191話 水あめを使ったお菓子
数日後のお昼時。
店内が閑散としてきたのを見計らってそっと席を立ち、炊事場へ向かう。人目につかないよう、扉付きの棚に隠しておいた料理を取り出した。
「瑞樹さん、それはなんですか?」
「わっ!!」
炊事場の入り口からリリーさんの声がかかり、びっくりして振り返る。
「あ、えと……例のお菓子をみんなに試食してもらおうかなと」
「手伝いますよ」
「ん、ありがとう」
お盆ぐらいの木の皿に並べた、布を畳んだような手のひらサイズの白っぽい食べ物である。
職場の席に戻り、皆を呼んで説明する。
「うちの国にあるお菓子を模して作ったんですが……」
「何それ?」
「ん~とそうですね、『あんこ入りクレープもどき』とでも言いますかね」
「あんこ……」
「クレープ?」
前日の夜に作って『保存の魔法』をかけておいたお菓子である。形は八分の一の扇状、少し焦げ目がついた白い生地、その中に赤茶色のあんこが入っている。
クレープ生地は片栗粉のみ。水で溶いてフライパンで薄く焼いただけ。なので味もそっけもない。ま、あんこの味をみてもらいたいだけなので問題はない。
作り方はスマホに入っている料理本を参考に多少アレンジ。砂糖の代わりに麦芽糖を使用したぐらい。なので甘さ控えめのあんこになった。
「みんなに食べてもらって感想が聞きたいなーと思いまして……」
「材料は何?」
「ジャガイモと大麦と小豆です」
「ふ~ん」
ガランドが一つ手に取り口にする。
「ん!? あっま!?」
彼の驚く顔を見て、してやったりとニンマリ顔になる。材料に甘い要素はまったくないからな。
「え? 蜂蜜入れたのか?」
「いんや」
リリーさんとキャロルも、ガランドの反応にほくそ笑んでいる。
この数日間、業務終了後に水あめ作成の作業工程の磨き上げをしたのだが、二人はその手伝いをしてくれた。その結果、水あめがたくさんできたので、小豆を使ってあんこを作ることにしたのだ。
ガランドの反応に、ロックマンとレスリーもクレープもどきを頬張る。
「ふーむ……豆の煮物は知っているが、甘いのは初めてだな」
「なんで甘いの? 果物か何か入れたの?」
「入れてないよ」
二人も不思議な様子で口にしている。
「リリーとキャロルは知っているの?」
笑みを浮かべる二人にラーナさんが尋ねた。
「この食べ物は知らないですが、甘い理由は知ってます、でもなんで甘くなるのかはわかりません」
「ん?」
彼女の眉がへの字につり上がる。そりゃあ『知っているけどわからない』と言われたら混乱するよな。
「たしか……『水あめ』であんこを作るって言ってましたもんね~、瑞樹さん」
「「「水あめ?」」」
キャロルがネタバレするも、誰も知らないみたい。水あめという単語はあるのだろうか。
生地の正体はジャガイモから作った片栗粉、水あめとは片栗粉と大麦から作った甘味料……と説明する。
「瑞樹、これも魔法……か?」
「いやいや。普通の料理だよ。覚えれば誰でも作れる」
「へえ~」
まあ時間短縮に魔法は使ったのだが、そこは黙っておいた。
「――で、味はどんなです?」
皆、口々に「おいしい」と言ってくれた。お世辞でも好評な言葉にホッと胸を撫でおろす。
「ちなみにこんな感じの味の料理、どっかで食べたことあるとかないです?」
「いやー……」
互いに顔を見合わせるが、みんな首を横に振った。
「そうですか。甘さはどうです? 薄くないです?」
「薄い?」
「ええ。本来はもっと甘いんですが、これだとこの国の人には物足りないかなーと……」
「うーん……」
俺がこの国で食べた甘いものは、とにかく砂糖をそのまま食っているぐらいの甘さなのだ。以前、ファーモス会長に招待された食事会のときに出されたデザートも、相当に甘かった。
「まあ……こういうお菓子だと思えば気にはならないかなー」
「私はもう少し甘いほうがいいわね」
「ふむ……」
まあ生地が片栗粉だけだしな。ちゃんと小麦粉と卵と、牛乳……は無理かもしれんが、それでクレープ生地を作れば違ってくる気もするな。
「ありがとうございます。全然ダメというわけじゃなくてホッとしました」
「にしてもジャガイモと大麦から甘いものが作れるんだな」
「ふふ」
そこへちょうど奥の買取部に行っていた主任が戻ってきた。
「どうしたんです?」
「あ、主任!」
俺が作ったお菓子のことを話し、主任にも食べてもらって感想をいただく。
「んー、甘い豆ですか。おいしいですね」
「主任はこういったお菓子を食べたことはないですか?」
「そうですねー……」
主任は思い出すような素振りで少し考えこむ。
「豆を煮込んだ甘い飲み物なら飲んだことがあります」
「ほぉ、飲み物ですか」
「ええ。白い液体で風味も独特だったので憶えています。私はちょっと苦手でした」
「へえ~」
何だろ……白い液体つったら牛乳ぐらいしか思い浮かばないが、牛乳が苦手ってことかな。
あ、いやでも豆を煮込んだつってるもんな。牛乳とは限らんか……豆乳も有り得るし。
「いやまあお口に合ってよかったです」
この国の人の味覚と、日本人の俺の味覚には差異がある。自分では美味しいと思っても、他の人もそうとはかぎらない。いずれ彼女三人と一緒に生活したいことを考えると、味覚に関する情報を得ることは重要なのだ。
ともあれ、クレープもどきの評価はまずまずでよかった。
「まるちりんがる魔法使い」第2巻 2025年1月20日 発売!
予約を開始してます。ぜひご購入のほどよろしくお願いいたします。
※販売リンクは下にあります。