187話 材料の買い出し
次の日。時刻は9時。
前回のデートのとき同様、ギルド裏の旧広場で二人が来るのを待つ。朝の空気はまだ冷たく、じっとしていると少し肌寒さを感じる。
ギルドは休業日ということで本館と旧館は人気もなく、しんと静まり返っている。
「瑞樹さ~ん!」
キャロルの明るい声が聞こえた。
紺のロングスカート、白のTシャツ、白のブーツ、緑のトレンチコート。
彼女のコーデは、いつもの元気はつらつモードではなく、ちょっと大人になりました感が漂っている。
そして隣のリリーさんも満面の笑みで、小さく手を振っている。
黒のパンツ、グレーのダボッとしたトレーナ―、茶色のブーツ、肩に大きなバッグを抱えている。
なんというか、こちらはいつもの大人しい印象とは違う、活動的な感じがする。
「これまた前回とガラリと変わりましたね」
「あれ? 瑞樹さんは制服なんですか?」
そうなのだ。俺の服装はギルドの制服……デート用のおしゃれではない。
「材料の買い出しなんでね。このほうが便利なんだよ」
ギルドの職員としての立ち位置でいたほうが話もしやすいし、相手の警戒度も下がる。
それに美人の受付嬢二人を連れて一人だけ制服のほうが、単なる荷物持ちだと思われるはずだ。周囲からの嫉妬も受けにくい。
大っぴらに「俺の彼女」と思われるのはもう少し様子を見たい。二人には申し訳なく思うけど、やはり嫉妬で襲撃された件が尾を引いている。
「私たちも制服がよかったですか?」
「と、とんでもない!!」
恐縮するリリーさんに、大きく手を振って否定する。
「二人とも俺のためにおしゃれしてくれたんでしょ?」
リリーさんとキャロルは互いに見合うと、ちょっと恥じらいながらチョンと首を下げた。
「すごい素敵です。ありがとうございます」
「ふふっ」「ふへへ~」
「そうだ、今度デートするときは俺の服を見繕ってくださいよ」
この提案に、二人の表情がパッと明るくなった。
「わかりました」
「瑞樹さんか~、何が似合うかな~!」
「スカートは止めてね」
「ウフフフ」「アハハハッ!」
三人で服のコーデの話をしながら中心街へ向かった。
リリーさんの案内で、職員に紹介されたという穀物店に到着。
店前に粉類や豆類が箱に入れて置いてあり、店内にはいくつかの木箱と、穀物が入っているだろう麻袋がドカッと積んである。
「ここがおすすめのお店だそうです」
話によると、品揃えが豊富なことと、品質がたしかなことが売りで、混ぜ物がないそうだ。
混ぜ物というのは、穀物は量り売りなので、安い穀物を混ぜてごまかす店があるという。ひどいと砂や石を混ぜて売ったりするらしい。
そういった不正がない分、信用もあるのでお値段は少々高め。
……と、店の前でリリーさんの話を聞きながら覗いていると、店員が気づいてやってきた。
「何がご入用で?」
白いシャツを着た、ガタイのしっかりした中年の男性。力仕事に従事しているというのが丸わかり。店にある木箱や麻袋を毎日抱えていればそうなるわな。
男は、俺の姿を上から下までサッと見たのち、後ろにいる二人の女性に目を向けた。
ギルド職員に連れられた女性二人……変わった組み合わせの客と思ったのかな。
「えーっと、大麦を探してるんですが……」
「大麦、それならこれだ!」
男がドヤ顔で箱を指さした。そこには薄茶色の、真ん中に筋が入っている穀物が山と積んである。
「あーっと実はですね……精麦する前のものが欲しいんですが……」
そう言うと男は不思議そうな顔で俺を見た。
「精麦する前……ってぇと、殻がついた状態のものか?」
「そうそう」
「……どれくらい?」
「そんなにはいらないんですけど……」
男は再び後ろの女性に目を向けると、俺たちにちょっと待つように告げて奥のほうへ入っていった。
女性二人の手前、無下にはできんと判断したのかな。俺だけだったら断られていたかもしれない気がする。
「瑞樹さん、殻のついた大麦をどうするんです?」
「んーまだ内緒……」
キャロルの質問にほくそ笑むと、彼女は期待に胸を膨らませたのか、わくわくした笑みを返した。
店員が戻ってくるまで、他の商品を眺めることにしよう。
「お、米だ……あーでもやはりインディカ米か」
「何です? インディカ米って」
「粒が細長い米のことだよ。日本の米はジャポニカ米といって粒が短いんだよ」
「へえー」
白い米だけじゃなく、隣の箱には赤や黒っぽい米もあった。
おそらく別品種……日本でもたしか古代米、とかいうのがあったがその類だろうか。炊いて食ってみたくもあるが、今回はやめとこう。
しばらくして男が戻ってきた。その表情は少し冴えない。
「――ちょうど大口向けに精麦し終えたばかりでなー、申し訳ない」
「そのー、ちょっとこぼれてるぐらいもないですか? 数粒でもいいんですけど……」
「数粒? 何するんだい?」
途端に男は怪訝な顔つきになり、俺たちにお引き取り願いたそうな雰囲気になった。
ギルド職員の若造が、何かしらのチェックにでも来たのかと思われたかもしれない。んーマズイなー……。
困って目線を逸らすと、たまたま店の柱に貼ってあるお札のような紙が見えた。
「んーとですね……『神事』に使います」
「ん? なに? シン……ジ?」
「私、日本という国から来たんですけど、四月の初めに『豊穣のお祈り』をするのが決まりなんですよ。それに大麦の種籾が必要なんです。小皿に乗せて、手をパンパンと二回叩いてお祈りする……みたいなね」
俺の話に男は胡散臭そうな目を向ける。
「この国じゃしないんですか?」
「……しねえな」
「んー困ったなー。どうしてもしないといけないので……」
大げさに気落ちしてみせる。その様子にリリーさんとキャロルは顔を見合わせ、成り行きを注視していた。
ここで俺は、斜め先に見える赤い粒の豆を指して、
「そうだ! あの豆と……この米も買うんで、なんとか都合つけてくれませんか? これらは食べる分買います」
すると男の肩眉がピクリと動いた。
俺をじっと見つめると、めんどくさいと思いつつ、商品を買ってくれる客という認識になったようだ。男は「ちょっと待ってろ」と言い残すと、再び奥へ戻っていった。
やがて男は、掌に乗せた『大麦の種籾』を持ってきた。本当に少量……おそらく精麦する際にこぼれたものを集めてきたのだろう。
「こんくらいしかないぞ?」
「おーこれこれ! 助かります」
大げさに喜んでみせる。
いくらか尋ねると、さすがに金はもらえないと男は笑って答え、小さな紙袋に入れて渡してくれた。
「じゃあさっき言った米とその豆を……」
お礼とばかりにそこのインディカ米と、赤茶色の豆――小豆だと思うけど、お椀二杯分ほど購入した。
「ところで、粒の短い白い米って売ってないんですか?」
「ん?」
「これより粒がもう少しふっくらしてて、長さも短い米なんですけど……」
男は自分が知っている穀物を頭に浮かべるも、どうやらリストにはなさそうだ。
「この辺じゃ見ないな。何……兄ちゃんの国の米か?」
「うんそう」
「旨いのか?」
「旨い!」
俺が自信満々に言うと、男は「仕入れ業者に聞いとくよ」と乗り気で答えてくれた。まあ……あると嬉しいな。
軽く会釈をして店をあとにする。
「じゃあ次、行きましょう」
「……はい」
リリーさんは今のやり取りを含め、頭に疑問符が浮かんでいる状態っぽい。
「え、何?」
「いえ、何をするのかが全然わからなくて……」
「ん? んーまあ俺もよくわからないんですけどね……」
「ええ?」
軽くとぼけると、キャロルが先ほどの話を聞いてきた。
「瑞樹さん、その……神事ってのをするんですか?」
「ん? ああ、あれ嘘」
「ふへ?」
「いや……ああでも言わないと追い返されそうだったんでね。咄嗟に思いついた出まかせを言いました」
俺がカラカラと笑うと、二人の彼女は顔を見合わせた。
リリーさんは「相変わらず口が上手いですね」と呆れ気味に放ち、キャロルは「いつものことですねー」とにんまりした。
相変わらずって……その認識は嫌だなー。
その後、市場で大根を購入、雑貨店で調理器具を数点、陶器店で小さな壺を数個購入してギルドに戻った。