団長も。なので私が潜入して救出してきます」
「――瑞樹さん独りで?」
青い玉はどれも動いておらず、三人はまだ王子の慰み者にされていないのではないか……という期待にかけた。
「俺が戻ってくるまで突入とかしないでね。じゃ行ってくる」
「ええ?」
単身で突入する俺に慌てるシーラ。後追いで中をのぞく……がすでに俺の姿はなかった。
◆ ◆ ◆
高級宿『素晴らしき太陽』に到着したユリウス王子一行。
近衛騎士団長ギュンターは、先に来ていた四班をそのままフロア警備にあたらせ、残りの兵に二時間の休息を取らせる。
「二時間後に交代するからな、酒は控えておけよ!」
休息を命じられた兵たちはドカドカと奥の食堂へと向かい、すぐさま従業員に「食い物と酒を用意しろ!」と要求した。
酒は控えるように言われたものの、少量ならいいだろうという思いから、皆、鎧を脱いでくつろぎ、遠慮なく酒を口にした。
王子と騎士団長は、戦利品を抱えて運ぶ護衛二人、女性三人を連行する兵と共に三階のスイートルームに案内された。
両扉を開けると、煌びやかな内装を施された室内がお目見えした。
スイートルームは客間三つ分の広さもある部屋。入って正面にソファーとテーブル、左に伸びるように部屋が続き、ダイニングテーブルが一つ、最奥に大きなベッドが二つ並んでいる。
入口側の壁には大きな壺などの調度品や、魔道具のランプを置くキャビネットなどがあり、反対側の壁には下の庭園が望める大きな窓がある。
「品はそこに置け。したら二人は扉の前で警備。ん、女はそこでよい。お前たちも休息を取れ」
兵たちが部屋から出ると、王子はソファーにドッカと腰を下ろし、戦利品を前に疲れたとばかりに首をグルグルと回した。
女性三人は扉の近くに身を寄せ合って佇んでいる。何をされられるのかわからない恐怖と、愛する男性を目の前で殺された絶望感に打ちひしがれていた。
ギュンターはダイニングテーブルに向かい、用意してあった葡萄酒をコップに注いだ。手渡された王子は一気に飲み干すと、急に砕けた態度になった。
「ギュンター、疲れたぞ」
「まあ、殿下にしては強行軍でしたからな」
「なんだ、『殿下にしては』とは!」
「途中、女遊びをされませんでしたからな。そういう意味です」
「ふん」
軽口は相変わらずだな……と王子は鼻であしらった。
王都からフランタ市までの行程は通常五日はかかる。
しかも王子の行幸の場合、泊まるごとに女を侍らせ、夜な夜なみだらな行為に耽るせいでいつも出立が遅れる。そのため通常より日数がかさむのが常であった。
ところが今回、行程を四日に縮めるというかなりの強行軍である。これに不満を口にしなかった王子をギュンターは意外だと思っていた。
「まあ……このためなら我慢もするさ」
「別にゆっくり来てもよろしかったのでは? 鱗が逃げるわけでもありませんでしょうに」
ギュンターはやれやれとため息をつきつつ、言葉の裏に「自分も兵たちも、正直しんどいんですけど?」と皮肉を込めた。
けれど王子には伝わらなかったようで、テーブルに置かれたドラゴンの鱗を手に取り悦に入っている。
「んー自分でもよくわからんのだがな……謁見の間で触ったとき、無性に手に入れたくなったのだ!」
「……羨ましかったのでは?」
「羨ましい?」
「ドラゴンと戦った冒険者たちが羨ましく、戦利品を手にすることで自身がその戦果に浸りたいのではないですか?」
ギュンターは、近衛騎士団長として長年王子に仕えている関係で、王子の嗜好や性癖をよく知っている。
「お前、俺が幼稚だとでも言いたいのか?」
「いえいえ滅相もない!」
「…………。ギュンター、お前はどうなのだ? お前もこの牙と鱗が欲しいとは思わんのか?」
ギュンターは「ふん」と鼻で笑う。
「私めは王子直属の近衛兵でございますから、王子の身の安全だけ守れればそれで満足です」
「相変わらず口がうまいな」
王子が空のコップを掲げたので、ギュンターは再び葡萄酒を注いだ。
「そうだ、お前たちはドラゴンを目にしたのか?」
王子が女たちに尋ねた。突然の質問に三人は怯えてうつむいた。
「おい、殿下が聞いておられるのだぞ。答えぬか!」
震えながら三人は首を振る。
「ふん、つまらん! 知っていればいろいろと話が聞けたのにのう……」
「それはどうかと」
「あ? なぜだ!?」
「殿下のお相手をする女たちからは喘ぎ声か悲鳴しか聞いたことありませんが」
王子はギュンターの指摘にムッとする。しかし「まあそうだな」といやらしく笑った。
「お前たちはただ、俺を気持ちよくしてくれればよいだけだ。わかるな?」
「おい、服を脱げ!」
ギュンターの命令に女性たちは萎縮する。
「早くしろ! 殿下がお待ちかねだ。サッサと脱げ!!」
三人とも涙を浮かべながらゆっくりと服を脱ぎ始めた。
下着姿になったところで手が止まるとすぐにギュンターから叱責が飛んだ。
「下着もだ、早くしろ!」
恐怖で身が震えながらブラジャーを外し、そしてショーツも脱いだ。恥ずかしさから三人は大事なところを隠して体を背けた。
「隠すな! 手を後ろにして殿下にすべてをお見せしろッ!」
言われるままに手をどける。一糸まとわぬ姿になった三人を、王子は舐め回すように眺めた。
「ふ~む……こんな田舎にも王都の女に引けを取らぬいい女がいるのだな。……いや、王都の女どもより魅力があるぞ。なんだ?」
三人に近づくと、ふんふんと匂いを嗅ぎだした。
「お前たちは何だかよい香りがするな。んーなんていうか、王都の女どもの香水臭さとは違う実にさわやかな香りだ」
「ああ、それは将官も思っておりました。正直言いますと、貴族の令嬢よりいい香りではないかと」
「あいつらの匂いは鼻につくからなー。あと化粧が濃くてかなわん!」
「ははは」
「ところが見ろ! この女たち化粧などしておらぬ……それなのに肌がきめ細やかだ。実にいい女たちではないか!」
王子は「いい拾い物をしたな」と女の顔を触りながら感想を述べた。
「殿下、いい女で思い出しましたが、本当にあのエルフを連れていくおつもりで?」
「あぁ? 当たり前だッ!」
エルフにご執心な王子にギュンターは一抹の不安がよぎる。しかしこれ以上は無理だなと諦めて口をつぐんだ。
「よしお前たち! こっちに来て余の服を脱がせろ」
ベッドに腰を下ろす王子。ギュンターは三人に「行け」と首で指図した。
仕方なく裸のまま一塊になってしずしずと進む三人――
ゴンゴンゴン!
突然、思いっきり扉を叩く大きな音が室内に響いた。
「!? なんだ!!」
ギュンターは驚いて外の警備兵に対して怒鳴った。ところが返事はなく、またゴンゴンゴンと扉が叩かれた。不審に思ったギュンターは剣に手をかけたまま扉に向かう。
ズバーンッガシャーン!!
突如、壁際にあった調度品が砕け散った。
「キャアアアア!!」
女性三人は悲鳴を上げてたじろぐ。ベッドにいた王子は調度品が吹き飛ぶところを目にして唖然とした。
「――グ…ゥア……アァアァ――ッツ!」
呻くような声が皆の耳に届く……なんと近衛騎士団長のギュンターの声だ。
先ほどまで冷静だったギュンターは苦悶の表情を浮かべ、両手を股間に押し当てて震えている。
銀色の籠手の隙間から大量の血が滴り落ち、足元の絨毯が赤く染まっていく。
――男性器が丸ごと吹き飛んだ!?
やがて膝をつくと、頭から突っ伏して倒れた。
「――なっ、なん……だ!?」
異変に驚いてベッドから立ち上がる王子。
すると扉の片方がギィっと内に開く。その扉の中ほどには拳ほどの穴が空いていた。
「だ……誰かッ! 誰かおらぬかッ!!」
王子の必死の呼びかけに誰も来ない。
バンッバッキーン!!
再び衝撃音がして、王子の後ろにあった家具が破裂した。
「――ン゛! グゥッ……オ゛ゥア……ァァァ!!」
呻き声を上げる王子。王子もまた股間からおびただしい血を流していた。
必死に手で股間を押さえる王子。しかし出血は止まらず、絨毯が鮮血に染まる。
やがて力なくその場に崩れ落ちた。
自分たち以外誰もいなくなり、呆然と立ち尽くす女性三人――いや、誰かいる!!
それは……血まみれではあるがティアラの制服、よく知る背格好に黒い髪、見覚えのある横顔は自分たちが愛する人。
しかしその人は広場で殺されたはず……。けれどそこにいるのは間違いなく――
「み、瑞樹さん!」「みぃずきぃ!」「ミズギザァァン!!」
絶望に打ちひしがれていた感情が一気に好転、三人は御手洗瑞樹の登場に歓喜した。