184話 カルミスさんからの手紙
三月も終わりに近づいた。
空気はまだ肌寒いものの、外に出たときに浴びる日差しは暖かくなってきたのを感じる。
ドラゴンの襲撃から一ヶ月以上が経過し、人々も襲撃のことを口にすることはなくなった。
とはいえ残された爪痕は大きく、いまだあちこちに崩れたままや焼け焦げたままの建物が解体されずに残っている。
復興にはまだまだ長い時間がかかりそうだ。
たばこ休憩から職場に戻ると、リリーさんが俺に声をかけてきた。
「瑞樹さん、手紙が届いてます」
「……あ、はい」
俺に手紙を贈ってくれる人物は一人しか心当たりがない。マグネル商会のカルミスさんだ。
内容は愛の告白――ではなく『入金報告』である。
ドラゴン襲撃の影響で、ティアラは閑古鳥が鳴いていた頃、ファーモス会長とカルミスさんの二人が無事な顔を見せにやってきた。
会長とタラン主任は握手をしながら、生きているのをたしかめるように互いの肩をポンポンと叩いて笑った。軽口を叩きつつも二人の目は少し潤んでいた。
カルミスさんも、受付嬢たち三人とそれぞれ抱き合い、涙ながらに生存を喜んだ。
二人は俺に対して感謝の言葉を述べてくれた。避難の折に、俺の話していた内容が役に立ったという。このとき、何の話が役に立ったのかピンと来なかったのだが、聞くのも野暮だし、笑顔で謝辞を受け取った。
そのまま女性たちは四人でお風呂パーティーとしゃれこむことになった。恋バナトークに花が咲く……と思いきや、俺がティナメリルさんと両想いになり、リリーさんとキャロルが俺に告白して返事待ちという状況だと知ったことで、恋愛お悩み相談になったようだ。
お風呂上がりのカルミスさんが、俺をじーっと見つめて何か言いたげだったのがちょーっと怖かった。このときは一夫多妻の制度など知らなかったしな。
なお、女性たちがお風呂タイムの間、俺はファーモス会長にドラゴン戦の映像を見せて度肝を抜いておいた。
二人はこのあとしばらくフランタ市を離れて各地を見て回るという。代替工場の確保や仕入れの交渉などのためだ。なので当分ここには顔を出せないと口惜しそうな表情をした。俺から新商品のアイデアが聞けないことが残念とのこと。
加えて俺に対するアイデア料の支払いが遅れるかも……とカルミスさんが申し訳なさそうに言う。すぐに俺は「気にしない」と口にして笑みを浮かべた。
あれからちょうど一ヶ月か。
さてと手紙の内容は……『一月分と二月分の入金報告』と『各種売り上げに関する情報』だ。おおむね堅調に推移……というより売り上げがすごいことになっている。
一月、二月とも大金貨十六枚(約四百二十万円)。マージン三パーセントでこれだ。やはり王都からの引き合いが大きかったようだ。ただし洗髪料は素材の供給がいっぱいいっぱいで製品が不足気味、本来ならもっと売り上げがあるらしい。至急改善案を考えるとある。
ハンドクリームの売り上げも堅調、今からまだ伸びるという。
お風呂は……こちらも予約待ちという盛況ぶり。代理店も増やす計画だとか。エイトランド工務店だけでは回らなくなってきたか。
なお三月はドラゴン襲撃による混乱で売上減の予想……まあそらそうだろう。商会が存続できただけヨシと思わなければな。俺としても副収入の道が閉ざされなくてよかった。
「ふむふむ」
手紙をしまいながら考えを巡らせる。
マグネル商会が落ち着いたのを見計らって新商品を提案したいな。この国の水準で作れそうなもの……何かないかなー。
あっそうそう、おかげで資金的に余裕ができたことだし、ボチボチ考えないといけないかな――
『広い家に引っ越す』
ということを。
彼女が三人できたわけで、いつまでもギルドの宿舎住まいというわけにはいかない。お手て繋いでランランラン……の送り届けはともかく、交互に宿舎にお泊り外泊に来てもらっているという状況はなー。
二人はどう思っているのだろう。
少なくともよくは思っていないよな。せめてリリーさんとキャロルの二人を迎えて同棲生活……。
うーむ、女性と一緒に住むって……ど、ど、どうなんだろう。まだ気が早い……かなー。
しかももう一人いる。ラスボス、ティナメリルさんだ。
彼女はエルフだし住まいが旧館、在宅勤務状態である。ギルド設立時から住んでるみたいだし、愛着……というか、生活サイクルが完成している。となると今の旧館の部屋に住みつつ定期的に家に来てもらう、または俺が通う『別居婚』になるのか。
う……うーん、嬉しく……は、ないよなー。
やっぱり一緒に住みたい!
というかこの町の不動産について何も知らないしな。そもそもついこの間まで大学生で学生アパートぐらいだったわけだし。それがいきなり異世界で家を買う? いや、賃貸? よくわからんな。
うーむ……この手の話を相談できる相手となると――
昼下がり。主任の手が空いたのを見計らって声をかける。
「主任、ちょっとご相談があるんですが……」
「何です?」
閉じた冊子を机の端に寄せながら俺を見上げた。
「その……まだ決めたわけじゃないんですが……そろそろ引っ越ししたほうがいいのかと考えてまして」
「ふむ」
主任は机の上で手を組んで少し明るい表情を見せる。まともな話だと安心したらしい。
「そのー、女性三人と住む家となると、何をどうしたらいいんでしょう?」
「あー……」
主任は受付のほうをチラっと見やる。
「リリーとキャロルと一緒に住みたいということですね?」
「――あと……できれば副ギルド長……」
途端、主任は困り顔。
「さすがにそれはー、わからないですねー」
「デスヨネー」
互いに二の句が継げず、話が途切れてしまった。主任の目が「そりゃエルフのことを聞かれてもわからんよ……」と語っている。
「ふ、副ギルド長は置いといて、リリーさんとキャロルの二人と住むための家ってどんな感じがいいのかなーと」
「妻二人というのも私には難しい話ですが、とにかく広い物件が欲しい……ということですね?」
「うーん……聞いといてなんですが、自分でもどうしたらいいかわかんないんです」
主任は腕を組むと、背もたれに身体を預けた。
「それはお金のことですか?」
「それも含めて全部です。そもそも一夫多妻ってどう住むものなのか、まったく知識がなく……」
加えて現在の利便性、『ギルドまで一分の宿舎』『風呂にいつでも入りに来れる』『副ギルド長にもすぐ会える』という手放したくない好条件があることを話す。
すると主任は腕を組んだまま考え込んでしまった。さすがに無理かなー。
一応ティアラでは冒険者向けの物件を扱ってはいるので、主任も不動産に関する知識はありそうと思ったのだけれど。
「俺としては一番嬉しいのは――」
「ん?」
「……旧館に住むことなんですがねー」
軽く冗談めかして言うと、主任は一瞬驚いた表情を見せたのち、ふふっと笑った。
「たしかにそうですね」
主任は少し閑散とした店内を見渡すとポツリと告げた。
「――ファーモスに話をするのがいいかもしれませんね」
「ファーモス会長ですか?」
「うん。彼は不動産は扱っていませんが、知り合いに不動産商会の人間がいるはずです」
「んー」
今度は俺が困り顔。
「……嫌ですか?」
「いえ……そうではなく、そこまで話を持っていくと、『引っ越しは決定事項』として話がトントンと進んじゃいそうで……」
「でも広い家に引っ越したいんでしょ?」
「それはそうなんですが……」
どうにも踏ん切りがつけられない。おそらく一番の問題は『俺が本気で引っ越しを望んでいない』ことなんだろう。
主任は俺の態度から何となく理由を察したようだ。
「……まあもう少し考えたらどうです? すぐに結婚するわけじゃないんでしょ?」
結婚……と言われて思わず動揺してしまった。
「――えっ、ええ……まあ」
「焦る気持ちもわかりますが……リリーとキャロルには話をしたんですか?」
「あ、あー……いえ」
そういや三人に話をするのが先か。
二人にもちゃんと話をして希望を聞かないと。もしかしたら今は一緒に住めないかもしれないし。また勝手に話を進めようとしていた。
ティナメリルさんにも、俺の希望を伝えて彼女はどう思うかも聞かないと。それが先だな。
「じゃあそれからですね」
「はい」
「――ファーモスは今、フランタ市にいるんですか?」
「あちこち視察で飛び回っているとカルミスさんの手紙にありました」
主任は小さく頷く。
「彼が帰ってきたら一度、話だけでもしてみたらどうですか? また食事でもしながら」
「そう……ですね」
お金が貯まってきたことで焦ったのかもしれない。早く広い家を買って三人と一緒に生活をしたい……と、前のめりになってしまったようだ。
リリーさんとキャロルのお泊りも、交互に通ってもらうのが何だか悪い気がしてたし。
しかしその反面、自分自身が今の環境に満足していて、そこまで引っ越しを望んでいないのも事実。
まずは三人に話をする。
次いで自分の考えをきちんとまとめる。無理そうなことでも、まずは希望を全部乗せる。で、その案を持って、主任やファーモス会長と話をする。
これだな……。
うむ、方針が決まると途端に頭がはっきりするな。
「ありがとうございます。何となくスッキリしました」
「いえ」
恭しくお辞儀をすると、口の端で軽く笑う主任がなんとも頼もしく見えた。年上かつ妻帯者という重みはやっぱ違うなー。
「まるちりんがる魔法使い」第2巻 2025年1月20日 発売!
予約を開始してます。ぜひご購入のほどよろしくお願いいたします。
※販売リンクは下にあります。
ブックマーク、評価の五つ星をいただけたらモチベアップにつながります。
褒めたら伸びる子なんです。よろしくお願いいたします。