196話 第一王子一行、フランタ市に来襲
四月二十一日、午前10時。
ドラゴンの襲撃からちょうど二ヶ月になるフランタ市。瓦礫の撤去なども済み、あちこちで建物の再建が始まっている。教会などは半分以上出来上がっているし、南門もほぼ元通りになりつつある。
復興特需のおかげで人々の往来も増え、特に領都につながる西門は朝から商団が次々とやってくる。
「ぃようミルズ!」
到着した商団の団長が御者席から茶髪の青年に声をかけた。
「――ん、お疲れさん」
返事をしたのは第四小隊隊長のミルズである。
ミルズは身長一六五と、この国の成人としてはかなり小柄だ。しかし身体強化術が使える技量と、意見をよく聞く度量から隊員たちからの信頼も厚い。
この商団は頻繁に出入りする、いわゆるいつもの連中。なのでほとんど顔パス状態。衛兵たちも雑談に興じながら温和に手続きを進めていた。
そこへ軍の一団とおぼしき連中が、街道を土埃を上げる勢いでやってきた。突然の出来事にその場にいた衛兵たちや商団の連中は呆気にとられた。
「我々はぁ――マルゼン王国第一王子、ユリウス・マルゼン殿下の一行である。責任者は誰かッ!」
先頭の近衛騎士団長、ギュンター・オルトナムが騎乗のまま怒鳴った。
このときミルズは西門の内側にいて、商団の団長と談笑していた。いきなり聞こえた怒号に「何だ?」と話を切り上げて向かう。
商団の団長も何だかヤバそうな雰囲気を察し、急ぎこの場を離れるように部下に指示を出した。
逃げるように市内へ駆け込む人々。外へ出たミルズはやってきた一団を目にするとびっくりした。
そこにはマルゼン王国の王国軍とおぼしき一団――先頭には指揮官らしき騎兵が二騎、そのすぐ後ろには豪奢な馬車、さらに後続には兵が乗っていると思われる四台の馬車と、随伴する騎兵がいた。
ミルズは表情を変えずに指揮官に歩み寄る。すると後続の騎兵たちが前に進んで彼を半包囲した。明らかな威圧行為にミルズは眉をひそめるも、怯むことなく問うた。
「これは一体どういう――」
「貴様――ッ! 無礼であろうが!!」
発言を遮るようにギュンターは再度怒鳴った。
「殿下の来訪に出迎えもないとはどういうことか! 不敬であろうが!!」
「んん? でん……か?」
ミルズは戸惑いつつ騎乗の彼らを見回し、後ろの馬車に目を向けた。
彼らの装いは王国軍の軽鎧を装備しており、馬車にも王国の紋章が描かれている。なので王国軍であろうと思われる。
しかし防衛隊本部からは何の情報もなかった。
通常、軍の移動などは前もって連絡があり、緊急の場合でも先ぶれぐらいはあるはず……だがそれすらない。
「――そのような連絡は受けておりませんが?」
「もうよいッ! 道を空けろ!! 今から貴様らの本部に行って苦情を申し立てる! さっさと道を空けろッ!!」
ギュンターは恫喝すると、ミルズがそばにいるにもかかわらず馬を進めた。
「――ッ!」
ミルズが慌てて脇にそれると、一行はそれに続き、騎兵たちはミルズを小馬鹿にするように見下しながら進んだ。三台の馬車には兵士たちが乗っており、衛兵たちを一瞥するとふんと鼻で笑った。
唖然とする衛兵たちを尻目に、第一王子一行は市内へと入っていった。
「隊長! どういうことです?」
不安げに尋ねてくる隊員たちの言葉を手で制止する。そして正直に「自分もわからない」と首を傾げた。
◆ ◆ ◆
第一王子一行は四班構成、各班十名ずつ。団長のギュンター、副団長のユベールを含めると、近衛兵は計四十二名である。
しばらく進んで停止すると、騎乗する各班の班長をそばに呼んで、地図を見ながら命令を下す。
「一班は、俺と殿下と共に防衛隊本部へ向かう」
「ハッ!」
「二班はティアラ冒険者ギルドへ向かい制圧、そのまま俺たちが行くまで保持しろ」
「了解!」
「三班はヨムヨム冒険者ギルドを捜索。件の冒険者がいれば捕縛。いなければティアラ冒険者ギルドで二班と合流しろ」
「了解しました!」
「四班は宿屋の確保だ。全員叩きだして貸し切りにしろ」
「ハッ!」
ギュンターは空を見上げた。まだ昼ではないことを確認すると、再び班長たちに目を向ける。
「王都から強行軍で疲れているであろうが、事が片付けばゆっくり休める。夜のお楽しみに備えてしっかり励め」
「ハッ!!」
班長たちは姿勢を正して敬礼すると、ふふっといやらしい笑みを浮かべた。
ギュンターが顎で「行け」と命じると、班長を先頭に兵を乗せた馬車が各所へ向かった。
◆ ◆ ◆
午前10時20分。
本部長室で大量の書類と格闘していたカートン隊長のもとに隊員が駆け込んできた。
「隊長! 表に王国軍がやってきました!」
「はぁ? 何で?」
「それがどうも、ユリウス殿下がやってきたと言っているのですが?」
「―――誰だって?」
聞きなれない人名に記憶を手繰っていると、クールミンが慌てて本部長室に駆け込んできた。
「隊長! 表が騒がしいようですが?」
「……とにかく行こう」
隊長たちが表に出ると、王国軍らしき部隊が整列していた。
指揮官を先頭に、二列縦隊の兵士八名と二騎の騎兵、その後ろにマルゼン王国の紋章が描かれた豪奢な馬車が見える。
突然の来訪に驚きながら、指揮官らしい人物に理由を尋ねようとした。
「あなた方は――」
「貴様――ッ! 無礼であろうが!!」
するとこちらの質問を遮るように恫喝された。意味もわからず怒鳴られたことに怯むも、すぐに取り直して尋ねる。
「王国軍が一体何の用です?」
フランタ市にも王国軍の駐屯地は別にある。
もっともドラゴンの襲撃時に撤退して以降無人のままであるが、それでも王国軍がこちらに来る理由はない。
「なぜ出迎えに出ない!」
「……でむかえ?」
居丈高に話す人物は「私は第一王子直属の近衛騎士団長、ギュンター・オルトナムである」と名乗り、第一王子がフランタ市を見舞いに訪れたことを告げた。
カートンはクールミンに目を向けると、クールミンは慌てた様子で「知りません」と首を振った。
「――そんな連絡は受けてませんが、第一王子? が何用で?」
途端、火がついたようにギュンターがキレた。
「貴様ぁ、何だその口の利き方はぁ――ッ! 『殿下』と敬称をつけて呼ばんかぁ――ッ!」
ギュンターはいきなりカートン隊長の左頬を殴った。
「――ッ!?」
いきなりの殴打に居合わせた防衛隊員たちは唖然とする。
当のカートン隊長は一瞬バランスを崩すもこけることなく踏ん張った。いきなり殴られたことに怒りが顔に出る。
今のやり取りを目にした近くの防衛隊員たちは駆け寄ると一斉に剣に手をかける。当然、近衛兵も剣に手をかけたので、一触即発の様相になってしまった。
そのとき黒塗りの豪華な馬車の扉が開き、一人の若者が降りてきた。第一王子のユリウスである。
「やめよ!」
「はっ」
ギュンターが恭しく頭を傾ぐと、近衛兵たちは姿勢を正して整列しなおした。
「余はマルゼン王国国王、エーヴェルト・マルゼンが嫡子、ユリウス・マルゼンである」
金糸銀糸に彩られた壮麗な着衣に身を包んだ青年の登場。彼のふんぞり返った態度と口上に、その場にいた皆は面食らう。その姿にギュンターが再び怒鳴る。
「貴様らッ! 頭が高い!!」
ギュンターの態度にイライラさせられつつも、カートンは必死に頭を巡らせる。
王国軍と防衛隊はまったくの別組織であり、偉そうに命令されるいわれはない。しかし彼が威張る理由をみんな察している……彼は貴族なのだ。
それもおそらくかなりの高位貴族と思われる。庶民を見下すのは当然と思っている人種だ。それでこの態度なのだろう。
それよりもだ……何の前触れもなく王族がやってくることなどあるのだろうか?
貴賓の来訪となれば、それなりの段取りを踏むのが常道である。ましてや王族……ともなれば領主か、それに類する貴族が同伴してしかるべきだろう。
それなのにやってきたのは王子たった一人、しかも護衛は十二人。どう考えても少なすぎる!
カートンは一団の行動を訝りつつも、兵の装備、馬車の紋章、王子の態度などから本物なのだろうと判断することにした。
周囲の隊員たちに目を配ると、ゆっくりと頭を傾げた。
ギュンターは彼らの態度を目にすると、気づかれないようにほくそ笑んだ。
「急な来訪ですまなかった。おそらく伝達の行き違いがあったのであろう。不問に付す」
「――はぁ」
「貴様ッ、感謝の弁を述べんか! 殿下が不問に付すと申しておるのだぞ!!」
「よせギュンター!」
ユリウスは周囲の防衛隊員を見渡し、
「こんな田舎の連中に礼儀など求めても仕方なかろう」
そう述べると、ギュンターも追随するように「そうですな……」と鼻で笑い、近衛兵たちもケタケタと笑った。
隊員たちをバカにされたことにカートンは腹を立てつつも、王族相手に反論するわけにも行かず、ギュッと口を噛みしめて耐えた。
「先日、フランタン領の領主、ダスター・コーネリアス侯爵が国王を表敬した。ドラゴンの襲撃に関する報告と、復興のための支援のお願いに訪れたのだ。その話に余は居ても立ってもおられず、急ぎ惨状の視察に参ったわけだ……」
「視察……ですか」
「うむ」
カートンはクールミンに目を向けると、彼は小さく頷いた。領主閣下が王都へ出立したという連絡はいただいていたからだ。
一応、話の筋は通っているなと納得することにした。まあ面倒事が増えたことには変わりないが……。
視察が目的ならサッサと済ませてもらい、早々にお引き取り願おう。
カートンは了承したという意味で小さく頷いた。