181話 魔法士隊員の試験を見学
好天に恵まれたフランタ市の大通りを、俺とティナメリルさんが乗車した馬車が進む。
彼女は俺の対面に座り、薄手のカーディガンを羽織っている。眩いばかりに美しい。
つい口から「今日もお綺麗です」と、ご機嫌取りみたいな口上を述べると、彼女は「ん」と軽く顎で相槌を打って返事をした。そんな塩対応も大好き。
視線を俺に向けたまま明るい表情を見せているので機嫌は悪くなさそう。お出かけにも好意的でよかった。
本日の目的は、防衛隊本部での魔法士の試験に来賓として出席すること。本来は俺だけの招待だったのだけれど、ティアラ冒険者ギルドのエルフが出席するというイベントに格上げさせた。
まあぶっちゃけデートがしたかったという理由ではあるのだが、彼女を前面にたてることで『俺は単なる付き添い職員』という立場に持ち込める。
すでに隊員たちの何人かには、俺の特異な素性は知られているものの、一職員として謙虚な立ち居振る舞いをしておいたほうがいいはず。先のダイラント帝国の潜入部隊への取り調べの際の、隊長たちに対する態度がちょっとよろしくなかったかなーとの反省もある。
「本職の魔法士の魔法ってどんななんですかね?」
ティナメリルさんに「見たことありますよね?」という意味で聞いたのだけれど、当の本人は「さあね」といった表情を返す。
何も知らないってことはないと思うのだけれど……。まあ実際の技を見たら、何かしら思い出すことを期待したい。
程なく防衛隊本部に到着。本部入口前に横付けされると、馬車のドアが開いた。
先に俺が降りて右手を差し出す。するとティナメリルさんが姿を見せ、俺の手をとって馬車から降りた。
「本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
カートン隊長が恭しく頭を下げて挨拶すると、クールミン以下、周りの隊員たちが敬礼した。
「いえ、こちらこそお世話になります」
珍しくカートン隊長の表情は柔らかく、いつもの威圧オーラは感じない。
むしろティナメリルさんの威光に当てられている感じがする。きちんと面と向かってやり取りをするのは初めてなのかもしれない。見たことのない隊長の初心い態度に、俺は少しだけ優越感を覚えた。
挨拶を済ませると、あとはクールミンに任せると言って建物内に戻っていった。ここの本部長がいまだに決まらないせいか、相変わらず忙しそうである。
「それではご案内します」
クールミンと数名の隊員に引率されて、本部にある修練場に向かう。
道中、出会う隊員たちはクールミンを見かけると敬礼し、すぐその後ろに歩いているエルフを目にするとさらに姿勢を正した。
来訪が周知されているのか、隊員たちはあからさまに驚くような態度は見せなかった。
しかし通り過ぎたあと彼らは振り返り、「オイオイ、本物のエルフだよ! 俺、初めて見たわ!!」と表情が語っていた。
「こちらです」
本部から少し離れたところにある修練場に到着した。
あーなるほどね……と即座に理解した。
ぶっちゃけただの空き地。十数メートル先に長い杭が地面に三本刺してあり、上に木の板で作られた的が置いてあるだけ。
そばには武器庫らしい建物があるので、ここが遠距離攻撃向けの練習場というわけだ。日本だと巻藁を置いて的にしているところか。
そういや、スイカや空き缶を銃で撃ち抜いている動画を観たことあるが、あんな感じの場所ってことか。まあ奥には土を盛った壁と、さらに奥には敷地の壁があるので原っぱではない。
そこへ隊員が、試験を受ける候補生を連れてきた。
人数は五名。上は三十代、下は十代……パッと見、高校卒業したてのような雰囲気がある。
その十代を含む男性は四名。一人ほど、頭一つ背が高くて筋骨隆々な人がいる。いわゆるマッチョメンだ。思わず目がいってしまう。
女性は一名。派手さはない大人しそうな雰囲気である。胸もまあそこそこ大き……いやそれはどうでもいいな。
「彼らが本日、魔法士の最終試験を受ける五名です」
クールミンから彼らの紹介を受け、こちらもティアラの職員であることを紹介された。
「今日は見学させてもらいます。よろしくお願いします」
と、軽く頭を下げる。
隣のティナメリルさんをチラっと見やると、軽く笑みを浮かべて小さく会釈をした。すると五人はエルフを目にして少し上気した表情を見せ、姿勢を正して大きく頭を下げた。
用意されていた来賓用の椅子に、俺とティナメリルさんが座ると、傍らにクールミンが立ち、彼から試験内容の説明を受けた。
要は『的に魔法を撃てれば合格』という、わりと単純な内容。そんなんでいいの?
と、始まる前から疑問が浮かぶが、とにかく黙って試験の様子を見ることにしよう。
まず一人目、十代に見えた一番若い候補生。名前を呼ばれると元気よく返事をし、定位置につく。
的までの距離はざっと二十~三十メートルぐらいはありそうで、ここからだと的の大きさは親指の爪ぐらいにしか見えない。
結構小さいのだが、まあ視線誘導があるから大丈夫だろう。
少し緊張した面持ちの若い候補生は、右の掌を正面に向けて手を伸ばす。
おー、魔法書に書いてあった通りの所作だ……と思ったら違った。
彼はすぐに左手で右腕の上腕あたりを掴み、右腕をしっかり支えるようなポーズをとった。
あれ? 右手を伸ばすだけじゃないの!?
なーんか昔のアニメでそんな恰好しながら銃っぽいものを撃つ主人公がいたような……。
意表を突かれて凝視していると、彼は魔法の詠唱を始めた――
《わっタしは唱えル。いしノ魔法。石の神ヌトス。よろスくお願いし、ます。イシ発射》
少し遅めの詠唱、イントネーションも少しはずれているように聞こえた。
しかし詠唱終了と同時にタンッという衝撃波らしき音、そして彼の掌から石弾らしき物体が発射された。それは的に命中し、木の板はバキンッという音を立てて割れた。
「おおおー!!」
初めて目にした、魔法士による『石の魔法』に感動して顔がにやけた。
「ティナメリルさん、見ました? 魔法撃ちましたよ!」
「――そうね」
彼女がチラっと横目で俺を見る。その表情は柔らかい。
はしゃぐ俺を見て和んだのか、それとも候補生の魔法が珍しかったのか、とにかく機嫌は悪くなさそうでよかった。
若い候補生の魔法……意外と威力もあるし、速度もある。弾の大きさはおそらく俺の大石ぐらいの大きさだったんじゃないかな。
そうだなー、野球のピッチャーが豪速球を投げた感じ……いや、それよりは速いか。なんせ板が割れたし。
撃ち終えた若い候補生も、満足げな表情を浮かべ、肩の力を抜くかのように大きく息を吐いた。どうやら緊張していたみたい。
他の四人の候補生も、彼の射撃に「おおー」と感嘆の声を上げていた。表情的には「若いのになかなかやるな……」という感想かな。
横に立つクールミンの顔を見上げると、彼も少し驚いた表情を見せている。んー意外だったのかな?
「――すごいですねー」
「そうですね。彼は『マナの圧縮』が上手なのでしょう。かなりの威力にびっくりしました」
ぬお……マナの圧縮? なにやら初耳の単語が出てきたぞ?
「マナの圧縮って何ですか?」
「ん? あー、体内のマナを凝縮させて威力や速度を増す、マナの操作の一種です」
マナの操作? あーそういや魔法書の最初のほうにそれっぽい事柄が書いてあったなー。体内にあるマナを循環させて……みたいな話だったかな。
まあ俺にはできんかったが……というかマナがいまだにわからないのだがな。それにその、マナの圧縮とやらは書いてなかったぞ。
「――普通に呪文を唱えたら魔法を撃てるんじゃないんですか?」
「撃てますよ」
「?!」
その答えに俺の眉毛はへの字に曲がる。
このタイミングでティナメリルさんがクールミンに目を向けた。
「攻撃魔法は手から撃ち出すのですが、そのためにはまずマナを手に集める必要があるんです――」
ちょうど若い候補生による、次の魔法の詠唱が始まった。今度は『水の魔法』のようだ。
先程と同様に、右手を伸ばして左手で支える姿勢をとり、魔法の詠唱を開始した。
《わっタしは唱えル。水の魔法。水の神セイルズ。よろスくお願いします。水発射》
すると、バシュンという音とともに水弾が撃ち出され、先にある的に命中した。
その様を目にしながらクールミンが解説する。
「掌の前面にマナを集めるのと同時に、『ここ(掌)から撃ち出す』という意識を持つ必要があります」
彼は自分の掌をチョンチョンと指でつついた。
「へえー、意識……」
「――瑞樹さんの魔法は違うんですか?」
「あー……」
初めて知ったわ……という俺の態度を不思議に思ったのだろう。
少し辺りを見渡すと、こちらを見ている候補生がいる。
といっても今の会話が聞こえたわけではなく、単にクールミンが俺たちに解説している様子を眺めているようだ。
「その話は試験が終わってからにしましょう。あとで時間もらえます?」
「もちろん!」
そう言うと、彼は少し嬉しそうな笑みを浮かべた。俺の魔法の話が聞けるとわかったからだろうか。
まあ俺としても疑問点を聞くには自分の状況を話す必要もあるしな。
若い候補生の試験が終わり、続いて二十代後半の冒険者っぽい男性が呼ばれた。