190話 四人での食事会
時刻は16時。
夕食には少し早い時間だけれど、俺の彼女三人そろい踏み……というこの機会を逃す手はない。
片付けをしながらそれとなくお伺いを立てる。
「せっかく四人いるので、このあと食事にでも行きません?」
「いいですね」
「賛成~!!」
リリーさんとキャロルは明るく賛同してくれた。残るティナメリルさんは――
「……んー私はいいわ。三人で楽しんでらっしゃい」
「えっ!?」
ガーン!! 思わぬ拒否に表情が固まる。
彼女はどことなく申し訳なさそう。んーなんだろ、疲れたから休みたい……という感じじゃなさそうだけれども。
「――それは食欲がないってことですか? それとも人混みが嫌ってことですか?」
「……どうかしら。よくわからないわ」
うーむ、わからないときたか!
俺はこの答えを理解できる彼氏にならないといけないのか。きびしい……きびしいなあ。
無理強いするのはよくない……かといってこの機会を逃すのも嫌だなー。
「……この辺の食堂は冒険者も多いですし、うるさいですからねー」
「あーたしかに。それに酔っぱらいもいるんで、絡まれやすいですもん」
リリーさんとキャロルがこの界隈の食堂事情を説明してくれた。
今の話にティナメリルさんは黙ったまま……しかし的を射ているのではないだろうか。
口にはしないがそういったことを避けたいという思いがあるのだろう。そのことが自分ではわからないということか。
うーむ、せっかく四人そろっているのにここでティナメリルさんだけ外れるのは、彼氏として大失格である。
「それじゃあここで食事を……いや、副ギルド長室で会食ってのはダメですか?」
彼女は俺をじっと見つめて思案している。即答で「ダメ」と言わないということは目があるのかな?
「――酒! 酒買ってきます。いい酒用意しますんでどうですか?」
捨てられた子犬が拾ってくれと懇願するような目でお願いすると、彼女は珍しく表情を緩めて苦笑い。
「あなた、酒って言えばなんでも通ると思っているの?」
ちょっと厳しく呆れた口調で言い返される。
へそを曲げられても困るし、ここは素直に懇願しよう。
「いえ、俺と彼女が四人そろっているのに仲間外れはできませんよ。あと単純にまだ一緒にいたいです!」
「瑞樹さん、すごく必死ですね」
リリーさんの言葉に即座に振り向く。
「俺はいっつも必死だからね! リリーさんにもキャロルにも」
再びティナメリルさんに向き直ると、少し真面目な口調で語る。
「いずれその……四人で住む家でも買いたいなーと思ってて、今日のこの実験もそのための足掛かりというか、資金作りの一環なんです」
三人は黙って聞いている。
「俺、三人のためなら何でもするし、なるべく四人で過ごせる時間を増やしたいんです」
俺の言葉にティナメリルさんも屈したようで、微笑みながら小さく頷いた。
「……わかったわ。一緒に食事をしましょう」
「ぃよっしゃああ!」
思わず小さくガッツポーズ!
リリーさんとキャロルは互いを見合い、ふふっと吹き出すように笑った。
ティナメリルさんには先に副ギルド長室に戻ってもらい、俺たち三人で食事を用意することにした。
「出前はないんですよね?」
「デ……マエ?」
「食事を運んでもらうサービスのことです」
「そういうのはないですね」
そうなると料理しないといけないのか。しかしそれだと時間がかかってしまうなー。
「ではお店に料理を頼んで、それをお持ち帰りするのは?」
「それはできますね。うちに泊まるお客さんが頼むことがあります」
なるほど。出前はないけどテイクアウトはあるようだ。
「それじゃあ二人は近くの食堂で簡単な料理を頼んでもらえますか? 私はお酒を買いに行きますので」
そう言ってウェストポーチから財布を取り出し、小銀貨を数枚渡す。
「これで足りますかね?」
「瑞樹さん、私たちも出しますよ」
「いやいやいやいや。自分の彼女の食事代は俺が出します。今後もそうしますので」
自分の彼氏の見栄張りに、二人は柔らかい笑みを見せた。
小一時間後。
副ギルド長室のテーブルの上に、俺たち三人で食事の準備をする。四品の料理と取り皿やコップなどのカトラリー四人分を並べるとテーブルの上はいっぱいになった。
ティナメリルさんは自分の席からその様子をじぃっと眺めている。いつもと違う光景になにか思うところがあるのかな。
「ティナメリルさん、こちらに」
すると彼女はすっくと立ち上がり、なんとなくご機嫌な感じでこちらにやってきた。やっぱり楽しみだったんじゃないの?
いつものスンとした態度とは違う様に、俺は無性に嬉しさが込み上げてきた。
俺と並んでキャロルが座り、対面にティナメリルさんとリリーさんが座る。
ふと、今後は席ってローテとかしたほうがいいのかな……と細かいことが浮かぶも、さすがに気にし過ぎだなと頭から追い払った。
それぞれのコップにお酒を注いで、
「それじゃあ、乾杯」
「「「乾杯」」」
お酒が苦手な俺は、軽く口を潤す程度で済ます。
ティナメリルさんに目をやると、上品に口をつけたまま少し首を後ろに反らし、コップを傾けると流し込むように一気に飲み干した。
ゴクゴクと喉を鳴らすこともなく、飲み終えたあとプハーと息を吐くこともない。
「……ティナメリルさん、味わって飲んでます?」
「もちろんよ」
呆れる口調で尋ねるも、これが普通よとばかりの返事。そのやり取りをリリーさんとキャロルは面白がった。
さっそく二人が適当に料理を取り分ける。
「瑞樹さん、どうぞ」
「すみません」
前回のデートのときはティナメリルさんに質問が集中したが、今回は俺になった。
普段は何をしているのか……日本では何をしていたのか……などを聞かれた。文化の違いもあるので難しいことは避けて、学校での出来事や遊びについていろいろ話す。
二人は絶えず驚きの相槌を打ち、ティナメリルさんも話に興味を示して表情は柔らかかった。
食事に舌鼓をうちながら、楽しいひとときを俺たち四人はとても和やかに過ごした。
「ティナメリルさん、今日は参加していただいてありがとうございます」
「とても楽しかったわ。またぜひ呼んでちょうだい」
「その言葉が聞けて嬉しいです」
満足気な笑みを浮かべると、彼女もにっこり微笑んだ。
「二人も今日はありがとね。おかげで楽しかったよ」
炊事場で洗い物をしながらお礼を述べる。
一人で水あめづくりをする予定だったのが、終わってみれば彼女と四人楽しい食事会になっていた。感謝の言葉を述べずにはいられない。
「いえ、私たちも楽しかったですし……ね、キャロル」
「うん。瑞樹さんのすることはすごく面白いです」
「そう? じゃあまた何かするときは声かけるよ」
「「はい」」
二人の明るい笑顔と声に、嬉しくて身震いがした。
こんな素敵な彼女が二人……いや三人もできて俺は果報者だな、と二人を見てにやけた。