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197話

「お主がカートンか」

「……はい」

「ということはお主が持っているのだな! ドラゴンの鱗を」

「――はっ?」


 王子の質問に戸惑うと、ギュンターの怒号が間髪いれずに飛んだ。


「殿下が持っているのかと聞いておるのだ! 答えんか!」

「あ……ええ、持っておりますが――」


 その言葉に王子は高揚した表情を見せる。


「ん……目にしたい。持ってまいれ」


 要求を断る理由もないため、クールミンに隊長室の棚に飾ってある鱗を持ってくるよう告げた。



「こちらになりま――」


 途端、こちらの言葉を待つことなく手を伸ばした。矢も楯もたまらずといった感じだ。嬉しさを隠すことなく鱗に見惚れている。


「なるほど……謁見の間で見たのと同じだな」


 納得いったとばかりに王子が小さく頷くと、


「カートンよ、これを余に献上せよ」

「!?」


 なんとなく察してはいたが、いざ要求されると返事に窮した。

 この鱗はドラゴンと戦った功績の証として御手洗瑞樹から譲り受けた物だ。それを赤の他人に「はいどうぞ」とあっさり渡してよいものか……。


 ――とはいえ断る術もない。


 貴族が庶民の所有物を奪うというのは耳にしたことはある。もちろん許されることではないが、庶民がそれを阻止することはまず不可能だ。そんなことをすればいずれ何かと理由をつけて処罰されてしまう。

 まして王族ともなれば貴族の頂点、国のトップである。素直に従うしかないのはわかっている――


「ちょ、どういうことです? それはカートン隊長の――」

「貴様――ッ! 不敬であろうが!!」


 クールミンが異議を述べると、誅するようにギュンターが拳をふるう。


「やめろ!」


 殴りかかろうとした腕をつかみ、キッとギュンターを睨む。部下に暴力をふるうとなると話は別だ。

 彼はびっくりして手を振り払うと、居丈高に大声を張り上げた。


「貴様ら――ッ! 殿下の申し出を拒否するというのかッ! これは王室侮辱罪に当たるぞ――ッ!!」


 なんとも横暴が過ぎる。

 二の句が継げずにいると、ギュンターに胸倉をつかまれたので反射的にその手をつかみ返した。


「オイッ……この手は何だ! 第一王子直属の近衛騎士団、騎士団長の俺に手を挙げるというのか?」

「――ッ!」

「これは立派な王国への反逆行為とみなして貴様を処刑してもよいのだぞ」


 ギュンターは薄ら笑いを浮かべながら、胸倉をさらに強くつかんだ。


「ギュンター……」


 一触即発の状況に王子が割って入る。その様に恐縮するようにギュンターは手を離して一歩下がった。


「なあカートンよ――」


 王子は右手で肩をポンと叩くと、前かがみから見上げるように睨みつけてきた。


「王族の申し出は喜んで受けるのが国民の義務であろうが……違うか?」

「…………」

「なんだ、不満か? 不満なのか?」


 口をつぐんで黙っている態度にイラだったようだ。


「なんなら貴様ら全員、余に対する不敬罪で処罰してもよいのだぞ!」


 その言葉を合図に、ギュンターが軽く手を振ると近衛兵たちが剣を抜いた。防衛隊員たちも動揺を隠せないでいる。

 見ると近衛兵たちも余裕の表情を浮かべている。どうやらこちらが手を出せないと踏んでいる様子……実に業腹だ。


 ――だが隊員の身を危険にさらすわけにもいかない。


 たかが鱗一枚、それで事が済むなら差し上げればよい。瑞樹には事情を話してわびればいいだろう。


「――わかりました。鱗は差し上げます」

「『喜んで』……が抜けておるぞ」


 近衛騎士団長ギュンターが鼻持ちならない態度で告げる……が、それには応じなかった。


「もうよいギュンター!」

「はっ」


 その言葉を聞いた近衛兵は剣を収めた。王子は鱗が手に入ったのが嬉しいようで実に満足そう。


 ――なるほど。視察とはでまかせで、この鱗が目的だったというわけか。


「よし、もうここに用はない。いくぞ!」

「はっ」


 王子は馬車に乗り込む寸前、何かを思い出した様子で戻ってきた。


「カートンとやら、わかっておると思うが――」

「?」

「貴様らは『余の来訪にいたく感謝し、喜んでドラゴンの鱗を献上した』のだぞ。そうだな?」


 煽るような目つきに奥歯をかみしめる。


「あとできちんと国王陛下にお礼の手紙をお送りするのだぞ」


 王子はにへらと笑うと馬車に乗り込み、近衛兵に先導されて防衛隊本部をあとにした。



「なんだ! あの連中は!!」


 クールミンは髪の毛が逆立つのではないかというほど怒りを露わにし、同時に何もできなかった悔しさをにじませた。


「カートン隊長!」


 声の主は第四小隊隊長のミルズである。彼は事情確認に戻ってきていたが、差し出口をはさめる雰囲気でもなかったので事の成り行きを見守るしかできずにいた。彼から西門でのやり取りを一通り聞くと眉をひそめた。


 ――馬車が三台足りない! 騎兵の数も少ない!


 王子の馬車が一台、兵が乗った馬車が四台、騎兵が十二だという。馬車から降りた近衛兵は七人だった。ということは……全部で四十人ぐらいか。


 とても嫌な予感がする。


「すぐに隊員の招集をかけろ! 各門の警備は最低限にし、パトロールの連中もすべて戻せ!」

「わかりました」


 そこへパトロールに出ていたシーラ隊員が戻ってきた。


「カートン隊長、大変です! 王国兵が“七つの帽子”にやってきてトラブルを起こしています。何でも『第一王子? が利用するので部屋を用意しろ』と言って客を追い出しています」


 すでに事が起きていたか……。


 七つの帽子とは、フランタ市にある最高級宿で上位貴族も利用する立派な宿屋である。そこへ王国兵がやってきて狼藉を働いているというのだ。

 シーラはクールミンからここでもひと悶着あり、ドラゴンの鱗を奪われたことを知るや激しく憤った。


「シーラ、バザルに他の近衛兵たちの行方を調べるように指示を出せ。ただし何かあってもすぐには手を出さないようにと。いいな?」

「……わかりました」


 シーラは怒りをぐっと抑えて承諾した。


「隊長、彼らとやり合うんですか?」

「不測の事態に備えるだけだ」


 ちょうどそこへパトロールに出ていた隊員が、不思議なものを見たような感じで戻ってきた。


「あっ隊長! 今さっき東大通りをものすごい勢いで馬車が走って行ったんですが、何かあったんです?」


 その言葉にその場にいた全員が凍り付いた。

 そうだ、一番肝心な場所を忘れていた。奴らはティアラ冒険者ギルドに向かったのだ! あそこには――ドラゴンの牙がある。


「隊長――ッ!!」


 ちょうど馬に乗って出ようとしていたシーラの耳にも届く。彼女はすぐにティアラに向かおうとした。


「待て待て! ちょっと待て!!」


 すんでのところで手綱をつかんで引き留めた。こいつは瑞樹のこととなると命令すら聞かない節があるからな……。


「ですが隊長! ティアラには瑞樹さんが――」

「わかっている。とにかく迂闊には手を出すな! まずは事の推移を見極めろ。お前はバザルに指示を伝え――」


 あーバザルも瑞樹信奉者だった……。


「シーラ、まずはバザルと連絡を取って連中の情報を集めるように伝えろ。ティアラに向かうのはそれからだ」

「――ッ!」

「返事は?」


 苦虫を嚙みつぶしたような顔のシーラに諭すように話す。


「こちらの態勢が整わないうちに突っ込んでも逆に向こうの思う壺だ。相手は王族……慎重にいかねばならん。いいな?」

「わかりました」


 シーラは敬礼すると、急いでバザルのもとへ向かった。



 クールミンに隊員たちへの指示を任せ、隊長室に戻る。

 新調した防具に身を包みながら、やはり自分も瑞樹のことが気になって仕方がなかった。

 よりにもよって王子が瑞樹のところへ向かう……。あの王子の態度、近衛兵の横暴ぶり……何も起きないわけがない!!


 瑞樹の魔法は、辺り一帯を簡単に吹き飛ばすほどの威力がある。それを王子一行に使うかもしれない。

 思わずため息をつく。


 ――何事もないことを祈ろう。


 大丈夫……あいつは賢い奴だ。「牙が欲しい」と王子が言えば、「ハイどうぞ」と渡すに違いない。なんせ領主に牙と鱗を無償で渡している。それについ先日もドラゴンの肉片を帝国兵に差し出したぐらいだ。戦利品に未練はないはず……。

 王族なんざ、とっととお引き取り願いたいと思うはずだ。大丈夫……大丈夫だ。


 大きく深呼吸し、隊員たちが待つ広場へ再び向かった。



 しばらくして、真っ青な顔をした隊員が戻ってきた。


「隊長、大変です!」

「どうした!?」


 その隊員は震える声で口にした。


「――ティアラの職員が……殺されました!」


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― 新着の感想 ―
さてトトカルチョだ。ドラゴンを倒すほどの力、その逆鱗に触れたしっぺ返しはどこまで及ぶと思う? 下手人当人の首はまず飛ぶだろう。 だが、ここにきて一つの疑念が沸く。それは、「いつ」かだ。激昂に身を任せ即…
は!?なんか不穏な最後来たんだが… こんな簡単に殺すんだ 折角生き延びたのに
ドラゴンを退けた戦力舐めすぎでは
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