183話 火の魔法は存在した……しかし
少し微妙な空気が漂う。
彼がドヤり気味に見せた『石の魔法の三連射』をいとも簡単に俺がやってしまったせいだろうか。しかも手からではなくおでこからという……。
彼の顔を潰すようなマネはよろしくないな。あまり調子に乗らないようにしないと。
「あ、そうだ! クールミンさん」
「何でしょう?」
「火の弾って撃ち出せないんですか?」
「……火の弾?」
「ええ。石や水のように、火もないのかなーと……」
途端、彼の表情が曇る。
あれ? 俺なんか変なこと聞いたかな。
「――瑞樹、火の魔法は魔族が使うのよ」
「えっ!?」
隣に立っていたティナメリルさんが口を開き、その発せられた内容に驚いた。
「そうなんですか? ん……えっ? 魔族?」
彼女は小さく頷いた。
なんだ、知ってるんなら教えてくださいよ。
あ……いや、ティナメリルさんに火の魔法のことは聞いてないか。たしかにお茶会では「興味あるから勉強してる」とは言ったけど、「火の魔法を探してる」とは言ってないな。マグネル商会の二人に聞いただけか。
俺の疑問に、クールミンは知っている情報を教えてくれた。
彼自身も火の魔法自体は見たことない。魔法学校の授業で『火系の魔法は、知性のある魔族の能力』と教わるそうだ。
ダイラント帝国が魔族領に攻め入った際に食らった攻撃が火の魔法だったという。これが一番新しい情報で、彼らが大敗する原因にもなったらしい。
一説には『人が水の魔法を使えるのは、魔族の火の魔法に対抗するためではないか?』という研究報告もあるという。
「ふーむ……。ちなみにティナメリルさんは火の魔法、見たことあるんですか?」
俺の質問に、彼女は少し思い出す仕草を見せ、やおら小さく頷いた。
「マジで!?」
「ホントですか?」
さすがにクールミンもびっくりしたようで、一瞬たじろいだ。
「ど、ど、どんな魔法ですか? 火の弾が飛んでくんですか?」
俺の質問に、彼女は射撃の的があった辺りに視線を向け、記憶を引き出すような感じで語った。
彼女が冒険者として活動していた頃、とある駆除依頼で森へパーティーを組んで出かけたという。
斥候として彼女が森を探索していた際、一体の魔物――イモムシみたいなよくわからない大きな生物――と戦闘している魔族の一団を見かけたのだ。
七名で戦っていて、二名が敵の攻撃を盾と剣で防ぎ、三名が槍などの武器で攻撃、そして二名が魔法士らしく、果敢に火の魔法で魔物を攻撃していたという。
ティナメリルさんたちは四名のパーティーだったので見つかると確実に負ける。なので急いでその場を離れたという。
「ひょえ~!」
「なに?」
「いえ……今のお姿からは想像できないなーと」
そういえば、いただいた例の日記……覚え書には冒険者をしていた頃のことが少し書いてあったな。一応その頃の記憶はあるのか。
思いがけず彼女の過去話が聞けて、自然に顔が緩んだ。
生の体験談を聞けたことにクールミンも嬉しかったようで、尊敬の眼差しを彼女に向けている。
「その……魔族ってどんな連中なんですか? 見た目とか……」
「私が見たのはたしか……オルク? オーク? 人間はどう呼称していたかしら?」
ティナメリルさんがクールミンに尋ねた。
「ええっと、角を有している亜人種ですとオークですね。魔法学校ではそう教わりました。といっても私たちは絵を見ただけですが……」
キタッ! オーク!!
漫画やゲームでお馴染みのモンスターだ。あっでも角を生やしているのか……となると――
「それってもしかして筋肉ムキムキマッチョメンですか?」
「ん?」
ティナメリルさんは眉をピクリと動かし、クールミンはキョトンとした。
あ、さすがにマッチョメンは伝わらないか。
「えっと、体格はどんなのかなーと」
「人より大きいわよ。頭一つか二つは高いかしら」
「筋肉……たしかに鍛えた体つきで描かれてました。頭に角がこう……おでこのあたりに角が二本ついてて――」
クールミンは両手で握って拳を作り、おでこの両サイドに当てた。
「まんま鬼だな。ゲームや漫画だとオーガか。強いモンスターですね」
「……モンスター?」
「んー怪物とか巨人とかって意味です」
「なるほど」
魔族がオークだと聞いて、妙に納得してしまった自分がいる。
もちろん見知っているわけではないが、先のドラゴン同様、「あーあれね」とゲームでの描写が思い浮かんだからだ。
エルフはいるし、ドラゴンも飛んでいて、敵は魔族でオークだという。元の地球というのは本当にガチでRPGなファンタジー世界なんだな。
「話を戻しますけど、火の魔法ってあれですか……石の弾みたいに火の弾を撃つんですか?」
「どうだったかしら。火の弾とわかる感じではなかったような……」
少し間が空いたものの、なんとか思い出せた様子。
彼女が言うには、魔物に着弾した際にボワッと火のようなものが見え、その部分が焼けたようになったそうだ。それで『火の魔法』だと判断したという。
あーそうか。日中だと火は見えにくいもんな。索敵中で遠目で見かけたわけだし。
「ふーん」
灯台下暗し……火の魔法の情報は彼女が持っていたとはな。
ふと彼女とのお茶会でのやり取りを思い返す。そういえば俺は「魔法の勉強をしている」とは言ったものの、「火の魔法を探している」とは伝えてなかったな。マグネル商会の二人には話をしていたのに……。
「つまり人間側は『火の魔法』を有してないわけですね?」
「研究はしているみたいですがね、王国の研究機関で。おそらく他国も同様かと……」
「なるほどー」
軽くため息をつくと、クールミンは少し残念そうな表情を見せた。
研究……おそらく魔族の魔法の解読を試みているといったところか。
他にも過去の文献の発掘調査とか……か。あーそういやアッシュが年末に遺跡発掘の調査をする人物を護衛したと言っていたな。まあ魔法関連ではないかもだが、今度話を聞いてみるか。
「……にしても魔族かー。この辺りにはいないですよね?」
「と、思いますが……」
さすがに防衛隊も魔族に関する情報は持っていないらしい。立地的に遭遇することはまずないはずだからだ。
魔族の支配地域と隣接しているのはダイラント帝国で、マルゼン王国は、間に大森林を挟んでいるという。もし仮に魔族がここに来るとしたらそこを抜けてくるしかない。
「ま、しょうがないですね……」
「何です?」
「あ、いや……火の魔法が手に入らないのかーと、ちょっとがっかり……」
「そうですか」
と、口では言ったものの、頭では別のことを考えていた――
『火の魔法の呪文が聞けたら、おそらく使える』
おそらく俺には理解できるはずだ。
……いやまあ、だからといって遭遇したいわけではないが。どうにかして呪文を聞く手立てはないものだろうか。
今度のお茶会のとき、ティナメリルさんに魔族について思い出してもらおうかな。
そんなことを考えつつ、彼女の横顔をチラっと見やった。
まだいろいろとクールミンに話を聞きたいところだけど、彼の時間をずっと取っているわけにもいかない。
そろそろお開きにすべく、お礼を述べる。
「今日はとても有意義でした。今度、いろいろと魔法学校の話とか聞かせてください」
「こちらこそ、瑞樹さんの魔法についていろいろと教えてください」
「ははは」
そして彼はティナメリルさんに向き直ると、姿勢を正して敬礼した。
「本日は御足労いただきありがとうございました」
「いえ」
修練場をあとにしようとしたそのとき、ふとあることが頭をよぎり、足を止めた。
「――あ、すみません。あの……もう一回だけ魔法、撃たせてもらっていいですか?」
「えっ? どうかしました?」
「一点、確認したいことができました」
「……ん、わかりました」
承諾を得たので足早に射撃位置に向かう。
クールミンとティナメリルさんは互いに顔を見合わせると、その場に立ち止まったまま俺の様子を見ていた。
そうだな……今度は腕を組まずに下げたまま、体を若干横向きにして顔だけ正面に向けよう。
《詠唱、水弾十発、発射》
するとおでこから小気味よいリズムでタンタンタン……と十発、テニスボールぐらいの水の弾が連続で撃ち出され、十数メートル先の土壁にバシンバシンと当たる音が響いた。
「おおーやっぱりだ! 数変えたら弾数変わるのな、よしよし。上限なんぼかな? マナの量とか……あ、いや……そもそも数の単位とかどうなってんだろ? んーいろいろと疑問が浮かぶ――」
予想通りの結果に満足しつつ、独り言を呟きながら二人のところへ戻った。
「あ、クールミンさん。やっぱり数変えたら弾数変わりますね。知ってました?」
「――ッ!?」
彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まっていた。どうやら数の変更は知らなかったっぽいな……ハハハ。
唖然としている彼を目にしたティナメリルさん。
俺に向くと、ちょっとばかり口角を上げて笑みを浮かべた。その表情は「あなた、またやらかしたわね!」と言っているようだった。