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193/211

193話 謁見の前日、コーネリアス侯爵の憂い

 21時を回ると、王都といえど町のほとんどは闇に包まれる。しかし大通り沿いは街灯で明るく、まばらではあるが人の歩く姿も見える。食堂や飲み屋は灯りがついているので営業しているようだ。人々は酒を飲みながら、さぞや楽しい会話を交わしているのだろう。


 我が領都――バララト市はどうなのだろう? 同じようににぎわっておればよいのだがな。


 通り過ぎる馬車から外の景色をぼぅっと眺めながら、この数か月の出来事に参っていた――

 フランタ市をドラゴンが襲撃、それを発端とする各都市の混乱、収拾陳情の手紙の山、貴族たちからの苦情、税収の減少。さらにはダイラント帝国兵の潜入部隊によるドラゴンの牙の強盗未遂、いまだ決まらぬフランタ市の行政官と防衛隊本部長……そこに国王陛下からのお願いときた。


「はぁ……しんどい」

「――閣下? どうかなさいましたか?」


 次席執事のアルナーの声にふと我に返る。

 ん? 何か口にしたかな? どうやら思っていたことが口をついて出たようだ。


「なんでもない」

「……もうすぐ王城です」


 通常、夜に王城に向かうといえば夜会と相場が決まっている。だが今回はそうではない。

 国王陛下から『ドラゴンの牙と鱗を見せてほしい』という要請を受けたためだ。もちろん見せるだけでなく献上する。その催しは明日、謁見の間で多くの貴族たちに披露するという形で行われる。そこでその打ち合わせも兼ねて、あらかじめ牙と鱗を王城へ運び入れておくことになったのである。


 なお今宵の訪問は極秘であり、私の姿が見られないよう配慮がとられている。

 馬車は大通りから道をそれ、王城への裏口へと向かう。門番がこちらを視認すると、話は通っているのでそのまま裏門を通過。すぐに近衛兵がわらわらとやってきた。


「ご苦労様です」


 士官の兵士が敬礼で出迎え、案内役の文官が恭しく頭を下げた。

 馬車から一抱えある荷を手にアルナーが降りようとすると、兵士がすぐに手助けにやってきた。


「お持ちします」

「丁重にお願いします」


 兵士は緊張した面持ちで受け取ると、すぐに護衛を伴って城内へ運び込んだ。


「では侯爵閣下、ご案内します。従者のかたはこちらに」


 アルナーは一言「お気をつけて」と声をかけると、待合室へ案内されていった。



 王城には年に数回訪れるが、陛下の執務室へ向かうのは数えるほどしかない。とはいえ経路は知っている。ちゃんと人払いがされているようで誰ともすれ違わない。

 二名の兵士が立っている部屋に近づくと、姿勢を正したのか軽鎧の音がカチャリと鳴る音がした。


「ダスター・コーネリアス侯爵がお見えになられました」


 文官が告げると、中から宰相の「どうぞ」という声がした。扉が開くとすぐに三人の男性が目に入る。


 正面の執務机には国王――エーヴェルト・マルゼン陛下、傍らには小脇に書類を抱えた宰相(国務大臣)――ブルーノ・レオタール公爵と、礼装で腰に長剣を携えた王国近衛騎士団長――アンドレイ・バニング子爵が立っていた。


 すぐに来客用のソファーに三人の男性が座っているのに気づいた。

 白髪翁の財務大臣――ベルナント・カッセル公爵、いつもしかめっ面な軍務大臣――アクセル・ルサージュ侯爵、王城の女性たちに人気の王国魔法士団長――ロベール・ラングスト男爵である。

 ロベールは三十五歳と若いが、アクセルは五十二歳、ベルナントはなんと六十三歳……私の祖父と同世代である。

 侯爵が入室すると三人は一斉に立ち上がった。


「遠路はるばるご苦労であったな、ダスター」

「いえ、ご無沙汰しておりまして申し訳ありません。陛下」


 陛下の言葉に軽く頭を下げて応じた。


「此度は災難であったな」

「誠にもって」


 ブルーノ宰相の言葉を皮切りに、皆から挨拶を受ける。ベルナントとアクセルは年長者らしく「父上は息災か?」「少し痩せたか」と身を案じ、近衛騎士団長のアンドレイは「遠路はるばる――」と生真面目に応じた。ロベールは笑みを浮かべながら「――で、例の品は?」と私そっちのけだと言わんばかり。彼独特の気遣いに「ふん」と苦笑いで応えた。

 身分の違いはあるものの、互いに砕けた物言いができる人たち……いや、ロベールとはあまり付き合いがないが、まあ人当たりは悪くないのでよかろう。


 すると再びドアがノックされ、皆がご所望の品がやってきた。


「リュック・ベルマン騎士団長がお見えになられました」


 彼は王国騎士団全体の団長、王国軍の最高司令官という立場の伯爵。部下二名を伴って荷物を運んできた。

 皆の視線が荷に注がれる。陛下の眼前に置かれ、ベルマンが布を開くと、一同「おおー!」と感嘆の声が漏れた。そう……『ドラゴンの牙と鱗』のお目見えである。


「これがそうなのか!」

「ええ」

「鱗は意外と小さいのですね」

「足の鱗だそうだ」

「これが牙なのか……すごく大きいな!」

「左の……この辺の牙ではないかと……」


 左の頬の辺りをさわる。


「――詳しいな」

「実際に戦った者から話も聞きましたので……」


 その言葉に皆が「ほぉー!」と驚き、ロベールは「いいなー」と羨ましそうだ。


「侯爵からいただいた手紙に『冒険者二名と防衛隊の隊長が戦った』とあるが、その者たちか?」


 宰相が手紙を手に尋ねる。


「話を聞いたのはその冒険者の一人と冒険者ギルドの職員です。その職員が牙と鱗を提供してくれました」

「供するように命じたのか?」

「まさか! そのかわり町の復旧活動に尽力するように請われました」

「なるほど。この……『撃退の証拠を見た』というのはこの牙と鱗のことか?」

「――え、ええ」


 本当は例の魔道具――スマホの映像のことであり、思わず「いいえ」と言いかけて焦った。

 魔法士団長のロベールが「失礼……」と声をかけて鱗に手に取った。


「うーん……これはすごい。これほどのマナを保持している素材を見たことはありません。鱗も……この硬さでこの軽さ、ぜひ調べてみたいものです」


 ロベールは素材にうっとりしている。


「大きさは? 攻撃の種類は?」

「あー……この部屋より大きく、口からものすごい火を吐き、辺り一面白い煙が濛々と立ち込めておりました」


 身振り手振りを交えて語った。


「ダスター、まるで見ていたようだな」


 財務大臣が不思議そうにこちらを見据える。


「あ、いえ……ギルド職員がこのような話しぶりをしたもので……」


 実際は『録画の映像』とやらを見たから説明できるのだが、さすがにそれは言えないし、言ったところで理解もされない。

 内容を聞いた陛下の顔は次第に険しくなり、代弁するように軍務大臣が口を開いた。


「ダスター、その……ドラゴンがもし王都を襲ったらわが軍で撃退できるだろうか?」


 思わず「無理です」と言いかけた。


「……どうでしょうなー」

「しかし侯爵、たった三人でドラゴンを退けたのであろう?」

「そうですが……」


 頭の中ではずっとあのスマホで見た映像が思い出されていた。どう考えても絶対に無理だろう……と思ったそのとき、ふとある言葉を思いだした。


「魔法士団長」

「何です?」

「団長はその、『水の魔法』は使えるか?」

「もちろん」

「では、この部屋を数秒で水で満たせるか?」

「――は?」


 ロベールは一瞬、何を聞かれたのかわからずに目をパチクリさせた。


「え? 何ですって?」

「この部屋をたった二秒で水で満たすことが可能かと尋ねたのだが?」


 私の発言に皆が沈黙した。おそらく何を言っているのかわからないのだろう。


「二秒……」


 ロベールは国王の執務室を見渡しながら考える。

 この執務室は私の領都の館の執務室よりは少し狭い。瑞樹はこの部屋より広い室内を二秒で水を満たせると言っていた……。


「いや、そりゃ無理ですよ!」


 王国きっての魔法の実力者と謳われる魔法士団長のロベールが呆れるように笑う。


「――そうか」

「なんでそんなにガッカリするんです? そんなことできる魔法士はいないでしょ!」

「んー、変なことを聞いて申し訳ない。私もギルド職員から聞いた話でよくわからない部分があってな……」


 妙な質問に何か違和感を覚えたのか、ロベールは詳細を尋ねようと口を開きかける――が、宰相が本題に話を戻した。


「ところで侯爵、本当にこれを王国に提供してくれるのだな?」

「ギルド職員の言葉を借りるなら……『フランタ市の復興に尽力していただけるのなら』という条件付きですがね」

「もちろん約束しよう」


 宰相の言葉に陛下は頷き、二人とも安堵の表情を浮かべた。

 というのも、国としてこれを欲する理由ができてしまったからだ。



 先だって、ダイラント帝国が各国の外交官を招集してある物を披露した。なんとそれは『ドラゴンの肉片』だという。帝国国王は皆を前にして次のような弁舌をふるった――


 さる一月一日、ドラゴンが北東の一都市を襲った。当初は「襲撃はデマだ」と報じたが、それは都市を統治していた貴族が保身から嘘の情報を流していたと判明した。著しく国の信用を失墜させたとして、その貴族は処刑した。

 都市の被害は甚大であったものの、我が国の勇敢な兵士たちが果敢に戦い、多数の死者を出すも見事ドラゴンの撃退に成功したのだ。その証拠がこれ――『ドラゴンの肉片』である。

 これは決死隊を組んで戦った兵士たちの戦果であり、生き残った十五名の兵士たちには栄誉の勲章を授与した。


 ――といった内容の手紙が王都に届けられたのだ。


 エーヴェルト陛下はこの報告に対し、特に何もしなかった。わが国には関係ないことだし、外交的にすることがなかったからだ。

 しかし帝国はこの戦果を大々的に触れ回ったため、国内の貴族たちが『フランタ市の撃退は事実なのか?』と気にしだし、王城に問い合わせがくるようになった。

 各都市はドラゴン襲撃の噂の影響でかなり混乱していたこともあり、日に日に問い合わせが増えていった。そのため国として戦果の報告を迫られ、結果「ドラゴンの牙と鱗を提供してもらえないか」と打診してきたというわけである。


「これで帝国に張り合えますな」

「いやいやそれ以上ですよ! 向こうは愚にも付かない肉片、こちらは牙と鱗ですよ」

「ふん! こんなものなくったってわが軍は帝国には負けぬ!」

「いやいや大臣、ドラゴン相手ですよ」

「ぬ……ぬう」

「ロベール、お主の魔法ならドラゴンぐらい蹴散らせるのではないか?」

「いやあ、実際に対面してみないことにはわかりませんねー」


 皆、この戦利品を目にして話が弾む。

 ここにいる面々は王の信頼が厚い重臣たちで、明日の謁見の内情を知らせておくために呼ばれていた。


 彼らは皆、ドラゴンを目にしたことがない。なので脅威のほどがわからないのだ。

 ダイラント帝国も兵士たちで撃退し、フランタ市でもたった三人で撃退したと聞かされたのだ。それなら国の兵士で十分撃退できると踏んだのだろう。

 私とてスマホの映像を観ていなければ、彼らと同じく「ドラゴンなんぞ……」と軽視していたかもしれない。


「いや~しかしこの牙はすごい! 早く調べてみたいものだな~……」


 もっともロベール魔法士団長は牙と鱗が見たかっただけのような気がする。


「侯爵、明日はよろしく頼む」

「……はい」


 宰相の言葉に言葉少なに応え、釈然としない気持ちを抱えながら皆の様子を眺めていた。


 彼、御手洗瑞樹が言っていた通りになったな……「国は見栄を張るためにドラゴンの牙と鱗が必要になる」と。


 ダイラント帝国の部隊がティアラ冒険者ギルドに潜入した件を、カートン隊長が報告しに来たときはとても驚いた。

 穏便に事を済ませたいという彼の案を採用し、ドラゴンの肉片を供したことは仕方ないと思う。しかしその結果、こうなるだろうとの忠告を受けていた。

 彼からは「これに乗じて金をもらうべし」と資金援助の上乗せを要求していて、そこは苦笑せざるを得なかったが……。

 たしかに国の威信を示すことは必要なことだとは思うし協力もしよう。


 ――だが少々面白くない。


 御手洗瑞樹は他国の人間である。その彼が命を懸けてフランタ市を守り、人々を救ったのだ。

 フランタ市防衛隊のカートン隊長の話によれば、事後の消火活動、市民や隊員の治療活動なども彼が尽力したという。

 そもそも、戦利品たるドラゴンの牙と鱗は彼のものだ。それを市の復興のためと無償で供与してくれたというのに……。


 彼には何もなしでよいのか?


 カートン隊長曰く、彼は評されることを嫌っているらしい。ドラゴン撃退の功は隊長と冒険者のアッシュに譲っている。もう一人はとあるパーティーの魔法士だということになっていて、彼の匂いはどこにもしない。

 よほどの事情があるのだろう。

 まあなんとなくは察する……おそらく魔法が使えることを知られては困るということだろう。

 にしてもこれほどの戦功、普通の人間なら誇るというもの。それを平然と放棄している。彼はものの考え方がまるで違う。価値観が違う。見栄や自尊心などに重きを置いていない。


 私も彼に出会うまでは皆と同じように喜んでいたことだろう。国の威信を喜び、領主の地位を誇り、貴族として威張り、庶民を見下して話も聞かなかった。いかに自分がつまらない考えを持っていたのだと思い知らされるな……。


「――侯爵? 何か懸念でも?」


 宰相の言葉に皆の目が向く。


「どうしたダスター」

「――いえ、別に」


 少し苦々しく思っていたことが顔に出てたか?

 すると陛下は皆に「ご苦労だった。明日はよろしく頼む」と解散を告げると、私に残るように告げた。


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― 新着の感想 ―
瑞樹レベルの魔法となると何人がかりなら対抗出来るものかねえ
そーいや市長は真っ先に逃げ出して死んでたっけ。 結婚したり割と平和な話が続いてたが、市はまだ混乱の只中なんだな。
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