189話 魔法で調理
それでは炊事場での作業に移ろう。まずは竈に火を入れておいてっと。
さてどれから手をつけようか……。
「そうだなー、まずはジャガイモをすりおろしましょうか」
「はい」
木製の深皿に水を張り、ジャガイモの芽を取ってからそのまますりおろす。
「皮はむかなくていいんですか?」
「うん」
「わかりました」
俺、リリーさん、キャロルの三人でそれぞれ数個すりおろす。
水を張るのはジャガイモが酸化(メイラード反応の一種)して赤くなるのを防止するため。別に害はないけれど、色がつくのはよろしくない。
ここで一度『脱水の魔法』で水を除去する。
《詠唱、脱水発射》
するとバフっという軽めな音がして、ジャガイモの粉末ができた。
「わっ!」「ん!?」
水が一瞬で消えたことに、キャロルとリリーさんから驚きの声が上がった。
「ふふ~ん」
二人の困惑気味の表情を横目に見ながら作業を続ける。ティナメリルさんは反応がないなー。
これに再度、水を少なめに足してドロドロの液体にする。なお、脱水したのは水を減らしたかったためで、魔法を使わない場合は片栗粉が沈殿するまで放置して上澄みの水を捨てる。
次に、大麦の種籾をたらいに薄く入れて、浸る程度に水を入れる。
「こんなもんかなー……」
これに『生育の魔法』をかける。
《そのものの成長を促せ》
すると見る見るうちに発芽し、種籾からもやしみたいな白い芽と根が出た。これが『麦芽』である。ビールを作る原料として有名だが、今回作るのはビールではない。
「よし、うまくいった!」
俺の言葉に三人が覗きに来る。
「瑞樹さん、これは?」
「んーと、浸麦といって、種籾を発芽させる工程です」
「へえー」
「普通は四~五日かかるんだけど、さっきの育てる魔法でチョチョイとね」
土を使わない水だけの生育に、ティナメリルさんも珍しそうな顔つきをしている。水耕栽培なんて知らないだろうしなー。
さてこっからが手探り。いくつかのパターンで試してみよう。
麦芽を半分にわけて、それぞれ桶に入れる。一つはそのまま、もう一つは乾燥させてすりこぎで粉にする。
なお、乾燥させる工程のことを『焙燥」という。ビール工場だと熱風で乾燥させて、その温度や時間を調節していろいろな味わいのビールを作るらしい。
《詠唱、脱水発射》
途端、ビシビシッという音とともに、みずみずしかった麦芽があっというまに干からびた状態になった。
「じゃあこれを粉にしてもらえますか?」
リリーさんとキャロルに乾燥した麦芽の入った桶を渡すと首を傾げた。
「あれ? いま採ったばかりですよね。これ干からびてません?」
「はい。乾燥させました」
「……は?」
ポカンとする二人。
そりゃそうだ。さっきから水は消えるわ、採ったばかりに麦芽は干からびてるわと、不可思議な出来事のオンパレードだもんな。
さすがにネタ晴らししないと気味悪がられるな……。
「水分を除去する『脱水の魔法』を使ってるんです。それで乾燥させました」
「…………」
するとキャロルがある出来事を思い出した。
「あー! ドライフルーツはこれで作ったんだ!」
「ふふーん、正解!」
ティナメリルさんは、俺たちのやり取りを眺めてニヤニヤしている。
「なんです?」
「いえ、見ていて楽しいわ」
それはなによりです。
それではいよいよ最終工程。
手鍋を二つ用意して、ジャガイモから作ったドロドロの液体を半分に分ける。
まず一つを竈にかけて熱する。
温度計がないので指で確認するしかないのだが、まあこれは『指を一秒ほど入れられる熱さ』に調整する。それが約六十度。
「――熱っつ! よし!」
竈から下ろし、『生の麦芽』を投入。適量がまったくわからないが、とりあえずジャガイモの半分ぐらいを入れてみよう。これを混ぜ混ぜしたのち、『生育の魔法』を唱える。
《そのものの成長を促せ》
「たぶんこっちはうまくいくと思うんだがなー」
三人が俺の作業をじっと見つめる中、おでこを鍋に向けた姿勢でじっと待つ。
十数秒後……鍋を少し揺すってみる。
するとどうだ、ドロドロだった液体がシャバシャバの状態になっているのが確認できた。
「お?」
指を入れて舐めてみる……うふ、思わずにんまり。
「リリーさん、そこの布袋を取ってもらえますか?」
「はい」
彼女に布袋を広げてもらい、下にたらいを置いて鍋の液体を布袋で濾す。たらいの縁を使って汁が出なくなるまでギュッと絞る。
そして出来上がった液体の水分を除去。
《詠唱、脱水発射》
瞬間、たらいの水が白い粉末に早変わり。たらいを傾けてトントンと叩いて集め、三人を手でチョイチョイと呼んだ。
「舐めてみて」
彼女たちは互いを見合うと、指につけて舐めた。
「んん!?」
「甘~い!!」
「!!」
リリーさんとキャロルはびっくりして目を見開き、ティナメリルさんも驚いて眉がくいっと上がった。
「なんで~?」
「瑞樹さん、これは?」
「これは『麦芽糖』と言います。砂糖ほどは甘くないですがね」
たしか甘さは砂糖の三分の一ぐらいだったかな。それでも十分甘い。
たらいの粉をコップに移して水を少量加えると、無色透明なドロドロの液体になった。
「これが『水あめ』です。みなさん知ってます?」
リリーさんとキャロルは「知らない」と首を振り、ティナメリルさんは少し考え込むも、やはり小さく首を振った。
「ふーん……で、普通は粉ではなく、この状態まで煮詰めたら完成です」
スプーンを渡して、無色透明の液体を舐めてもらった。
「ん~おいし~!!」
「瑞樹さん、これも魔法ですか?」
「いえいえ。作る工程を魔法で時間短縮しましたが、本来は魔法を使わずに作る代物です」
「へえ~」
通常は『温度六十度で八時間ぐらい』維持する必要がある。それをたった十数秒で済ませたのだ。チートにもほどがある。
さて、もう一つの手鍋――乾燥麦芽のほうでも水あめが作れるかやってみる。
同様に加熱し、指で約六十度ぐらいを確認したら、比率で半分ぐらいの乾燥麦芽を混ぜ入れる。
そして『生育の魔法』をかけて状態変化をみた――するとこちらもシャバシャバの液体になるのが確認できた。
「よっしゃ!!」
こちらも布袋で濾し、乾燥と加水の工程を経ると『水あめ』の完成だ。
三人に水あめを渡して味わってもらいながら、今回の実験の考えをまとめる。
『生育の魔法は、植物の成長だけでなく酵素作用にも効く』
麦芽糖の生成は『デンプンの糖化』という化学反応を利用したもの。これは植物の成長ではない。なので魔法は効かないかも……と不安視していた。
しかし「デンプンも一応植物由来だし、糖化も生物の体内で起こるしなー」と、おそらくうまくいくんじゃないかなと考えての実験だった。
まず『生の麦芽』のほう、こちらは「植物の成長という要素を残しておけば魔法は効くだろう」と思っていた。それに乾燥させる手間がなければ製造期間を短縮できる。
とはいえ『乾燥麦芽』のほうが大量生産には向いている。麦芽を天日干しして乾かす期間は必要だけど、こちらは保存ができるので大量に作り置きが可能だからだ。
「瑞樹さん、この大根はどうするんです?」
「あー、じゃあこれでもやってみましょうか」
まだ時間は余裕あるので、大根でも水あめを作ってみることにしよう。
こちらは簡単で、大根をすりおろし、それを麦芽の代わりに投入するだけ。さっきと同様に『生育の魔法』で糖化の時間短縮。
そして数分後、ジャガイモと大根から作った水あめが完成。さっそく舐めてもらう。
「ん~これもおいしい!」
「そうね」
「んーでも少し大根の風味が残ってるなー。ティナメリルさんはどうです?」
「そうね……悪くないんじゃない?」
さすがに雑味が残った水あめになるか。本来は煮詰めながらアク取りする必要があるし。
とはいえ麦芽糖など味わったことのない三人には十分満足できる味のようだ。
「ところで米と赤い豆はどうするんです?」
「あーこれは流れで買っちゃったわけですが、米はまあ普通に食べますかね。『ポン菓子』が作れたら面白いんだけどね……」
「ポン菓子?」
「米を爆発させて作る甘いお菓子です」
「はい!?」
唐突にでた物騒な単語に、リリーさんは驚きの声を上げた。
「いやまあ、ちょっと説明が難しいのでまた今度ね」
「…………はい」
「赤い豆はたぶん小豆なので、水あめで甘く煮て『あんこ』でも作れるかなと。まあ今日は無理ですがね」
「瑞樹さんってホントにいろいろ知っているんですね~」
キャロルは嬉しそうに笑いながら、水あめに舌鼓をうっていた。
「で……瑞樹、これをどうするの?」
ティナメリルさんが水あめを眺めて尋ねた。
「そうですねー、今日の作業は『魔法が料理に応用できないかな?』というのを確認するのが目的だったんですが、水あめがこの国にないようなら生産の話を持ちかけてもいいかもですね」
水あめを小さな壺に移しながら話をする。
「とりあえずカルミスさんに手紙で聞いてみますか」
「瑞樹さんが自分で作るんじゃないんですか~?」
「いやいや、作るのは誰かにやってもらわないと」
「でも魔法が必要なんでしょ?」
「いらないよ。とはいえ魔法を使わない作業手順の確認は必要かなー」
二人の質問に苦笑いしながら答えた。
「今日は麦芽糖――水あめが作れることがわかったことで大成功です」
「そうなんですね」
「三人に手伝ってもらってすごく助かりました。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、リリーさんとキャロルは俺の手伝いができたことが嬉しそうで、互いに見合うとふふっと笑った。
ティナメリルさんも、四人でわいわいしたのが楽しかったのか、少し口の端を上げて満足げに微笑んだ。
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というのは人生において、ある意味夢ではないでしょうか。それが叶った一年でした。
まさかそれがラノベだとは思いもよりませんでしたけどもね、ハハハ。
これからも頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いします。