178話 潜入部隊は帰途に就く
翌日、朝9時。
「おはようございます」
「――ッ!?」
前日同様、防衛隊本部前の門にてランマル姿で突然現れると、朝番の衛兵は飛び跳ねるように驚いた。どうやら眠気は吹っ飛んだようだな。
捕らえられていた帝国の連中はすでに牢屋から出され、部屋の一室で待機させられていた。
「――これが肉片です。確認してください」
両手で抱えていた荷物を机の上にドンと乗せ、包んでいる布をほどくと、べっちょりとした肉の塊が出現した。
その異様な物体に皆、思わず身を引く。
約一メートルぐらいの肉の塊で、赤黒いその物体がドラゴンの肉片である。
搬入当初は脂の臭いがすごかったのだが、『保存の魔法』のおかげか、臭いの発生が抑えられているようでさほど気にならない。いい具合に異臭が漂い、見た目もグロテスク、黒褐色の表皮もしっかりついている。
「たぶん口の辺りですね。顔を地面に打ちつけてましたから……」
その台詞にジーオは凍り付き、部下たちからは顔色が消えた。
おそらく気づいたのだろう……こいつが『ドラゴンと戦っていた人物』だということに。
しかしそこは部隊を率いる隊長、すぐに歯をギュッと噛みしめて冷静さを取り戻す。
「――わかった。これをいただいて帰る」
「うん」
ジーオが肩の力を抜くように息を吐くと、部下たちも一様に安堵した表情を浮かべた。
まあそりゃそうだろう。
何をされたかもわからず、気づいたら牢屋にぶち込まれていたわけだし、二度とティアラには近づきたくなかろうて。
門前で賊のリーダーが問う。
「あんたの名前……ランマルだったか。覚えておく」
「ぁあ?」
あーそっか! 隊長が名前をバラしまくってたけど、マール語だからわかんなかったのか!
「ふん。もう会うことはないだろ」
鼻で笑うと、ジーオは二度とかかわりたくないといった顔を見せた。それでいい。
彼らは軽く会釈すると、仲間と共に去っていった。
「やれやれ……」
大きくため息をつき、事が片付いたことに安堵していると、
「ランマル……いや、瑞樹さん」
「はい?」
クールミンの声に振り向く。
「話は変わるんですが、瑞樹さんにお願いしたいことがあるんです――」
「お願い?」
「はい」
カートン隊長も何かと彼を見やり、クールミンは用件を切り出した。
◆ ◆ ◆
二頭の馬に先導された二台の馬車が、フランタ市の西門を出た。
避難民とその護衛――に偽装した、ダイラント帝国の偵察部隊、ジーオ隊長率いる十五名の兵士である。
提供された『ドラゴンの肉片』をパンや酒と一緒に箱に詰め、食料品に偽装しての運搬だ。
兵の一人が、呆けているジーオ隊長を気にかける。
「隊長、お身体は大丈夫ですか?」
部下の心配に、表情を緩めて応える。
「ああ、大丈夫だ。それよりお前たちはどうだ、なんともないか?」
互いの顔を見渡すと、みんな頷いた。
「セース、お前も本当に大丈夫か?」
「――はい」
二度の気絶を食らわされた彼は精神的に参っているのは明らかだったが、隊長の言葉に気丈に振る舞った。
部下に目を配ると、皆ショックを受けている。
それもそうだ……なんせ『何をされたかまったくわからない』という見事なまでの完敗っぷり。しかもたった一人にだ。
普通、昏倒させられる場合、みぞおちや後頭部を殴打されての気絶が一般的。
しかしそういった行為を受けた形跡はない。どこも痛むところがなかったからだ。地下牢に捕らえられている間ずっと何をされたのか疑問だった……。
ところがあの覆面の聖職者が仲間の一人の身体を触った瞬間、そいつは崩れるように意識を失った。
これか! 俺たちが食らったものは!!
――だがさっぱりわからない。
奴は何をした? 触っただけで気絶させる技……そんなものは見たことがない!
魔法……いや、詠唱した形跡もなかった。それに奴は聖職者の恰好だったし魔法士ではない。
あいつは一体何者なのだ!?
「そういえばあいつ、ジールランド語をしゃべってましたね。驚きました」
「……そうだな。まさか他国で聞くことになるとはな」
「奴は俺たちの国の出身でしょうか?」
少し考えを巡らせたのち、首を横に振る。
「お前ら、俺の言葉には少しなまりがあるのを知ってるだろ」
兵たちは互いを見合い、指摘していいのか気にしつつも肯定するように頷いた。
「昔、兵学校で『田舎者ッ!』とバカにされてな、必死になまりを消そうと頑張って、それでも少し残ってるんだが――」
顎に手をやり皮をつまむ。
「奴のしゃべりには、俺の地元の連中に負けないすごいなまりがあった」
視線は正面を見据えているが、彼の脳裏に映っているのは昔の故郷の映像だ。
牧歌的な田舎の風景……子供の頃、父と遊んだ記憶だ……。
「まるで親父と話をしているような気持ち悪さだった……」
思わず顔を手で覆う。
ふと、聖職者が言っていた言葉を思い出した。
「そういえば、奴は自分が何をしゃべっているかわかってないふうだったな……『俺は何語をしゃべってるんだ?』と」
「それはどういう……」
「……知らずに相手の言葉を話している感じ……とでも言うか」
兵たちは、隊長の言っている意味が理解できないのか、互いをチラチラと見やる。
「奴はその……ジールランド語を知らないのにしゃべった……ってことですか?」
「わからん…………わからんな」
大きく首を振って自分の考えを否定する。
「そんなことあるはずがない! 奴は俺の理解を超えている。気味が悪い!」
知らない言葉をしゃべるなど実にバカげている。
考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ……もう考えるのをやめよう。
「では隊長、今回の件……どう報告するんです?」
「決まっている。『ドラゴンの肉片を回収した』……それだけだ」
隊長の言葉に兵たちも気づかされる。
敵に捕縛され、国の事情を暴露して肉片を提供された――そんな話できるわけがない!
触っただけで人を昏倒させる覆面の聖職者――そんな話一体誰が信じる?
気落ちしている仲間を隊長が労う。
「素材は違うが無事任務を達成したんだ。それでいいじゃないか!」
ふっと隊長が笑うと、つられて兵たちにも笑顔が戻った。
よく知らぬ国に捨て駒のように送り込まれたけれど、誰一人欠けることなく帰還できるのだ。そのことを素直に喜ぶべきだ。
馬車の後ろを過ぎゆく風景を目にしながら、故郷のジールランドとは違う、少し暖かい異国の空気を肌で感じつつ、彼らは帰国の途に就いた。
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