198話 第一王子一行、ティアラ冒険者ギルドを急襲
今日は四月二十一日。ドラゴンの襲撃からちょうど二ヶ月が経過した。各所にドラゴンの爪痕は残っているものの、フランタ市は以前の活気を取り戻しつつある。
ティアラ冒険者ギルドの忙しさもひと頃に比べれば落ち着き、朝のラッシュが済んだあとは雑談に興じれる余裕もでていた。
午前10時30分。
突然、店内の客がざわついたので顔を上げる。皆、窓の外に目を向けていた。するとすぐに数頭の馬の蹄、馬車の車輪の音が耳に届いた。
ん、防衛隊の連中かな?
と思っていたらいきなり正面のドアがバンッと開き、金属製の軽鎧に身を包んだ数名の兵士が入り込んできた。ズカズカと入るや否や、店内の客に向かって怒鳴った。
「貴様ら全員外へ出ろ!」
「お前も……おいお前も出ろ!」
「グズグズするな、早くしろ!!」
兵士によって否応なく追い出される客。いきなりの出来事に俺たちも唖然とする。するとそこへさらに二人の兵士が入ってきた。
「オイッ! ここの責任者は誰だ?」
一人の兵士がカウンター越しに尋ねた。慌てて主任が立ち上がると、
「貴様が責任者か!!」
「私はここの主任で、ギルド長は二階におりますが……」
「すぐに連れてこい!」
彼らの態度や装備を見るに、おそらくこの国の兵士なのだろう。
俺はすぐにスマホを手に取り、彼らに顔を向けたまま机の下に隠すような動きでウェストポーチにしまった。これ狙いだという可能性があったからだ。
主任がギルド長を呼びに行くと、一人の兵士が受付に歩み寄る。
「貴様ら、アッシュという冒険者は知っているか!」
二十代ぐらいの若い兵士。線が細い体躯のせいか怖い感じはしない。受付嬢の三人を品定めをするような視線……内心カチンときた。
「――アッシュさん……ですか?」
「知っているんだな? どこにいる!!」
リリーさんは兵士の詰問に怯える様子はない。普段から不躾な冒険者たちを相手しているせいだろう。ちょっと頼もしい。
それにしてもアッシュが目的なのか? あいつ一体何をやらかしたんだ!?
「さあ……知りません。しばらくうちには来てませんので」
リリーさんの返答にキャロル、ラーナさんも首を振った。
ところで、アッシュは冒険者の間ではとても有名になった。もちろん『ドラゴン撃退の功労者』という実績によるものだ。
カートン隊長、アッシュ、ホンノウジのメンバーの一人(おそらくノブナガだろうとの噂)――この三人が戦って退けた、という武勇伝がフランタ市で広まったのだ。それでアッシュの冒険者として知名度は爆上がり、おかげでいい依頼の話がいくつかきていると彼は話していた。
たしかこの前『王都へ商隊の護衛任務』の仕切りを頼まれたとか言っていた気がする……。まあとにかくいいことだ。
「本当か? 隠したりしてないだろうな!!」
「隠す?」
ラーナさんの返事に兵士がじろっと睨む。
しかし受付嬢たちの表情から「本当に知らなそうだ」と感じ取ったようで、ふんと鼻を鳴らすと仲間に報告しに戻った。
これはただ事ではないなー。アッシュよ、お前ホントに何やらかしたんだ?
そこへギルド長と主任が階段を降りてきた。
「貴様がここの責任者か!」
ギルド長は兵士を目して驚いた。
「そうだが……あんたらは何だ!」
「我々はマルゼン王国国王、エーヴェルト・マルゼンのご子息である第一王子、ユリウス・マルゼン殿下直属の近衛騎士団である」
リーダー格らしい兵士がそう告げた。
――なんて!?
何やらヤバそうな固有名詞がいくつも聞こえたな……。国王? 第一王子? 近衛騎士団?
「今からこちらに殿下が視察にお見えになられる。全員表の広場に出てお出迎えするように!!」
彼らの要求にギルド長は強張った表情のまま。その場にいる皆も驚きで動きが止まっていた。
「それは一体どうい――」
「うるさい!! とっとと職員全員を広場に集めろ! これは命令だ!!」
すると新たな馬車が到着する音が聞こえた。急かす兵士の命令にギルド長も俺たちに外へ出るように告げた。
「この建物で全員か?」
「――いえ、別棟にも職員はいますが……」
「じゃあ呼んでこい! 急げ!!」
俺は主任に「私が行きます」と告げ、急いで別棟に向かった。
「ティナメリルさん!!」
副ギルド長室のドアをノックもせずに開けた。その様子に驚くことなく顔を上げる。
「どうしました?」
「実は王国の兵がやってきまして、全員広場に集まるように言われてます」
「王国の兵?」
「はい。なんか、この国の王子がやってきたとかで……」
この突発事案にも彼女の反応は普段通り。慌てる様子もなく「わかりました」と席を立つ。
「あの……こういうことって過去にもありました?」
「いえ、ないわね」
ティナメリルさんも知らないとなると初めての出来事というわけか。しかも兵士は高圧的で検閲っぽい雰囲気もしてたし、こりゃどうみてもいい事態ではないなー。
財務部の職員たちも連れだって広場へ出ると、その異様な光景に驚いた。
二十前後の兵士たちに広場が陣取られ、実に物々しい雰囲気が漂っている。騎兵も数騎おり、兵士が乗ってきたと思われる幌馬車も二台あった。
追い出された一般市民や冒険者たちは広場から排除され、遠巻きにこちらを眺めている。通りの角で営業していた屋台も急いで撤収しようとしていた。
十五分ぐらい経っただろうか――
六騎の騎兵と幌馬車、それと漆黒の色に金色の柄が施された豪華な馬車が到着した。
「――――いないのか?」
「職員――――知らない――で」
隊長らしき人物が兵士から報告を受ける。内容はおそらくアッシュの件だろう。彼が捕まらなかったことに少し渋い表情を浮かべた。
馬を降りるとこちらに歩み寄り、
「私は第一王子直属の近衛騎士団長、ギュンター・オルトナムである」
広場全体に聞こえるように名乗った。兵士にしてはほっそりとした体躯の中年男性、歳は三十代後半といったところか。団長というだけあって居丈高、こちらをギロリと見渡す眼光には恐怖を感じるものがある。
「マルゼン王国、エーヴェルト・マルゼン国王陛下のご令息、ユリウス・マルゼン第一王子のお越しである。皆、首を垂れよ!」
その命令に職員一同は頭を上げ、合わせて近衛兵たちも姿勢を正す。そして馬車から一人の人物が降りてきた。
「うむ、頭を上げよ」
そこにはきんきらな衣装に身を包んだ青年が立っていた。
まあまあイケメンの部類には入るかなという顔立ちで、髪の毛がもしゃもしゃなのが目を引いた。ふ~ん、これがこの国の王子かぁ。
「お主がここの責任者か?」
「ティアラ冒険者ギルドのギルド長、ロキと申します」
「ふむ。ところで、ここには『ドラゴンの牙』が保管してあると聞き及んだのだが、それは真か?」
「――ドラゴンの牙……ですか?」
「そうだ」
ギルド長はこちらに振り返って俺に視線を送った。王子の言でピンときた俺は黙って小さく頷く。
「はい。ありますが……」
その言葉に王子は嬉しそうに口角を上げる。が、すぐに咳ばらいをして平静を装った。
「う゛ふん……ぜひ見てみたい。持ってまいれ!」
「あ……はあ」
「何だ貴様、その態度は!! 殿下がご所望なのだ。早く持ってこい!!」
ギルド長の態度にギュンターの叱責が飛ぶ。生返事っぽく聞こえたのが癇に障ったようだ。
「瑞樹、持ってきてくれるか?」
「わかりました」
物わかりのよい返事をし、更衣室のロッカーに突っ込んだままのそれを取りに向かった。
急いで向かう途中、頭の中で状況整理する――
『この王子はドラゴンの牙が欲しいのだ』
となるとアッシュを探している理由は『ドラゴンの鱗』か。アッシュが罪を犯すようには思えないし、近衛兵に目を付けられる理由もないはず。
あ、そういえば例の帝国兵も牙を欲していたな。あれは帝国の威信回復に利用する目的であったが、じゃあ王子の目的は何だろう? ただ欲しいだけ……ってことはあるか?
まあなんでもいい。とにかく渡してとっととお引き取り願おう。