20話
数日後、とある3人の魔法士がティアラ冒険者ギルドにやって来た。
年齢的には20代後半。
1人は金髪の青年で魔法士にしては筋肉質で高身長。
後ろに控えてる2人はどちらも茶髪。ニヤニヤして体格はいかにも文系という感じが漂っている。
「ミタライミズキってやつはいるか?」
キャロルのカウンター前で声を荒らげる。
俺は顔を上げると、キャロルが何か変なのが来たという表情で俺を見る。
「お前がミタライミズキか」
質の悪い冒険者どもだ。
こいつらの物言いはホントなってないなと思う。
主任が俺を雇うときに「理知的で敬語が使えるから」と評価された理由がよくわかった。
実に生意気そうな男3人――見た目から魔法士だろう。
クールミンが着てた丈の長い服、応援団の人が着てる長ランとかいうやつに似てる。
それで森の中に行ったりするのは不便だろうに。
いかにも馬鹿っぽい連中だな。
とはいえ客だ……キャロルの横に行く。
「私が瑞樹ですが何か?」
「お前、魔法が使えるんだってな」
もう漏れてた。衛兵……口軽すぎだな。
主任が忠告してくれたことが現実になり警戒する。
「えーとどちら様で?」
「魔法が使えるんだろって聞いてんだよ。襲われて返り討ちにしたんだってな」
金髪の男が声を荒らげて威圧する。
職員はもちろん、店内の客もこちらを見る。
半月前の俺ならビビって涙目になってただろう。
だがこちとらつい先日死線を越えたばかりだ。
沸々と怒りゲージが溜まっていく。
「お答えする義務はございません。お引き取りを」
「ちょっと修練場で見せてくれよ。俺のも見せるからさー」
ヘラヘラとこちらを馬鹿にする態度だ。
後ろの2人はずっとニヤニヤして職員を見渡している。
てか修練場ってとこがあんのか……。
「仕事中ですんで。あと他のお客様の迷惑です」
「ああ? 俺だって客だろ! 俺が見せてくれって言ってんだから見せろよ!」
実に典型的なヤンキー口調……この世界にもこの手合いはちゃんといるのだな。
魔法では絶対に負けない自信があっても気圧されるとやっぱり怖い。
だがカチンとくるな。おかげで怒りゲージが満タンだ。
さてどうしたものか……。
主任が来ようとしたが手で制止する。
そして俺はスマホを取って撮影モードにする。
「ちょっといいですか?」
「あぁ?」
パシャッ
一瞬フラッシュが炊かれ、金髪の魔法士が怯む。
「な、何だ!」
パシャ、パシャ
かまわず奥の2人を連続で撮影する。
「何!?」
「これ見てくれる?」
撮影した写真を見せる。
彼は一瞬何かが光ったことにビビっていた。
そしてイラつきながらも言われたとおりにスマホを覗き込む――
「う…うぁわぁあああぁ!」
自分の姿がそこにあるのを目にして絶叫する。
恐れて後ずさると、勢い余って後ろの奴にぶつかった。
そして3人ともこけた。
初めてリリーさんが写真を見たときと同じリアクションだ。
『この世界の人は写真が理解できない』
後ろの2人にも自分の映った写真を見せる。
すると彼らも金髪のやつ同様に怯えた。
「これはな、お前らみたいなカスハラ野郎に対処するための道具だ」
3人は床に倒れたまま真っ青になっている。
店内の客もヤバい雰囲気を察して店を出始めた。
「な……カス……何?」
「カスタマーハラスメント。うちの国で『迷惑をかける客』って意味だ。変な要求をしたり暴力的で侮辱的な言動をする客のことだ」
キャロルに奴らを撮った写真を見せる。
「あ~写真! そうやって撮るんだ~!」
よく考えたらスマホで撮影する様を見せたのは初めてだ。
キャロルは写真の撮り方を知って喜んだので、口の端上げてドヤって見せた。
「これで今お前らの姿を撮った。これを警察に提出すればお前らは逮捕される」
「ケーサツ? 何だケーサツって……」
かまわず続ける。
「この道具で姿を撮られるとな、警察にずっと監視されるんだ。そらもうずっとだ。外歩いてるときも、寝てるときも、トイレで用足してるときもだ。お前らが悪事を働けば即警察がやってきて逮捕する。そして処刑だ」
奴らを睨んで語気を強める。
「俺は今お前らの姿を撮った。俺がこれを消さない限りずーっとお前らは警察に監視され続ける」
彼らは一体なにが起きているのかまったく理解できなかった。
◆ ◆ ◆
意気がっていた魔法士は、恐怖のどん底に落とされていた。
あいつは何を言っているのだ……まったくわからない。
まず何をされた! あの道具は何だ!
『ピカッと光ったら自分の姿があの道具に入っていた』
じ……自分はどうなったのだ!
あの道具の自分は何なのだ……。
受付の女はさも当り前のことのように言っていた。
『とる……何を?』
いつも迷惑な客はこうされてるのか?
ケーサツが監視すると言っていた。ずっとだ。トイレの中まで監視すると言ってる。
だからケーサツって何だ!?
魔法士は男を見て思い出した――
『あいつは3人を殺した奴だ』
たしかに今「処刑だ」って言った……言ったな。
聞いた話じゃ『魔法書を読んだだけで魔法を使えた』らしい。
そもそもそんな話があるわけがない!
雷の魔法で殺したって聞いた……嘘だ!
そもそも雷の魔法を使える奴なんていない。聞いたことがない。
石の魔法で顔面吹っ飛ばした!? ありえない! せいぜい骨折が関の山だ。
あれだ……あの魔道具だ。
姿を取られた。俺を取られた。俺のナニカを取られたのだ。
ケーサツが何かもわからない。
だが監視されてきっと殺されるのだ。そういう道具なのだ。
『あの道具で姿を取られたら死ぬのだ!』
あああああああああああ!!
連れの2人も同じような考えに囚われていた。
◆ ◆ ◆
魔法士3人は恐怖に震えている。
もう自分たちがここに何しに来たのかも忘れたようだ。
そして掠れたような声で呻いている。
「うぅあぁ…あ…ああぁあぁぁ……」
彼らを見下して告げる。
「そうだな……君らがもう俺に難癖をつけたり、うちのギルドに迷惑をかけないと誓うなら――」
「この写真を消してやろう。なかったことにしてやる……どうする?」
すると連れの2人が泣きだした。
「う…うぁ…す……ぐっ、すびまぜん、ごっごいづに言われでぇ…づ…づいでぎだだけなんでずぅ」
「あぁあ、お……おれもぉおぉおおぉ」
こうかはばつぐんだ!
「君はどうする?」
彼はすっかり怯えた子犬のようだ。
苦虫を噛み潰したような顔でゆっくり頷いた。
俺は写真を消して、スマホの黒い画面を見せる。
「写真は消しました。もう大丈夫です」
そういわれて3人は溶けるように脱力した。
そして少し大きめの声で周りに聞こえるように言う。
「君らにも冒険者としての立場があるだろう。恥ずかしい思いをしたなんて知られたくはないだろ?」
彼らはもはや受け答えする気力もない。
「だからな……今日ここでの出来事、写真のこととか……黙っててほしいんだけどな」
言えばどうなるかわかるよね……という雰囲気で彼らに伝える。
そしてチラっと店内を見渡す。
他の冒険者にも聞こえただろう。
『彼らのことは言うな! 写真のことは言うな! 言うとお前も撮るぞ! 撮られたら死ぬぞ!』
そう思ってもらいたい。
魔法士連中は這う這うの体で去っていった。
主任はおかしいのを堪えている。
「ミズキさん、シャシンってそういうものだったんですか?」
「そ~ですよぉ~!」
俺はスマホを掲げながら笑う。
あらかじめ主任から話を聞いておいて良かった。
いきなりだとやはり圧倒されていただろう。
この後みんなに『カスハラ』や『警察』について説明すると、日本の衛兵は凄いんだなと認識された。
せっかくなので3人の写真を撮ろうか。
ラーナさん、リリーさん、キャロルの3人にこちらを向いてもらい撮影する――
パシャッ
一瞬フラッシュに驚く。
そしてスマホを渡して自分達の写真を見せる。
すると破顔一笑、お互いを見ながら喜んでいた。
「瑞樹さ~ん、私たちも逮捕されちゃうんですかぁ~?」
「そうだよ~」
キャロルの言葉にみんなハハハと笑って場が和んだ。
彼女の明るさにホッとしている自分がいる。
うまくあしらったとはいえやはり内心は怖かったらしい。
体が妙にふわふわした感じだ。
そしてこの日以降、魔法士がこのギルドにちょっかいかけに来ることはなかった。