177話 賊の正体と潜入の目的
クールミンが通訳担当者を連れてきた。
リーダーの手錠を前手錠に付け替えて、カートン隊長による尋問を開始した――
彼の名前はジーオ。彼らはダイラント帝国の潜入部隊で、ジーオは部隊の隊長である。
この度『ティアラ冒険者ギルドからドラゴンの牙の奪取』を目的に侵入したという。
理由は知らされなかったのだが、出立前に伝手から情報を得ていた。
牙を欲した理由は、帝国の威信回復のためだという。
過日、ドラゴンがマルゼン王国のフランタ市を襲撃したという情報が帝国にも届いた。
その事実により、年始に発表した『ドラゴン襲撃はデマ』という情報が嘘だと大陸全土に知れ渡り、さらに帝国の都市が壊滅した事実もバレてしまい、国の威信が著しく失墜した。
しかも同じ襲撃を受けたにもかかわらず、マルゼン王国ではドラゴンを撃退し、なんと牙と鱗の戦利品を得たという。
都市を壊滅させられただけの帝国、ドラゴンを撃退してみせた王国――このままでは『ダイラント帝国はマルゼン王国に劣る』という風評が広まってしまう。
そこで帝国は、ドラゴンの戦利品を奪取することを計画する。
威信回復の手立てとして、『被害は甚大だったが、帝国も撃退に成功していた』と、戦利品を掲げて喧伝することにしたのだ。
諜報活動の結果、ティアラ冒険者ギルドに牙の一部がまだ保管してあるという情報を得たので、彼らが派遣されたという。
「なるほどね……」
おいおい帝国さんよぉ……あんたら最初に「デマ」つってごまかしたくせに、それを今更「ホントは撃退してたんだっぴょん」って言うわけ? バカじゃないの?
信じる奴なんかいねーだろ! …………いないよね? ……いるのか?
いや……自分たちがそう信じたいっていうのもあるのか。国内向けのプロバガンダっていう。
聞けば実にアホらしい内容だが、国のトップとしては真面目に考えた作戦なのだろうな。
「それはそうと、あんたに一つ聞きたいことがある――」
「……?」
「うちのエルフを襲う気だったか?」
すると彼は目を見開いて首を振る。
「いやしない! エルフには手を出さない!」
「ホントか?」
「エ……『エルフには手を出すな』と厳命されている」
おっとぉ? 厳命? 意外な内容に二度ほど目をパチクリさせた。
「なんで?」
「『エルフに手を出すと国が亡ぶ』と言われていて……少なくとも上の連中はそう信じている」
「――は? なんで?」
「それは知らない。言い伝えか何かだと思う……」
隊長に今の話をして確認する。
「そんな話、知ってます?」
「……いや知らん。クールミン、お前は?」
すると彼は視線を下げ、何かを思い出す素振りを見せた。
「そういえば魔法学校の教授の誰かが、そのようなことを言っていたような記憶があります。ずいぶん年配の教授ですが……」
「どんな内容です?」
「いえ、私も内容までは。その教授も『そういう文献を読んだことがある』程度の話でしたので……」
思わぬエルフの情報に驚きを隠せない。
エルフに手を出すと国が亡ぶ……ティナメリルさんにちょっかい出すと国が亡ぶってこと?
あの、自分がなぜここにいるのかもわからない、生きる気力も失いかけてたお婆ちゃんエルフがですかい?
何だろ……スーパーノヴァ級の爆発でも起こすのかな? まあ冗談だけど……。
とはいえジーオもこの期に及んで嘘は言わんだろう……信じておくか。
「わかった。信じよう」
それにしても、牙か……牙ねー。さてどうしたものか……。
「あんたら国に帰ったらどうなるん? 処刑されんの?」
「……おそらくな」
「そしたらまた牙を奪いに別の奴らが来るの?」
「…………本国の連中は来んだろう。また別の占領した地域の兵士を出すんじゃないか?」
「どゆこと?」
聞けば彼らはキールランド出身の兵士だという。
占領された地域の兵士は扱いが雑で、危険な任務に就かされるという。
今回の任務が危険と判断された理由は、『ドラゴン撃退の戦力が不明』だったせいだ。
帝国の諜報活動においても、どうやって撃退したのかがわからなかったという。
都市一つ丸々壊滅させるほどの魔物を撃退に追い込める戦力相手に、生粋のダイラント帝国人は出せないということらしい。
元々、彼らは北のほうの他国への潜入任務に従事していたのだが、それをいきなり南のマルゼン王国への潜入を命じられたのだ。
ほとんど情報を持たされない状態での潜入任務、ずいぶん無謀な任務だなと得心がいかずに歯噛みする。
しかし彼らは命令には逆らえないし、断れば即処刑もあり得る立場だという。
とはいえジーオ曰く、自分たちは部隊としての実力はどこにも引けを取らないと自負していて、今回の任務も成功すると確信していた。
それがこの始末……自分はどうなってもいいが、仲間だけは解放してほしいと懇願した。
「うーん……」
正直、彼らの事情なんぞ知ったこっちゃないが、占領された国の悲哀を聞いてしまい、同情心がほんのちょっぴり湧いてしまった。くそっ、聞かなきゃよかった……。
話がホントか嘘かはわからないにしても、彼らを処刑しようが解放しようが、どのみちまた別の部隊がやってくることが濃厚なわけだ。
帝国も、威信を保つためなら人の命なんざ屁とも思わんっぽいしなー。
俺は腕を組み、しばらく考え込んだ。
水に濡れた床を目にする――石畳の床がべっちょりと濡れて薄汚い。……べっちょり……汚い……。
そういえば……もう一つあったわ。
「あっ! ドラゴンの素材は牙じゃなくてもいける?」
うな垂れていたジーオは、その言葉にやおら頭を持ち上げた。
「ティアラにな、『ドラゴンの肉片』があるんだよ」
彼に思いついた筋書きを話す――
ティアラに侵入するも牙はなく、ドラゴンの肉片が保管されていた。
しかもそれは、エルフの古の魔法がかけられており腐敗もしていない。魔法の話はエルフとの不意の遭遇で聞き出したことにする。
量もそれなりにあり、肉片には黒褐色の皮膚もついている。これなら『ドラゴン撃退の証拠だ』と喧伝できるだろう。
さすがに牙をくれてやるわけにはいかんし、使い道に困っていた肉片ならやっても問題ない。帝国はとにかく『ドラゴンの何か』があればよいはずだ。
「腐敗していないことは保証する。肉片のこともエルフから聞き出したと言えば帝国の連中を信じさせるには十分じゃない? 素材は本物だし、エルフと遭遇した奴もいる。それで話を作れるでしょ」
ジーオはしばらく考え、仲間のほうを見やる。
意気消沈の仲間の顔に、手を打つべきと判断して「わかった」と了承した。
「てことで隊長、こいつら一晩ここに置いて、明日の朝、釈放ってことで手ぇ打ちません?」
「なんだって?」
「いやー、だってこいつら返さないとまたティアラが襲われるし……」
隊長は渋い顔をして腕を組む。
少し考え込むと、大きくため息をつき、不承不承ながら俺の案に賛同してくれた。
話はまとまり、明日、肉片を受け渡して解放するということに決定した。