201話 お化け大作戦
「誰もいないな……」
広場や、ギルド周辺に町の人は誰も見かけない。野次馬はもとより、通りを歩く人影すらない。
おそらくこの国の庶民は、軍や貴族といった連中がやってきたらとにかく隠れる――というのが我が身を守る行動なのだろう。ましてや広場で軍が職員を殺したなんて事態、しばらくは誰も近づかないかもしれないな。
ギルドを見ると正面の窓に布が下ろされている。中の様子を外からわからないようにしたのだろう。まあそのおかげで外の近衛兵が片付けられたことも気づかれていない。
さてと、まずは探知の魔法で中の様子を確認する。
《そのものの在処を示せ》
すると一階のフロア付近に青い玉の集団が見えた。
おそらく位置的には受付カウンターの前辺り、床に座らされているのだろう。他の部屋や二階には青い玉は見えない。となると近衛兵もそこにいる。
難なく裏口から店内へ向かう。
なんていうかこう、裏口から誰かがやってくるとか想定しないのだろうか? 近衛兵のくせに警備がザルというか、裏口を見張るとかしないのか?
んーあれか。職員一人を殺しても平気なことからすれば、自分たちに歯向かうなどありえないと思っているのかもしれない。まあおかげでこうして楽々侵入できたわけだがな。
《我が姿を隠せ》
隠蔽状態で職場へ侵入。フロアをざっと見渡して状況を確認する――
職員は皆カウンター近くの床に座らされている。ギルド長……主任……そしてティナメリルさんもいる。女性職員のすすり泣く声が少し聞こえるものの、誰も怪我などしていないようで一安心だ。
近衛兵五人のうち、二人が職員の前で抜剣している。別の一人はしゃがんで女性職員の顔をじろじろ眺めている。リーダーらしき人物はカウンターの椅子を壁際に持ってきて座っている。腕組みして隣に立つもう一人とブツブツ話をしていた。
さて救出作戦であるが、基本は数名ずつおびき出しての各個撃破。建物内の死角を有効に使う。
フロアで剣を振り回されると誰かが怪我してしまいかねない。それにあいつらが不利になったとき、人質にとられる可能性もある。
敵の倒し方は雷の魔法のみ。サッと触ってスンと気絶させる。
職員のみんなには俺の暴力的な姿を見せたくない。恐れられて嫌われたくないし……。
それに先程の戦闘でおびき出すいいアイデアも浮かんだ。きっとうまくいく。さっさと片付けて、攫われた三人を救出に向かわねばならん。
――よし、それでは行動開始だ!
◆ ◆ ◆
ティアラ冒険者ギルドの職員はフロアの床に座らされている。縛られてはいないが、五人の近衛兵に監視されている。
いきなりやってきた第一王子の要求、近衛騎士団長による職員への恫喝、拉致、そして殺害という惨劇に遭い、みんな打ちひしがれていた。
監視を命じられた第二班の班長ライノ・バーダックスは、椅子に腰かけて職員の様子を眺めている。エルフの様子が気になって、たまにチラっと見ては目をそらす。
たしかに美しい……殿下が魅了されるのもわかる。しかしエルフはなー……。
「班長、二時間後に交代ですけど……あいつら来ますかね?」
「んぁ? なんで?」
「いや、あいつら絶対酒飲んで寝ますよ」
「ん~、まあそうだな。俺でも酒飲んで寝るわ」
部下の懸念を冗談でごまかす。
「――お前名前は? いくら出せばいい? なあコッチ見ろよ!」
別の部下が女を口説いている。
ふむ……そうだよな、二時間も真面目に監視する必要はないな。
こいつらは歯向かうようなこともなかろうし、抵抗するなら「不敬罪だ!」と脅せばいい。それでも聞かないようなら切り捨てる。
よく見るといい女が多いではないか。これはお楽しみに興じてもよかろう、ふふ。
ライノは椅子から立ち上がると、目をつけた女の腕をつかんだ。
「おいお前、しばらく俺の相手をしろ!」
「嫌っ!」
この行動にギルド長は怒りを露わにし止めに入ろうとした。そのときである――
♪パーッパラパー パラパッパッパッパッパッパッパッパラパー ジャカジャアアアアアアアン!
突如、奥の通路のほうから大音量の“音楽”が聞こえてきた。
「――ッ!?」
ライノは驚きのあまり、つかんでいた女性職員の腕を離した。
「オイッ! 他に誰かいるのか!?」
通路に向けて怒鳴った。……しかし返事はない。いやそもそもこの音楽は何だ!?
「ギルド長、他に誰かいるのか?」
「いない!」
「じゃあこの音はなんだ? 誰が鳴らしている?」
「知らん!」
この事態に座っていた職員たちも振り向き、カウンター越しに音楽が流れてくるほうを見た。
「動くな! 大人しく座っていろ!」
互いに顔を見合わせる職員たち。なぜなら自分たちはその音楽を『知っている』からだ。しかしその持ち主は広場で殺されたはず……。
――もしかして生きているの?
そんな思いを抱いたみんなの視線が副ギルド長に向く。
彼氏彼女の仲になった副ギルド長なら何か知っているのかも……そう思ったからである。
初めて聞く音楽にライノは困惑し、職員たちがエルフに目を向ける仕草に恐怖を感じた。
ひょっとしてこれはエルフがらみなのか!?
エルフをギルド内に留め置く行為は『エルフに強要している』ことに該当する気がする。けれどそれは騎士団長の命令だし、元を正せば殿下がエルフを欲したことに起因する。
自分のせいではない! 自分は関係ない! そんな思いが頭をめぐる。
「おまッ――!」
エルフに問いただそうと考えた。しかしそれすらも強要と取られかねないと尋ねるのを止める。
「――お前たち二人、見てこい!」
「!?」
悩んだ末にライノは部下に命令した。
命令を受けた部下二人は露骨に嫌がった。しかし命令には逆らえず、剣を構えながら音楽の流れてくる通路へ向かう。
通路は人気もなく薄暗い。二人は慎重に進む。すると扉が半開きの部屋があり、音楽がその部屋から流れている……。
二人は剣を構えてゆっくりと開けた。
「ンヴァァア゛ア゛ア゛ァァァア゛!」
突然、二人の背後から大きな呻き声がした。心臓が飛び出るほど驚いた二人。振り向くと目の前に血まみれの死体が立っていた。
「「ウギャアァァ~~~~ァッッ!!」」
二人の大絶叫がフロアまで轟く。その声にライノと部下の二人は顔色を失った。
ふっと音楽が止み、店内がシーンと静まり返る。
するとライノの耳に、何やら別の音が聞こえてきた。通路の床をゴリゴリ擦る音……剣を引きずっているのか? それがだんだん近づいてくる。
パニック状態の三人はすぐさま剣を抜いて構えた。
やがて通路から現れたのは部下の一人だった。
安堵から大きく息を吐く……あれ? どうも様子がおかしいぞ?
よく見ると生気のない目、半開きの口、だらんと垂れた腕、持っていた剣はどうした?
カラーン
剣が落ちる音がした……と同時に彼はその場に力なく崩れ落ちた。
ん? すぐ後ろに何かいるぞ!
なんと血まみれの死体……先ほど広場で殺された職員ではないか! 首を傾げ、腕をぶらりと構えている。
「ンヴァァア゛ア゛ア゛ァァァア゛!」
死体は怖ろしい呻き声を上げたあと、ゆっくり通路に消えた。
な……なんだアレはぁぁあぁ――ッ!! 死体……死体が動いている!? そ、そんなバカなことがあるか!!
「お……お前ら! あれを倒してこい!」
「えぇ!?」「――そんなぁ!?」
「いいから行け! は……班長命令だッ!!」
二人は涙目になりながら通路に向かっていった。しかし通路に入って間もなく、ドサドサッと二人の身体が倒れる音と、カランカランと二本の剣が床に落ちる音がした。
「――ンガッ!! う、ウワぁぁアア! あれは何だァ――ッ! ナンなんだァァ!!」
残る一人となってしまったライノは半狂乱で絶叫した。怯えたまま剣を構え、この場から離れようと後ずさりで玄関へ向かう。
そのときである――
「ンヴァァア゛ア゛ア゛ァァァア゛!」
突然、あの恐ろしい呻き声がライノの真後ろからした。
「ウワァァァァアア!!」
振り返るとさっきの死体がそこにいる。
べっとりと血塗られた顔、白目をむいた目、変に傾いている首、どれをとっても正常な人間ではない。
しかもいきなり真後ろ!? 通路からやってきたのではない! まったく意味がわからない!?
ライノは血の気が引き、足がガクガクと震える。
必死に剣を構えようとする……だが上がらない!? ハッ……なんと死体に腕を捕まれているぅ!?
パニックに陥り必死に振りほどこうとする……しかしビクともしない。ものすごい力だ。
「ア――ッ!?」
恐怖のどん底に追いやられたライノ。
死体と目が合ってしまったのを最後に、ビクンと身体をのけぞらせて意識を失った。