182話 オサレポーズと石弾の連射
約三十分ほどで五名の候補生の試験は終わった。
魔法の実力には問題はないようで全員合格とのこと。いやあ、よかったね。
最後に、来賓のティナメリルさんから「頑張ってください」と一言いただいた候補生たちは、彼女の凛とした佇まいに魅了されたのか、興奮した様子ではにかんだ。
候補生たちはそのまま本部で入隊手続きを行うとのことで、クールミンが他の隊員に指示を出すと、修練場には俺とティナメリルさんだけ残った。
「どうでした?」
「いやー面白かったです。本職の魔法士、五人それぞれ違っててびっくりしました」
「そうですか」
俺の満足げな笑みに、クールミンは少し上機嫌に笑った。
「ちなみにクールミンさんの姿勢はどんななんです?」
「んー、私のはこれです」
そう言うと、人差し指と中指の二本を突き出してまっすぐ腕を伸ばした。まるで銃を構えるようなポーズである。
「えーっと、“カール式”……でしたっけ?」
「はい」
思わず顔が緩む。
魔法士は、それぞれ自分の射撃スタイルというものがあるらしい。
俺が拾った初級魔法読本には、『手を伸ばし、掌を前に向ける』と書いてあった。これがいわゆる基本形で、みんな最初はこの姿勢で学ぶという。
習熟が進み、マナの操作に慣れてくると、次第に各々が自分に合った撃ち方を模索し始めるという。合った……というよりは、自分がしたいポーズをするってことだな。
まああれだ……アニメの主人公がするかっこいい撃ち方、いわゆる『オサレポーズ』をしたいわけだ。わかるわかる。
当然、有名なポーズや定番スタイルというものはあるわけで、その一つが“カール式”という、銃を撃つような恰好なのだ。
この撃ち方をしたのが二番目の男性候補生だったのだが、三番目のOLっぽい女性候補生はまた違っていた。
人差し指と中指を揃えるのは同じなのだが、肘を曲げ、手を胸元辺りにもってくると、掌は上に向けていた。
なんて言ったらいいのか……五本指だったら、受付嬢が「こちらになります」って案内をする仕草に見えなくもない。お姉さんが柔らかい物腰で撃つ様は、相手に対して「お仕置きしちゃうわよ!」と言っているようにも思えてかっこよかった。
四番目の大男は基本形、掌を真正面に向けた姿勢だが、体躯がデカいせいか迫力があった。といっても射撃の威力は普通だったので、失礼ながら見掛け倒し……という印象がしなくもなかった。
最後の五番目の熟練冒険者風の男性もまた違っていた。二本指は同じなのだが、手の甲を上に向けた状態で右手を伸ばし、左手を後ろ手に回した姿勢。
いかにも堂に入った態度というか、そのまま「少年よ、大志を抱け」と口にしそうな雰囲気があった。
ところが彼はそれだけではなかった。なんと……呪文が一部違ったのだ。
「クールミンさんは、最後の彼が放ったやつ、できますか?」
「――三発連続で撃つやつですか?」
「はい」
そう、五番目の候補生の放った石の魔法は三連続だったのだ。銃でいうと『三点バースト』という射撃である。
「できますよ」
「おおー!」
ちょいとドヤ気味に笑みを浮かべる彼に、俺は期待するような眼差しを向ける。
「見せましょうか?」
「お願いします!」
彼はチラっとティナメリルさんを一瞥し、射撃位置へ向かった。
俺がティナメリルさんに「行きましょう」と告げると、彼女は少し口角を上げて笑みを浮かべた。
「……なんです?」
「嬉しそうね」
「そりゃもちろん。本職の魔法が見れて楽しいですもん」
彼女はふっと軽く笑い、小刻みに頷いた。
的があった辺りは砕け散った板片が散乱している。的はないが後ろには土壁があるので、そこに向けて撃ってもらおう。
クールミンが射撃位置にまっすぐ立つと、彼は右手を伸ばして銃を撃つ恰好をとった。
《わターしは唱えます。石の魔法。石の神ヌトス。よろしくお願いシます。石三つ発射》
すると彼の指先から中石弾――ゴルフボールぐらいの石の弾が三発、タンタンタンと連続で発射された。
「おおー!」
射撃後、彼が振り向いた。俺は、なるほどなるほど……と合点がいったという意味で数回頷いた。
『石の魔法の連続発射は“数を指定”する』
以前、森で魔法の練習をしたときは、水の連続発射――放水を発見することを目的としていた。
そのため、石の魔法もそれでできると考えて試したわけだがうまくいかなかった。連射……という意味にとらわれていたせいだ。
「ふむ……」
少し考え込んだのち、辺りに人がいないか再度確認する。
「あの……私も魔法、撃ってみてもいいですか?」
「ええ」
クールミンは表情を抑えてはいるものの、俺を見る目は爛々と輝いている。
彼は俺が治癒魔法を使うところは見ているけど、攻撃魔法を使うところは初めてである。やはりドラゴンと戦ったと聞かされた人物の魔法を見れるとあって期待しているのだろう。つっても大量の水をぶちまけたりはできないのだがな……。
俺は射撃位置に立つと、的が設置してあった杭の上辺りに視線を向けた。
まあそうだな……最初はちゃんと詠唱して撃ってみるか。不要な部分をどけた短縮魔法を見せてあげよう。
それと、俺もオサレポーズを考えてみるかな。手ではなく、おでこから発射となると……。
とあるアニメで、巨大ロボットが腕組みして頭からビームを放っていたのを思い出した。よし、これでいこう。
真正面を向き、腕組みをして仁王立ち姿勢。そして魔法を詠唱――
《詠唱、小石弾三つ、発射》
すると俺のおでこからビー玉サイズの石弾が三発、連続発射された。
「おおー! ちゃんと三発でたー!!」
「!?」
クールミンにドヤ顔を向けるも、彼は口を半開きにした状態で固まっていた。
「――え? みずき……さん? なんでそれ撃てるんです? いや、いま魔法の詠唱が……短か……かったですよね?」
「あーはい。短いですねー」
にんまり笑いながらティナメリルさんに目を向ける。
彼女は口の端をちょいと上げて笑みを浮かべた。なんとなく「また調子に乗っちゃって……」と思われているのかも。
「――実はですね、呪文にはいらない部分がくっついてるんですよ」
「……は?」
まあこれくらいのことは教えても差し支えはないだろう。せっかくのご招待だ。彼にもある程度の情報はあげないとな。
机が置いてあるところを指さして移動すると、ウェストポーチからメモ紙とボールペンを取り出して、今の呪文を書き出す。
「んーとですねー……」
彼はじっとボールペンを凝視している。あーこれも初見か……まああとで説明するか。
「これが今の三発発射した呪文です」
「!?」
途端、クールミンは目を見開いて驚いた。
「瑞樹さん、ここ……この箇所なんで知ってるんです?」
そう言って、数を指定している『三つ』という文字のところを指さした。
「ん? いや、今聞いたし」
「は? 聞いたって……。聞いたらわかるんですか?」
「はい」
彼は表情が強張り、思わず口に手を当てた。
そりゃあ言葉を聞いただけで書ける……というのはあり得ないもんな。驚くのも無理はない。
「まあそれはともかく、みなさんが詠唱してる呪文のここの部分なんですがね……いらないです」
「!?」
「いるのは最初の『詠唱』と、最後の『石弾三つ発射』だけです」
「……なんでいらないんです?」
「なぜなのかは呪文を作った本人にしかわからないので何とも……」
とはいえ魔法の呪文は過去の文明の発掘された知識である。なので理由を知っている人などいないだろう。
「魔法学校では呪文の解析とかはしないんですか?」
「解析?」
「ええ。なぜこういう呪文なのか……他に応用はできないのか、とか」
彼が言うには、魔法の研究機関があって、そういうところではしているという。
ただし魔法学校には情報は流れてこないらしい。魔法学校はあくまで使える魔法を教えることを主としているためだという。
なお、成績優秀者でかつ、学ぶのが好きな人材には研究機関からお声がかかり、就職するのだそうだ。
「ふ~ん……。ちなみにクールミンさんはなんでここの防衛隊に就職したんですか?」
「え? ああ。私はここの生まれで、小さい頃に防衛隊の人に助けてもらったことがあるんです」
「ああ、なるほど」
ふんふんと頷く。
あれだな……何かしらの事件事故に遭い、助けに来てくれた人に感化されて自分も……みたいなやつだ。それで消防士になったり自衛官になったりする人いるもんな。
「――話が逸れましたが、呪文は短縮できるんです」
「それは瑞樹さんが発見したんですか?」
「ええ。ですが内緒にしといてください……あ、いや――」
さすがに短縮で詠唱することを隠すのは難しいな。なんせ便利だもんな。彼も使うだろうし隊員にも教えるだろう。
「この短縮できる話……クールミンさんが見つけたってことにしてくれません?」
「は!?」
俺の提案に彼は驚いて、目を大きく見開いた。
「だって防衛隊員も使いたいでしょ? 詠唱短縮だと早く撃てますし……なので」
「いや……でもこれ大発見ですよ!」
「それじゃ困るんですよ。魔法士でもない、いちギルド職員が魔法の短縮を発見したなんてバレた日にゃ……」
前みたいにイキった魔法士連中がティアラに押し掛けてこられても困るし……って、そういやリリーさんに絡んだ冒険者をぶちのめした人物がいたな……。
「あー、それかランマルに教わったってことにでもしますか?」
「――そうですね。まだそちらのほうがいいかと」
「じゃそれで」
「わかりました」
ふと、聖職者のくせに魔法が使えることになるが大丈夫かな……と思いはしたものの、どうせ架空の人物だしいっか……と気にしないことにした。