185話 三人の彼女への意思確認
夕方、リリーさんとキャロルを自宅まで送るいつもの帰り道。話を振ろうかなと思っていたら、先にリリーさんが尋ねてきた。
「瑞樹さん、お昼に主任に何か相談してましたが、何かあったんです?」
思わずドキリとした。
「え? な、ナンデ?」
「いえ、何だか深刻そうな顔をしてたので心配に……」
リリーさんに見られていたか。にしても相変わらず目ざといな……たしか冒険者の相手をしていたような……。
まあ二人には話をしないといけないしな……と思っていたのでちょうどいい。
「あー……実はですね――」
広い家に引っ越すべきかを相談していた件をバラす。
二人に通いで俺の宿舎に泊りに来てもらってることが悪いように思えて申し訳く思っている。お金もそれなりに貯まったのだから、いい家に住ませないといけないのかなーと考えている……と。
「そんなことないですよ!」
「そうですよ瑞樹さん!」
二人して即座に俺の考えを否定した。
「別に嫌じゃないですよ、瑞樹さんのお部屋にお泊りするの」
「うんうん。こうやって送ってもらうのも嬉しいですし」
「……そう?」
リリーさんとキャロルが顔を見合わせる。
「だって私たち、瑞樹さんのお部屋、まだ二回しか行ってませんしー」
「あー、そうだねー」
「無理しなくていいですよ。瑞樹さん……いろいろ大変だったじゃないですか~」
「んー、それはまあ大丈夫なんだけど……」
二人のフォローは嬉しいが、やはり甲斐性がないのではないかと思ってしまう。
それに俺としても彼女が二人もできて嬉しい気持ちのほうが強く、一緒に住みたいと気がはやっているせいもあるのかな……。
「じゃ、じゃあ確認なんだけど、もし一緒に住めるとなったらそれは大丈夫なん?」
「えっ?」
二人はまた顔を見合わせると、リリーさんは少し恥じらい、キャロルはにんまりした。
「……それはもちろん、大丈夫です」
「私も。明日からでも瑞樹さんのお部屋に住んでもいいですよ」
うおっと! さらっとすごいこと言うな、キャロルは!
「おいおい」
「キャロルずるい! じゃあ私も!」
「ちょいちょい、さすがにギュウギュウ詰めだよ」
リリーさんがキャロルに軽く体当たり。それを受けてキャロルはキャハハと笑った。
今日は先にリリーさんを送り届ける。
「瑞樹さん」
「ん?」
「本当に焦らなくても大丈夫ですから」
「ん、ありがとうございます、リリーさん」
軽くお辞儀をして手を振った。
キャロルと手をつなぎ、あとは他愛もない話をしながら送り届けた。
「――じゃあキャロル、明日は三回目……ということで」
スケベな顔にならないように表情筋をキュッと引き締めて告げる。すると彼女は少し期待する眼差しを向け、小さくこくりと頷いた。
「……うん」
彼女の愛おしい仕草に負け、思わずにへらと笑ってしまった。この手のやり取りにはだいぶ慣れたつもりなんだけど、まだまだだな……。
夜、ティナメリルさんの私室に伺う。
椅子をくっつけ、持参した葡萄酒を二人並んで酌み交わしながら、先日のデート――防衛隊本部へのお出かけの話題から切り出す。
「先日の外出はどうでした? しんどくなかったですか?」
「いえ、楽しかったわよ」
「それはよかったです」
ふふんと笑う彼女の笑顔が眩しい。
お酒のせいもあるのか、ずいぶんと明るい感じがする。相変わらず飲むペースが早いせいもあるのかな。
ふと彼女の唇に目がいく。見つめ合えばキスもできる距離……思わずゴクリと喉が鳴る。
「瑞樹はどうだったの? ずいぶん魔法のことを聞いていたみたいだけど?」
ふいにこちらを向かれて目が合った。
「ん? あっハイ。そうですね……実に面白かったです」
魔法の話題を振ってくれた。けれどティナメリルさんは絶対に興味はないだろうしなー。
話を続けるべきか少し躊躇すると、彼女の表情は「聞いてあげるわよ」と促されているように見え、自然と俺の口は調子に乗り始めた。
まず、魔法の精度について。
以前、冒険者に襲われたときに受けた事情聴取の折、クールミンは『魔法の威力は詠唱の精度』と言っていた。
しかしこれは間違いだと思う。理由は二つ。
一つは、クールミンと候補生五名の魔法の詠唱がほとんど同じだったこと。俺の耳には全員『外国人が話す日本語』にしか聞こえなかったのだ。
たしかにクールミンの詠唱が一番きれいだったように思う。しかし、日本人なら「あ、こいつ外人だ」とわかる程度の詠唱だったのだ。なのでおそらく詠唱の精度は関係ない。
もう一つは、魔法の威力が全員まちまちだったこと。速度、弾の大きさが違ったし、しかも弾道まで違う候補生がいた。なんと一人は曲線を描く弾道で、野球で言うカーブやフォークのような曲がり方をして的に当たっていた。
おそらくクールミンが解説していた、『マナの循環』と『マナの圧縮』が関係しているのだと思う。いずれ詳しく教えてもらいたい。
で、俺を顧みた上での結論――『威力は詠唱者のマナ保有量に依存している』のだと思われる。
もちろん射撃の精度や威力などは、マナの循環やマナの圧縮の技量によって多少は向上はするのだろう。だが総量の多さは間違いない。
つまり俺はただ単に大容量、高圧力のマナに依存して放出しているだけなのだ。ドラゴン戦での最大放出が、ダムの緊急放水ばりの水量だったのはそのせいだ。
それと、候補生五名は同じ詠唱をしているのに、弾の大きさが全員違った。
そのことをクールミンに聞いたら、なんと「個々人の個性です」と言われた。思わず唖然として表情に出かけたが、すぐに「初耳です」と驚いたようにごまかした。
どうやら魔法学校では『弾の大きさを変更できる』ことを知らない。
まあ、呪文の内容をきちんと理解しているわけじゃないのは、詠唱を省略できる事実を知らなかったことでも確実だ。
あの場で「大きさは変えられますよ」と助言しようか悩んだ。けれどとりあえず黙っておくことにした。
だって彼らは『魔法語の数字を一部しか知らない』ことも判明したからだ。
俺が帰り際、十連射の石弾を撃ち出してクールミンの度肝を抜いたわけだが、あのあと数字について、彼らの理解度を知った。
魔法学校で教わるのは、『一、三、五、八、九の文字は判明。読みは三だけ』とのこと。つまり三連射なのは三だけ発音がわかっているからだ。
しかも三連射の呪文は、別途お金を払って特別に教わる呪文とのこと。なので俺が聞いただけで使えた事実自体に驚いたというわけ。金も払わずに盗みやがって……ってことか。
だが、俺が十連射をして見せたということは、俺が十の文字と読みを知っている……ということになる。それでクールミンは顎が外れんばかりに口を大きく開けて驚いていたのだ。
「――ねえ瑞樹」
「はい?」
じっと話を聞いていたティナメリルさんが、少し不思議そうな表情をこちらに向けた。
「それだとあなたは『知らない文字も知っている』ということにならない?」
おおっと! 俺の秘密を一つ気づいたようだ。
「ふっふ~ん。そうで~す!」
ご名答……と言わんばかりの表情を向けると軽く驚いたようで、彼女の眉が少し跳ね上がった。
「説明が難しいんですが、要は『言葉の存在を認識したら理解した』ことになるみたいです」
「言葉の存在?」
「ティナメリルさんと初めて会ったとき、俺はエルフ語を話したじゃないですか。それもティナメリルさんしか知らない言語を……」
彼女は小さく頷く。
「つまりあのときティナメリルさんを目にしたことで、あなたの言葉を認識したわけです」
「――そんなことが可能なの?」
「まあ……はい」
俺も酒が入っているせいか、少しドヤり気味に笑みを浮かべた。
「そういえばたしか『自分は何語を話しているかわからない』と言っていたわね」
「はい」
「――魔法言語はわからないけれど、魔法が使える……ということね」
「はい」
その答えに納得したのかはわからないが、彼女の態度はさして変わらず、ふーんといった感じで葡萄酒を口にした。
「……もしかして気味が悪かったりします?」
「いえ。あなたらしいわねと思ったわ」
「なんスかそれ?」
思わず右肘で彼女をチョンと小突く。すると彼女はふふっと笑みを浮かべた。酔いが回っているのか、ティナメリルさんはかなり上機嫌だ。
――と、ここでもう一件、聞いておきたいことがあることを思い出した。
「ティナメリルさん、お聞きしたいことがあるんですが……」
「なぁに?」
「えっとですね……もし俺が広い家に引っ越したら、一緒に住んでくれますか?」
「ん?」
小首を傾げるようにこちらを向くと、しばらくじっと見つめたのち口を開いた。
「そうねー、別に構わないわよ」
「えっ、ホントですか?」
「ただ……そうねー……」
しばらく沈黙が続く。彼女は酒をクイっと空けたので、サッと瓶を取って注いだ。
「遠くは困るわね」
「それはもちろん!」
反射的に即答した。
「まだ引っ越すとか決めたわけじゃなくて、まずはティナメリルさんの意思を確認したかっただけなのでご心配なく」
彼女は小さく頷きながら、コップに口をつけた。
「そうよね、彼女が三人もできたものね」
「あー、はい……」
よかった……ティナメリルさんも『自分は彼女だ』と認識してくれている!
横目で見やると目が合い、彼女がクスリと笑ったので俺も応じて笑った。
気持ちが高ぶった俺はコップを置くと、彼女の左手を取って手の甲に軽くキスをした。
俺の行為に特に驚いた様子も見せないティナメリルさん……。しかし意図は伝わったようで、コップを置くとこちらに身体を向けた。
彼女を抱き寄せて顔を近づけると、互いの鼻頭が当たった。
二人して一瞬驚くも、すぐに目を閉じてそっと唇を重ねた。
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