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199話

 布に包まれたドラゴンの牙を手に急いで戻る。

 再び広場に出たとき、王子がティナメリルさんに話しかけているのを目にした。


 ぬぁあああああ!?

 とてもとても嫌な予感がする……。


「――には行ったことはないのか?」

「お待たせしました!」


 会話を遮るように声を張り上げた。王子は驚いて眉をひそめるも、牙の到着を知るやすぐに表情が明るくなった。


 ギュンターが近衛兵の一人に顎で指示を飛ばすと、俺の手から荷物を取り上げて王子の前に差し出す。

 そして眼前で布をめくると、ご所望のドラゴンの牙が姿を現した。

 目にした王子は感嘆の声を漏らし、嬉しそうにスリスリと触ると手に取って抱えた。まるで子供が欲しかったおもちゃを手に入れたようだ。


「――これは小さいのだな」


 王子が口にするとこちらに振り向いた。


「小さい?」

「謁見の間で見たのより小さいな」

「……申し訳ありません。おっしゃる意味がわかりかねます」

「先だってコーネリアス侯爵が国王陛下にドラゴンの牙と鱗を献上したのだ。そのとき目にしたのとは違うのだな」


 あーそういうことか。彼らの今回の襲来……もとい来訪の理由が、パズルが解けるように理解できた。


 なるほど。これも国に献上せよとなったら手が出せなくなる可能性があったのだろう。なので先んじて……それも自らの手で奪取する手段を選んだというわけか。とても王族の行幸には見えない一行なのも合点がいく。おおかた情報を得て即、側近だけで出立したのだろう。



「あーそれは歯の位置が違うのだと思われます」


 頬を触りながら、なんとなくこの辺の……みたいな説明をすると納得いった表情を浮かべた。

 そしておもむろにギルド長に向くと、


「ギルド長、これを余に献上せよ!」


 王子の申し出にギルド長は言葉に詰まった。


「なんだその態度は! 殿下が欲するものを献上するのは当然であろう!!」


 即答しない態度に近衛騎士団長の怒号が飛んだ。

 ギルド長としては、俺の所有物を勝手に供与してよいものかと頭に浮かんだのだろう。しかしここで俺が口出しするとめんどくさいことになるのは明白だ。

 俺はじーっと前を向いたまま黙っているのを見たギルド長は察してくれたようで、


「もちろん、殿下に献上いたします」


 恭しく頭を下げながら返答した。その態度に王子と近衛騎士団長は満足気な表情を浮かべた。


「ん、なかなかに献身的でよろしい」


 もういい加減うんざりだな。連中の横暴さも傲慢さも我慢ならん。とっととそれ持って帰れ!

 彼らと視線を合わせないようにしつつ、必死に腹立たしさを抑えていた。



 ――ところがこれで終わりではなかった。


「お主、ティナメリルといったか。余はお主が気に入った。一緒に王都についてまいれ。よいな」


 は? 何言ってんだコイツ!! 彼女はここの副ギルド長だし俺の女だぞ。連れ去られてたまるか!!

 とはいえここで騒動を起こすわけにはいかないし、さてどうしたものか……。


 当のティナメリルさんも王子の申し出には驚きを隠せなかったようだ。


「お断りします」


 おっと、即座に拒否した。

 さすがティナメリルさん、王族だろうが知ったこっちゃないのだな。俺は内心ガッツポーズした。


「ん? お主、今何と言った?」

「お断りします」


 一瞬キョトンとした王子は、すぐに顔を真っ赤にして怒りを露わにした。

 まあ立場的に拒否されるとは思っていなかったのだろう。自分の思い通りにいかなかったことに腹を立てているようだ。


「あぁ!? なんだと貴様ッ!」


 王子が彼女に詰め寄る。俺は彼女の前に身を入れて遮り、ギルド長もティナメリルさんをかばって後ろに下げようとした。

 この行動に王子は激高するかと思いきや――


「殿下、お待ちください!」


 近衛騎士団長ギュンターが王子を制止した。


「なんだギュンター!」

「殿下……殿下、ちょっとお下がりを――」

「あぁ?」


 二人は馬車のほうまで下がると、ギュンターが声を抑えて話をする。

 しかし当の王子は怒りで声を抑えられないようで、結局ギュンターも普通の声量で話すハメになり、俺たちにも内容が聞こえた。


「あっ、あのエルフ……余の命令を――」

「殿下、ご存じかとは思いますが、エルフに対して強要するような行為はできません。教育係の文官から教わりましたでしょう? 『エルフに手を出すと国が亡ぶ』という内容を」

「あんなものはただの言い伝えであろう? 国など亡ぶわけがなかろうが! ギュンター、お前も信じているのか?」

「将官には関係ありません」

「なんだとぉ!?」

「国王陛下が……いえ、国の方針として『エルフに手を出すな』とおっしゃっている以上、我々はそれを守らざるを得ません。当然、殿下にも守っていただくように努めるのが我々の職務です。そもそも我々は陛下の兵であって殿下の――」

「あーもういい!!」


 羽虫を手で払うような仕草で話を遮り、悔しそうに親指の爪を噛んだ。


 ふむ……よくはわからないが、王子はティナメリルさんに手はだせないらしい。あーそういえば、以前、ダイラント帝国の潜入部隊の隊長もそんなことをいっていたな。やはり人間とエルフとの間に何かしらトラブルがあったのだろうか。



 彼女を諦めて立ち去るかな……と思いきや、王子は何か閃いたようでギュンターに耳打ちした。


「なあギュンター、……強要するのがダメなら、『自発的に来させればよい』のではないか?」

「……自発的に、ですか?」


 ギュンターは腕を組み、指で顎をツンツンとつつきながら沈黙した。数秒後、踵を返してギルド長に詰め寄った。


「ギルド長、明日までにエルフに『自発的に王子に付き添う』と説得しろ」


 なんて無茶苦茶な!


「そんなことできるわけな――」

「貴様――ッ! 殿下の意に背く気か――ッ! 不敬罪であるぞッ!!」


 ギルド長の拒絶にギュンターは怒り、胸倉を掴んだ。


「貴様の態度次第では職員全員を不敬罪で処罰するぞ!」

「ぐっ……で、できません!」


 ギュンターは舌打ちすると、掴んでいた手を離してギルド長を殴った。


「キャアア――ッ!!」

「オイ!!」


 彼の粗暴な振る舞いに女性職員たちから悲鳴が上がり、男性職員も思わず呻いた。

 金属製の籠手で殴られたギルド長は口元が切れたらしく血が流れた。けれどガタイの大きなギルド長はビクとも動かなかった。

 即座に近衛兵が詰め寄り、俺たちを威圧する。


 ――この国の軍隊は市民に平気で手を挙げるのか。


 恐怖で身体がすくみ、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 人の悪意というものをまともに受けたことがない身には、こいつらに腹が立っても身体が怯える。悔しくてギュッと歯をかみしめた。


「明日の朝、もう一度寄るから手筈を整えておけ。よいな!」


 ティナメリルさんに目をやると、ギルド長を心配するような表情を浮かべていた。


 さてどうしたものか……。

 もちろんそんな要求を呑ませるわけにはいかない。かといってこいつら全員を相手にできるわけもない。となると一度要求を呑んで、出立後に奪い返すという算段になるか。そのほうが確実か――



「ふむ……お前たち三人、余の奉仕係を命じる。ついてまいれ!」


 王子の声に左のほうを見やると、ラーナさん、リリーさん、キャロルの三人の前にいた。


 は? なんて? 奉仕だと!? ふざっけんなっ!!


 このクソ王子の言葉にもはや怒髪天を突いた。


「ギュンター、行くぞ」

「はっ。ユベール、その三人を馬車に乗せろ」


 ひときわ大きなガタイの近衛兵が数名の近衛兵に指示を出す。

 そして三人の腕を掴んで強引に連れていく。


「いやーッ!」「何するのッ!」「やめてください!!」

「おいっ何をする!」「横暴だ!」「やめてあげて!!」


 三人は必死に抵抗する。

 まわりの職員たちからも非難の声が上がる。するとその様子に近衛兵たちはこちらに近づいて剣を抜いた。

 剣を掲げて威圧する近衛兵たちにみんななすすべがなかった――



「ふざけんなクソがッ!!」


 俺は連れ去られる三人を目にして頭に血が上った。咄嗟に《剛力》で身体強化して目の前の近衛兵を押し飛ばした。


「グワァア!」


 近衛兵は十メートル近く吹き飛び、石畳を滑るように転がった。

 思わず手が出てしまったが、連れ去られる彼女たちを目にして何もしないわけにはいかなかった。


「き、貴様!」

「どけ!!」


 近づくためにさらに数人の近衛兵を同様に吹き飛ばす。

 金属製の軽鎧を装備している近衛兵が、ただのギルド職員に転がされる様に彼らは一瞬怯んで動きが止まった。


 ――この状況を打破することを考えねば。


 えっとえっと、石……は危険すぎる。水……いや、風で全体を吹き飛ばすしかない。よし!

 すぐに魔法を詠唱しようとした。


 《詠唱、最大そ――》


 突然、背中をドンと押される感触、直後に激痛が走る。

 さらに身体の中をグググッと何かが突き進む感触に襲われたことで、自分は何をされたのかすぐに理解した。

 ゆっくり下に目を向けると、腹から突き出た剣先が見えた。


 ――ああ……剣で刺されてしまった。


 自分でも驚くほど冷静に事態を理解していた。

 しかも、なぜか不思議なことに、物事がすべてスローモーションに見える。おそらく命の危険を察したからだ。


 ゆっくりと振り向き、刺した人物を見やる――近衛騎士団長のギュンターであった。


「イヤァア――――ッ!!」「キャァア――――ッ!!」「ミズキィ――ッ!!」


 女性職員たちの悲鳴が広場に響き渡る。


「瑞樹さん!!」「瑞樹ッ!!」「イヤァ、瑞樹さーん!!」


 リリーさん、ラーナさん、そしてキャロルの三人の泣き叫ぶ声が耳に届く。

 ギュンターが剣を引き抜くと、俺は力なくその場に崩れ落ちた。


「――瑞樹ッ!!」


 多くの喧騒の中、ティナメリルさんの声が一度だけ聞こえた。俺のことを案じてくれているような叫び声だ。

 こんなときだけど、彼女が感情を剥き出してくれたことが嬉しく思えた。


 ……ふふっ、ちったあ彼女の心に爪痕残せているってことか……な。


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― 新着の感想 ―
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さて、ただで乙る瑞樹ではあるまい。己を含むすべての縁者を蔑ろにされたその怒り、どう発散したものか。1つの解がある、「エルフに手を出すと国が亡ぶ」すでに伝承が示している。 真っ当な人間はともかくとしてこ…
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