192話 王都マルネリア、エステルミール城の謁見の間にて
四月中旬。
柔らかな日差しがマルゼン王国全土に降り注ぎ、寒い時季は終わりとばかりに木々もみずみずしい新緑の葉を見せつける。
人々もまた温かさが増すにつれ、日々の営みも活況を呈し、商いのにぎやかな声が町に響き渡る。
その声が一番大きいのが王都マルネリアである。
ちょうど王国の中心に位置し、現在国を構成する四領すべてと接している。人や物の流通が盛んなこともあり、王都付近の街道は石畳で整備されていて、多くの馬車が行き来する。
その街道をここ数日、多くの高貴な馬車が急ぐように走り抜け、貴族たちが王都にやってきた。
王城――エステルミール城へ登城するためである。
王都中心付近の少し小高い丘にあるその城は、立派な白亜の城としてそびえ立ち、日が昇れば一番最初に日を浴びて人々に朝を告げる。
とはいえ王城に住む住人たち――使用人や侍従、衛兵や料理人などは、日が昇る前から働き始めるのだが、この日は別格に忙しく、バタバタと通路を行きかう人の足音で騒々しい。
なんせ本日は、王国中の主立った貴族たちが参集するためだ。その理由――
『ドラゴンの牙と鱗が王城にやってくる』
というイベント通知を受けたからである。
もちろん鑑賞会ではない。
フランタン領領主、ダスター・コーネリアス侯爵が国王陛下に件の品を献上するという知らせを受け、それに参集するように命じられたからだ。各領の領主である公爵、侯爵はもとより、都市運営や防衛にあたっている子爵や男爵などもにも声がかかった。
続々と到着する貴族たちの出迎えに文官たちは大忙し。氏名を確認しながら次々と応接間へ、それから謁見の間へと案内する。遠方からの上京という理由で王城に前泊した貴族たちにも、文官がお付きの従者に準備を急かす。
さらに今回の催しには、ダイラント帝国、シシリア教国の外交官も列席を賜っている。文官たちを仕切る長たちは、さぞかし胃に穴が空く思いだろう。
そして午前10時、謁見の間に貴族たちが参集した。
玉座の横の入口から、衛兵がカチャカチャと軽鎧の音をさせながら駆けてきて配置についた。
雑談に興じていた貴族たちは口を閉じて姿勢を正す。
進行役と書記の文官が入室し、配置につくと衛兵の一人が手を挙げて、準備完了の合図を出した。
「エーヴェルト国王陛下、並びにユリウス王子の入場です」
臣下たる貴族たちは正面を向き、恭しく首を垂れる。颯爽とした足取りで国王と第一王子が入室すると、両国の外交官も頭を下げた。
歩みを止めずそのまま進み、皆を一望すると玉座へ座り、第一王子は隣の席に座った。
玉座に座る国王――エーヴェルト・マルゼン。王としては比較的若い四十五歳。
凛とした貫禄のある佇まいに、スラッとしつつも華奢ではない体躯が魅力的。モップヘアとブーメラン眉が特徴、最近小じわが目立ち始めたことで年齢を感じている。
王にしては珍しく威張り散らすことのない性格で、人の話や苦言も聞き入れる寛大さを持ち合わせている。
その隣に座る第一王子――ユリウス・マルゼン。二十五歳。
端正な顔立ち、健康的で颯爽とした体形、ライオンヘアが目を引く青年。髪のくせ毛は父親似、目鼻立ちは母親似、性格は祖父似と評されている。
王位継承第一位であるが、そのことを鼻にかけてわがまま放題に育ち、子供っぽい面がいまだ抜けていない感がある。その結果、あちこちで度々問題を起こすので、父である王も後始末に頭を悩ませている。
なお十八歳の第二王子は学校に行っているため欠席である。
「皆、楽にしてくれ」
その言葉を合図に皆、頭を上げた。
国王は進行役の文官にコクリと頷くと、文官は正面扉の衛兵に向けて手を挙げた。
「フランタン領領主、ダスター・コーネリアス侯爵殿」
ギィーっという音が響き、正面扉が開いた。
胸を張って力強く歩む侯爵、その後ろを二人の衛兵に守られた台車が押されている。
「陛下に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「ご苦労である」
立位で頭を下げ、形式的な挨拶を済むと、進行役が説明を始めた。
二月後半にフランタ市をドラゴンが襲撃。甚大な被害を出すも、フランタ市防衛隊、並びに冒険者有志が戦い、見事ドラゴンを撃退するに至る。
その際、ドラゴンの体の一部を戦利品として得た。
話が終わると、台車にかかっている布を衛兵が取り払った。
すると、長さ七十センチの『ドラゴンの牙』と、大きさ四十センチの『ドラゴンの鱗』がお目見えした。
「おおー!!」
一同、思わず感嘆の声を上げる。
異様な大きさと迫力に前列の貴族は気圧され、後列の貴族は背伸びして一目見ようと努力した。ダイラント帝国、シシリア教国の両外交官も思わず息をのんだ。
その圧倒的な存在感に好奇の目が注がれる……と同時に皆の頭に懸念がよぎった。
――ドラゴン襲撃の噂は本当だった!
一都市を丸々焼き払う魔獣……それがもし自分たちの都市にやってきたら? いったいどんな被害になるのだろう。いや、そもそもこんな魔獣をどうやって退けたというのだ?
参集した貴族たちは、凛として立つコーネリアス侯爵に目を向けた。
ところがこの中で一人だけ、目を爛々と輝かせてドラゴンの牙から目を離さない人物がいた――ユリウス王子である。
彼は幼少の頃に聞かされた冒険譚に憧れており、魔獣の頂点に君臨するドラゴンの実物を目にして興奮していた。
国王が席を立って戦利品のそばへ向かう。すると慌てて王子も続いた。国王は牙をじっと見据えると、「触ってよいか?」と侯爵に尋ねた。
侯爵が小さく頷くと、恐る恐る手を伸ばした。触ったそのザラザラとした手触りに、これがドラゴンか……と畏怖するような表情を見せる。貴族たちもその様子を固唾をのんで見守っていた。
そのとき突然、王子がガッと乱暴に鱗を掴んで持ち上げた。まるで子供が欲しかったおもちゃを手にいれたような手つきである。その様に国王は苦言を呈すと、たしなめられた王子は反省する様子もなく、「なんで?」という顔で国王を見た。
「ダスターよ、これはどのようにして得られたのだ?」
陛下の問いに、侯爵はティアラ冒険者ギルドの職員――御手洗瑞樹から聞いた戦闘の様子を説明した。
「――つまりドラゴンの喉元に剣を突き刺し、もがき苦しむドラゴンが頭を打ちつけたときのものなのだな?」
「はい」
その話に国王は満足気な笑みを浮かべ、貴族たちも「ほぉー」とその戦いぶりに感心していた。しかしその中でただ一人、ユリウス王子が鼻で「ふん」と小馬鹿にした態度をとった。
国王が席に戻ると、王子も仕方なさそうに鱗を置いて席に戻った。
最後に進行役が「この戦利品を国王に献上すると、侯爵からの申し出があった」ということを伝えると、侯爵は首を垂れた。
「侯爵に感謝する」
「勿体なきお言葉に」
彼の行為に貴族たちは拍手して褒めたたえた。
進行役が王の退出を宣言し、全員が頭を下げると、王と王子が謁見の間をあとにした。ここでやっと貴族たちが戦利品のそばへ寄り、間近で牙と鱗をたしかめた。侯爵はひとしきり質問の雨あられを食らい、被害を受けたことへの同情の言葉をかけられた。
そしてようやく催しは終わった。『侯爵がドラゴンの牙と鱗を献上する』――という茶番がである。