200話 生ける死体の反撃
「おいギュンター、早くしろ!」
馬車に乗り込んだ王子が撤収を急く。
お目当ての品を手に入れたことにご満悦。人が一人殺されたことなど気にする様子は微塵もない。
ギュンターは二班に残るように指示を出すと、受付嬢三人を乗せた馬車と共に広場をあとにした。
そして広場には殺された職員の死体だけが残された――
この一連の出来事を、防衛隊員は憤りを抑えて注視していた。
王子一行が去り、数名の近衛兵が残るのみとなったのを見計らいギルドへ向かおうとする……が気づいた近衛兵が阻止する。
「なんだ貴様らーッ!」「ここは立ち入り禁止だ、立ち去れ!」
「ふざけるな、どけ!」「お前ら……瑞樹さんを殺したのかッ!?」
「黙れッ! それに『お前ら』とはなんだ。我々は第一王子直属の近衛騎士団……無礼だぞ!」
「知るか! いいから通せ!」
広場の近衛兵は五人、防衛隊員は七人。互いに手を触れずに罵り合う。
上背のあるバザル副隊長に三人の近衛兵が詰め寄り一触即発。たまらず近衛兵の一人が剣に手をかけると、シーラも呼応するように剣に手をかけた。
「いい加減にしろ! 事と次第によっては処罰するぞ!!」
「ああ? やれるもんならやってみろ!」
切り合いになるのはもはや時間の問題かと思われた――
ブゥン―――ガッシャァァン!
突然、何の前触れもなく近衛兵の一人が派手に吹っ飛んだ。そいつは石畳の上を滑るように転がると、ピクリともしなかった。
あまりの出来事に罵り合いが止み、お互いすぐにその原因たるモノを目にした。
「う……うわあぁぁああ!!」
顔の左半分は血でべっとり、制服も全身ドス黒い血で染まり、袖口からは血がポタポタと垂れている。まさに動く死体である。
近衛兵たちは悲鳴を上げて驚愕した。
パニックに陥る近衛兵にそれは襲いかかった――
近衛兵の一人がつかまれた。すると身体がビクビクっと硬直したのち崩れ落ちた。
何か攻撃を受けたわけではない……ただつかまれただけ。その理解不能な出来事に残る三人は半狂乱である。
すると逃げ出そうとした一人は足がもつれてこけた。
しかも腰が抜けたようで、足をビクンビクンとさせながら股間から黄色い液体を漏らしていた。
そいつの顔めがけて蹴りが入る。革靴の先端は硬いため蹴りを食らった彼の下あごは砕け、しばらく呻いたあと気絶した。
残る二人のうち、一人は必死に剣を抜こうとしていた。しかし鞘に引っかかっているのか抜けず、涙を浮かべながら過呼吸気味にヒーヒー喘いでいる。
容赦ない蹴りが彼の股間を襲い、苦悶の表情を浮かべた。
前かがみになったところに後頭部をつかまれ、顔面に膝蹴りを食らう。彼はそのまま後ろにひっくり返って昏倒した。
最後の一人は恐怖で足がすくみ、その場でブルブルと震えて立ちすくんでいる。襟首をつかまれ、大通りのほうにめがけてぶん投げられ気絶した。
広場の近衛兵たちは片付いた。この一連の出来事を防衛隊員たちは顔面蒼白で眺めていた。
◆ ◆ ◆
「あークソッ、腹がイテェ!!」
刺された箇所を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。
なんとか広場の近衛兵たちを始末することに成功した。やはり各個撃破で倒していくのがベストだな。
――それにしても……まさに『九死に一生を得る』という状況であった。
背中から剣で刺されるという非常事態。にもかかわらず冷静に対処できたのはまさに『経験が生きたな』と言っても過言ではない。
なんせ異世界に来てからどんだけひどい物理的ダメージを負いまくったというか。おかげで激痛に耐性ができた……ってわけではないが、慌てずに対処できるようになっているとは思う。
剣を引き抜かれたとき出血がひどかったのか、スゥーっと意識が遠のきそうになり、即座にマズいと思った。そこで倒れた瞬間に《詠唱、完全回復》を頭ん中で唱えて回復。しばらく倒れたまま状況観察していた。
王子一行が立ち去り、広場に残った近衛兵五人が防衛隊員と言い争いになったタイミングで隠蔽の魔法《我が姿を隠せ》を唱え、気づかれないように彼らに近づいた。
そこからはエルフの身体強化魔法の《剛力》と、雷の魔法《詠唱、弱雷》を使いながら近衛兵を片付けていったのである。
「ミ……ミズ、キ……さん?」
大きく深呼吸する俺に、シーラが恐る恐る近づいてきた。
「うん」
返事をすると、生きていると確信したのかシーラは涙を浮かべた。
「瑞樹さん! 生きてたんですか?」
「あー……生き返った!」
「!?」
ちょっとした軽口で生存アピール。はた目にはバッチシ殺されてたからね。
バザル副隊長も俺のそばにやってくると、上から下まで舐めるように観察し驚きの表情を浮かべた。
「その……そばにいたことに気づかなかったんですが――」
手で質問を遮る。
「中の兵隊を倒してきます。終わったらドアを開けるので入ってきて」
「――瑞樹さん一人で?」
「人質とられてるんでね。一人で行ったほうが安全と思う…………あーあと、そこに転がっている連中は捕縛して本部に連行、地下牢に放り込んどいて」
言うだけ言うと、急いでギルドのほうへ向かった。