186話 休業日の予定
三月三十一日、月末。今日は給料日。
昼下がりに運ばれてきたお給金を積んだ台車に、みんなの顔もパッと晴れやかになる。仕事の手を休めて一息つき、談笑に花が咲いた。
「主任、ちょっと相談があるんですが」
「ん?」
ホッと一息といった表情の主任に声をかける。
「明日、ギルド休みじゃないですか」
「ええ」
「その日、炊事場をお借りしたいんですが許可をいただけませんか?」
主任の動きが一瞬止まる。
「何するんです?」
「んーちょっと実験がしたくて」
「実験?」
「はい。ある食べ物を作ってみたくて」
「――宿舎にも炊事場はあるでしょ」
「いやーだってあそこ誰も使ってませんし、ここほど使い勝手よくないですし……」
宿舎にも炊事場はあるのだが、狭いうえに寸胴などの大きな道具もなく、一昔前の家庭の土間という感じなのだ。
たまーに簡単な料理をしている職員を見かけることはあるが、先のメレンゲクッキーを大量につくるなどの作業には場所的に向いていない。
「……丸一日ですか?」
「いえ。午前中は食材を買いに行くと思うので、午後からです」
「んー、また徹夜ですか?」
「あーどうだろ……しないと思いますが、どれくらいかかるかはちょっとわかりません」
主任の表情は渋い。
誰もいない休みの日に業務外の理由で施設を使わせるという話に、首を縦に振ろうか悩んでいるのだろう。主任が机の上を指でトントンとする仕草に目を落とす。
「どうしたんです?」
背後からリリーさんの声がした。
俺たち二人の晴れない表情に、何かトラブルでもあったのかと少し心配そうな表情を浮かべている。
「いやね……明日の休業日にギルドの炊事場を借りたいんだけど、主任が首を縦に振ってくれないの」
苦笑いを浮かべ、高いトーンで愚痴ると、主任はじろっと俺に目を向けた。
リリーさんは、俺が料理をするという話を聞くとパッと明るい表情で、
「じゃあ私もご一緒します。それならどうですか? 主任」
「えっ?」
彼女の提案に一瞬戸惑う。
「いや……でもつまんないですよ。時間かかるかもだし、失敗する可能性が高いです。それに食べ物つっても実験で――」
するとそこへキャロルもやってきた。話が耳に入ったらしい。
「私も! 私も一緒に手伝います!」
「んあ?」
「どうしたの?」
とうとうラーナさんまでやってきた。
事情を話すと、俺たちの肩を押してくれた。
「主任、いいじゃないですか。今までも事故とかあったわけじゃないですし」
「ふーむ……」
ラーナさんの攻勢に主任が少し怯む。こういうときに見せる姉御肌が本当に頼もしい。
「そうね……二人も一緒するなら、副ギルド長も呼んじゃいなさいよ!」
「――ッ!?」
副ギルド長……ティナメリルさんを呼ぶというラーナさんの提案に、俺の心臓がドキンと反応した。
「どうせ旧館にいるんだから、呼んで一緒に過ごしなさいよ」
「いや、そんな大層なことじゃないんで……」
「じゃあなおさらいいじゃない。危なくないんでしょ?」
「まあ、普通に料理するような感じなので……」
主任は、自分より立場が上の副ギルド長の名前が出てきたことで、それならまあ……といった感じでゆっくり頷いた。
「わかりました。火を使うみたいですが、十分気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
俺はラーナさんにお礼を言うと、彼女はふんすとドヤった。その様にリリーさんとキャロルは嬉しそうに笑っていた。
夕方、明日が休業日のせいか、客足が早めに途絶えた。
そこで席を立って炊事場に向かい、明日使いそうな道具や食材の確認をし始めた。するとそこへリリーさんとキャロルもやってきた。
「――で瑞樹さん。なに作るんです? またいいもんですか?」
「んーいいもんではあるんだが、ちょっと自信がないんよねー」
そう言いながら、必要そうな材料を書いた紙を見せた。
「この辺で『大麦の種籾』を手に入れるにはどうしたらいいですかねー」
「種籾ですか!?」
「うん。普通に売ってる大麦って精麦してるでしょ。その前の状態のが欲しいんだけど……」
「あとこの……『もち米』ってなんです? 普通の米じゃないんですか?」
「炊くとちょっと粘っこい米なんだけど、この国にあるかどうか知らなくて」
「『タク』?」
リリーさんが首を捻る。あーやっぱり米は炊かないのかな。
たしか米を炊くのは日本人だけで、欧米は茹でるんだと聞いたことがある。扱いがパスタと一緒だ。
「炊くっていうのは、茹でると蒸すを同時にやるような調理法なんです」
「へえー」
興味深そうに俺の話に耳を傾ける。
「まあ米はなくてもいいんだけどね。『じゃがいも』があるんでそっち使うから」
「この『大根』は?」
「それは大麦が手に入らなかったときの代案だな。というかそっちも試したい」
二人がじーっと紙を見ながら思考を巡らしている。
「瑞樹さん、これちょっとお借りしていいですか?」
「ん?」
「買取部の人たちに聞いてきます。食材関係に詳しい人がいるので」
「おーマジで!?」
俺が嬉しそうに声を上げると、リリーさんはにっこり笑った。
彼女はキャロルと顔を見合わせると、二人して楽しそうに奥のほうへ向かった。
「――やっべ……ちょっと涙出てきた」
休みの日に二人と過ごせるというのもあるが、嬉しそうに向かう二人の後姿にじんときてしまった。
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