179話 ティナメリルさんとの語らい
ティアラ冒険者ギルドに10時前に戻ると、ギルド長に片付いたと報告した。
理由については昨日報告済み。肉片の提供についても「瑞樹のものだから好きにしろ」と了承を得ていたので問題はない。
職場にて、みんなが手隙になったタイミングで事情を説明した。
「――じゃあ……言葉がわからないからダンマリしてたってこと?」
受付嬢の三人は経理のほうに向いて座ると、ラーナさんが質問した。
さすがにギルドに侵入者となれば心穏やかであろうはずはなく、客に向けていた笑顔は消え、不安そうな表情を見せた。
「んーそうらしい。ダイラント帝国の上のほうにあった国らしい。ジールランド……国?」
「ふぅ~ん……」
互いに顔を見合わせるも、皆一様に首を振る。そんな国の名前は知らないらしい。
元々、北の地域は小国だらけで、ダイラント帝国も元は小国の一つだったらしい。
たくさんあるし、遠くの情報はわからない。
教育水準も低く、情報伝達も乏しいこの世界じゃ、北の端っこの話などまともに伝わらない。
「瑞樹が夜遅くまで起きてたおかげだな!」
「ガランド~……」
皆の不安を払拭するかの如くガランドが話を逸らしてケタケタと笑う。口にはしないが「リリーとしっぽりやってたんだろ」という意味だ。
「また朝までか?」
レスリーも重ねてからかう。
言葉が詰まると、ロックマンがとどめとばかりに痛いところをついてきた。
「まあ覚えたてじゃ仕方ないな」
「くっ!!」
ぐぬぬ……何も言い返せない!
ガランドはともかく、ロックマンとレスリーもこの手の話を平気でしてくる。女性職員の前……しかも俺の彼女の前でだ。
なんかこー……容赦ないな。
彼女できたらこんな感じで職場じゃつっこまれるのかな。
ていうか、二人は彼女いんの?
……なんて聞くのは嫌味にしかならないので絶対にしない。その余裕……もしかして二人ともいい人がいるのかもしれんし。そのうちそれとなく聞ければいいんだがな。
ま、こんなふうにいじられるのも、複数彼女持ちの特権ってことで赦す。
「リリーもなんか、艶々しちゃってさー!」
「ちょ、ラーナさん!!」
ラーナさんも気を取り直したのか、唐突に色事ネタを切り出してきたので、リリーさんは慌てふためいた。
「腰の感じが……ちょーっと前と違うのよねー!」
「そうなのか?」
妻帯者のガランドが即座に反応すると、ラーナさんはゆっくり頷いた。
俺たち男性陣は興味をそそられ、彼女の話に傾注する。
「ラインがね、こぉー……スッて前より曲がってるっていうか」
右手で弧を描きながら、背中から腰にかけてのラインを語る。
「腰が『満足した』って喜んでるのよね。あと色気も出てきてるし」
全員、自然とリリーさんに視線がいく。
「……や、ちょ!」
「男にはわからないわよ」
ラーナさんがほくそ笑んで言い放つ。
ふ~む……いわゆる女の第六感というやつかな。女性は挨拶一つで変化を感じ取るからなー。
目に見えないリリーさんの姿勢の変化に気づいたのだろう。げに恐ろしい……。
経理の三人は恥じらうリリーさんを観察し、口々に感想を述べる。
「うーむ……色っぽくなったか?」
「……明るくはあるがな」
「ツヤね~……」
流れでキャロルにも目を向ける。
「んー……大人っぽくなったか?」
「色気は……わからんな」
「まあ元気なのが取り柄だしな」
当のキャロルは嬉しそうに笑う。彼女はいじられても気にしないタイプかな。
そして当然とばかりに情事相手の俺に目が注がれると――
「「「顔!」」」
「へぁ?」
三人揃って言い放った。どうやら緩みっぱなしだったようである。
「サーセン」
ペコリと頭を下げると、みんなハハハと笑った。
賊の侵入という事態に、午前中はギルド全体が浮足立っていたが、俺の話が伝わると午後には平静さを取り戻した。
夜、いつもより遅くにティナメリルさんの私室を訪れる。
コンッコンッ
「どうぞ」
「瑞樹です」
カチャリとドアを開けた。
値段のいい葡萄酒と、自家製のドライフルーツ&ベジタブルを手土産に持参。
彼女は窓辺でくつろいでいたのか、窓そばの椅子から立ち上がり、首で「入んなさい」と合図した。
「葡萄酒と、おつまみを持参しました」
「ありがと」
互いにテーブルにつくと、コップを掲げて乾杯した。
「一昨日は危なかったですね」
「結局何だったの?」
酒で軽く口を湿らせると、取り調べで聞いた話をかいつまんで説明した。
「――なるほどね。人間も大変ね」
「……ホント他人事っスよね、ティナメリルさん」
なかば呆れ気味に放言する。
「賊と対面したとき、殺されるとか思わなかったんですか?」
真面目に尋ねるも、ティナメリルさんはスンとして気にしてない様子。
んーあれかな、やはり命の危険に対して鈍感になっているのだろうか。襲われて暴行されるとかの危機感もないのだろうか……かなり不安だ。
「と、とにかく、今度ああいう目に遭遇したら、すぐに『隠蔽の魔法』を発動して逃げてくださいね」
「…………」
「絶対ですからね! 聞いてます?」
「聞いてるわよ」
俺の真剣な助言にも聞く耳もたずといった態度で葡萄酒を口にしている。
あ、ちょっとムッとさせちゃったかな。
いかんいかん……空気を悪くしてはせっかくの目的が台なしになってしまう。彼女とのやり取りは急いてはダメなのだ。
「それはそうと、少し面白い話を聞いてきました。なんでも『エルフに手を出すと国が亡ぶ』という言い伝えがあるっぽいですが、知ってます?」
「何それ?」
「デスヨネー……」
うん、ティナメリルさんは絶対知らないよね。
「ダイラント帝国で信じられてるそうなんですが、機会があったら情報仕入れてみます」
「ふ~ん……」
これっぽっちも興味なさそうで鼻で笑われた。
ティナメリルさんがクククっとコップの葡萄酒を空ける。相変わらずの呑み助だなー。
瓶を取って向けると、小さく頷いてコップを差し出した。
「あ、そうそう――」
「ん?」
「実はティナメリルさんに相談があるんですが……」
「なぁに?」
防衛隊本部で賊の一件が片付いたあと、クールミンから切り出された話をする。
「三日後に防衛隊で『魔法士の入隊試験』をするそうなんですが、一緒に見に行きませんか?」
「――入隊試験?」
「はい。最終の実技試験を行うそうなので、俺にぜひ見学に来てほしいと言われたんです」
ドラゴン襲撃の一件で、クールミンも俺に好意的になってくれた。
知己を得た魔法士のお誘いを断る理由もないし、かねてより本職の魔法士の実演を見たかったのだ。
彼は魔法についていろいろと俺に聞きたそうではあるが、俺が話す気がないのを知っているので我慢している様子。
そこで入隊試験という口実で俺を誘い出し、魔法談議に花を咲かせることで口を滑らせようと思っているのかもしれない。
……まあ邪推が過ぎるか。
「せっかくなので一緒にどうかなと……」
以前、グロリオ草の栽培をしたとき、彼女から「水流や散水の魔法は?」と尋ねられたが俺は知らなかった。魔法書に書いてなかったからだ。
ということはティナメリルさんは、『俺が知らない他の魔法を知っている可能性がある』ということ。
そこで魔法士のクールミンに尋ねれば、新たな情報が得られる可能性があるのではないだろうか。
「それに『エルフが来賓として出席』となれば、演出として特別感が増しません?」
彼女は上司然とした表情で聞き入っている。
防衛隊は今、ドラゴン襲撃で減った隊員の補充が急務なのだ。剣士の補充はまあまあ順調なのだけど、魔法士はなかなか集まらないらしい。
要するに、入隊試験の話題作りに一役買わないかというわけである。
俺としても『エルフのお付き役』という立場で出席すれば違和感ないだろう。何かにかこつけて彼女を外に出す機会を増やしていきたい。
それに今回は試験ということなので参加人員もかなり少ない。人込みを避けるという面でも悪くないと思う。
「俺としてはその……ティナメリルさんとお出かけしたいという思惑もあるわけで……」
ちょびりちょびりと葡萄酒を口にしながら、上目で彼女を見やる。
もともと俺が誘われた案件なので断られても仕方がないのだが、せっかくならデートにもっていきたい。
ティナメリルさんは熟慮すると、小さく二度ほど頷いた。
「――いいわよ」
「ありがとうございます」
いいぃぃやったあぁあぁ! デート確定!!
嬉しそうに笑みを浮かべると、俺の態度に彼女も表情を崩した。
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