188話 魔法で栽培促進
ギルドに戻るとお昼少し前。
誰もいない店内は、木窓を閉めて布を降ろしている窓の隙間からこぼれ入る陽の光だけで薄暗い。
魔道具のランタンを机に持ってきて点けると、自分たちの周囲だけ明るくなった。
帰りにテイクアウトの焼き飯を買っておいたので先に食事にしよう。
自分の席に座ると、リリーさんはロックマンの椅子を持ってきて横に座り、キャロルはガランドの椅子に座った。
焼き飯は大きな葉っぱに包んで紐でくくってある。紐を切って開くと、ふわっと香ばしい匂いが鼻を突いた。
「いただきます」
誰もいない少し薄暗い店内で食べる焼き飯は、ちょっぴり背徳感を覚える。
「何だか悪いことしてるみたいですね」
「そうですね、ふふ」
「んぐ……んぐ……」
キャロルは口に頬張りながらコクコクと頷く。その仕草がかわいくて、リリーさんと二人でにんまりした。
腹ごしらえも済んだことだし、いよいよ始めますか。
「まず何をするんです?」
「んー、畑仕事ですね」
「えっ!?」
二人は驚いた顔を見せた。まあ当然の反応だな。
「その服だと汚れちゃいますから、俺だけちゃちゃっと行って作業済ませてきます」
二人の可愛い姿を目にしながら待ってもらうように告げる。すると意外な答えが返ってきた。
「キャロル、私たちも制服に着替えますか」
「そうですね」
「えっ? でも……」
今度は俺が驚いた。せっかくの素敵な私服なのに、わざわざ制服に着替えさせるのは申し訳ない。
慌てて断ろうとするも、二人は気にする様子はなかった。
「もう瑞樹さんに褒めてもらいましたもん。ねーリリーさん!」
「ええ」
二人は十分満足、という表情を見せて更衣室へ向かった。
うーむ……笑顔でああは言っていたけど、なんか手伝わせる感じになっちゃったな。
お詫びというわけではないが、ちゃんとうまく“いいもん”ができればいいのだが……。
「お待たせしました」
「はい。じゃあ行きましょう」
別棟横にある花壇に向かう。本館の裏から出て、別棟の玄関前を通り過ぎるとき――
「あっ! ティナメリルさんにも声かけてきます」
「んぇ?」
キャロルの思いがけない提案に変な声が出た。
「だって~、私たちだけだと仲間外れじゃないですか?」
「たしかに」
リリーさんが相槌を打つと、俺が何か言う間もなく、ささっと向かってしまった。
「……ティナメリルさん、来るかなー」
「来ますよ」
確信があるように告げるリリーさん。
なんとなく「私はいいわ」と言って来なさそうな気がするけどなあ……。
しかし、そんな俺の不安を見事に裏切って、キャロルがティナメリルさんを連れてやってきた。
「連れてきました~」
「瑞樹」
「あ、はい。ありがとうございます」
いつもの服に白のカーディガンを羽織っているティナメリルさんに思わずお礼を述べてしまう。
「キャロル……なんて言って連れ出してきたの?」
「えっ? 『瑞樹さんが“いいもん”作るので見に来ませんか』って誘いましたけど……」
「それでなんて?」
「んー別に……『わかりました』って来ましたけど?」
俺はじっとキャロルを見つめた。
え、そんなあっさり? ティナメリルさんの表情は少し明るい気がする。
なんだろう……コミュ力の差かな? それともティナメリルさんを外へ連れ出す難易度が下がっているか?
先日の防衛隊本部へのお出かけが功を奏したのかもしれないな。
とにもかくにも、初デート以来の彼女三人そろい踏みとなった。
さてと花壇に到着。
三人には花壇の横で見ていてもらおう。
始めに、何も植わっていない土に軽く散水。
《詠唱、放水拡散発射》
おでこから『水の魔法』を発せられているのを目の当たりにした三人。
「ええぇぇぇえ!!」「ひゃぁぁああ!!」
リリーさんとキャロルは目を丸くして驚いた。
今までもお風呂に水を入れたり、炊事場でバケツに水を入れたりしている。なので魔法のことは知っている。
しかしいつもバレないように作業をしていた。なので実際におでこから水が出ているのを見るのは初めてだ。
ティナメリルさんはというと、やはりおでこ魔法はツボのようで、面白そうな笑みを浮かべている。
「ティナメリルさんは、瑞樹さんの魔法のことは知っているんですか?」
「おでこのこと?」
「それもですけど、水をこんなふうに出すのとか」
「これは初めてね。おでこが光るのは知っているけど……」
「「光る!?」」
二人は同時に口をつき、意味がわからないという表情を見せた。
俺は散水を止めてティナメリルさんを見やる。彼女は期待するかのような目を向けている。
んもー、やりゃいいんでしょ、やりゃ!
一応辺りを見渡し、人から見えないのを確認すると、三人に「目の前に手をかざして」と注意を述べた。
《詠唱、灯りを》
途端、おでこの前がピカーっと光った。
「うわっ!」
リリーさんとキャロルは思わず怯む。
ティナメリルさんも手をかざしつつ目を細めた……が、彼女の肩はクスクス笑っているせいか少し揺れていた。やはりおでこライトはウケるようだ。
《消灯》
「――まあ……こんな感じです」
「ふわぁぁああ! 瑞樹さん、すごいですね~!」
「び、びっくりしました!」
「ティナメリルさん、いつまで笑ってるんです?」
「うふふふふ、だっておでこが……」
「だからおでこじゃなくて、おでこの前が光ってるんですッ!」
リリーさんとキャロルに、ティナメリルさんはこの魔法がおかしくてたまらないのだと言うと、二人もそろって笑った。
「も~、作業中断しちゃったじゃないですか。続けますからね」
笑みを浮かべつつ、ぷんすか怒る。
さてと気を取り直し、穀物店でいただいた十数粒の大麦の種籾を花壇にばら撒いてしゃがみ込む。そしておでこ発動の『生育の魔法』を唱えた。
《そのものの成長を促せ》
するとすぐに種籾から芽が出てみるみると成長し、青々とした大麦に育った。
その光景にリリーさんとキャロルは度肝を抜かれて絶句する。
そのまま詠唱を続けると、大麦は黄金色の麦穂をつけた。
「すご~い!!」
ここでリリーさんがあることに気がついた。
「あーっ! ジャガイモとリンゴはこの魔法で育てたんですか?」
「そゆこと」
納得がいった彼女は、謎が解けたことを喜ぶように頷いた。まあ今までずっと不思議だったもんね。
俺は大麦を引っこ抜き、籾をブチブチと千切って回収。また籾を蒔いて育てて引っこ抜く。同じことを繰り返して籾を増やす。
本数が増えてきたのを目にしたリリーさんとキャロルは、
「私たちが籾を取るのを手伝います」
「あーすみません。怪我しないように気をつけてくださいね。あ、適当でいいですから」
「は~い」
二人はしゃがみ、ざるに籾を回収し始めた。するとその姿を目にしたティナメリルさんが、
「瑞樹、あとどれくらい必要なの?」
「ん~、あと一回もやればいいですかねー」
「そう」
答えを聞いた彼女は、ざるに回収した籾を手ですくうと、畳一畳ほどの範囲にばらっと撒いた。
「私もやりましょう」
「えっ?」
そう言って左手を腰にあて、右手を伸ばして『生育の魔法』を唱えた。
《そのものの成長を促せ》
すると撒いた大麦からすぐに苗が伸びてきた。
その姿はまるで、豊穣の女神が降臨して大地に麦穂を実らせようとしているようだ。
「かっこいい~!!」
俺の口から自然と感想が漏れた。俺たち三人は自分の作業も忘れ、初めて目にするティナメリルさんの魔法に魅入っていた。
程なく一面に麦穂が実ると、彼女はゆっくり手を降ろした。黄金色の麦穂を目にし、少し満足気に見える。
と、俺の思考はすぐに、彼女の魔法と自分の魔法との違いを検証し始めた。
んー効果範囲は俺より広い気がするなー。おでこと何が違うんだろう……手でやる魔法だと範囲が拡散するとか? もしかしたら畑一面ぐらいは実らせるとかできるのかも……。やはり本物は違うってことかな……恐れ入る。
「やっぱオリジナルは格が違いますね」
「使えてよかったわ。これでいいかしら?」
「はい、十分です」
キャロルが驚いた様子で顔を上げた。
「えっ? 瑞樹さんの魔法ってティナメリルさんのなんですか?」
「この魔法はね。さっきの水と光は違うよ」
「ほえ~」
リリーさんもティナメリルさんの魔法に感動している。
「じゃあこの魔法、瑞樹さんはエルフ語の練習のときに覚えたんですか?」
「いや違う。俺が勝手に覚えたんだよ」
「えぇ?」
その話は少し長くなるのでまた今度ゆっくり話すよ……と納得してもらい、三人で籾の回収を急いだ。
掌に十数粒だった大麦の種籾は、数度の生育を繰り返し、ざるいっぱいの量にまで増えた。
「それじゃあ炊事場に戻りましょう」
「はい」
「ティナメリルさんもぜひ」
「――ん、わかったわ」
俺の誘いに遅滞なく返事をしてくれた。どうやら何をするのか興味を持ってくれているようだ。
なんだか機嫌もよさそうだし、誘い出したのは正解だな。
「キャロル……ありがとな。ティナメリルさんを誘ってくれて」
「ん」
小さな声で耳打ちすると、キャロルはにこっと嬉しそうに笑った。