176話 ランマルによる尋問
防衛隊地下の牢屋。
じめっとした空気が漂い、空気が淀んでいるのかとても臭い。
飲み屋街のドブ臭さに排泄物の匂いが混じったカオスな芳香に鼻がひん曲がりそうになる。
バザル隊長が先導して階段を降りるが、足元をしっかり見ていないと滑りそうで危ない。
地下牢は、幅四メートルぐらいの通路の両サイドに鉄格子の大部屋が六つ。あまり広くない……うちの大会議室くらいか。
捕らえた賊は二つの牢に分けて収監されているが、暗くてよく見えない。
ふむ……じゃまずは先制パンチっと――
《詠唱、灯りを》
神聖魔法の『光の魔法』を唱えた。
するとおでこが光り……いやおでこの前が光り、室内が一気に明るくなった。
「うわっ!?」
「な、なんだ!!」
目に光が入らないように手をかざし、牢屋内を確認する。
賊も、あまりの眩しさに一体何事かと目を逸らした。
《消灯》
いきなり蛍光灯並みの明るさにビビっただろう。目くらましを食らったようなもんだからな。
さてと……カートン隊長に振り返り、賊のリーダーを連れ出してと告げる。
「おいッ、今のは?」
「聖職者が使える『光の魔法』です。このランマルは凄腕の聖職者でございますので」
胸に手を当て、自分で凄腕とアピール。賊の連中にも凄腕ってことを伝えておかないとな。
バザル副隊長が賊のリーダーを連れ出し、鉄製の椅子に座らせる――が、ふとあることが気になった。
「――こいつらって身体強化術が使えるんじゃないですか?」
後ろ手の手錠は頑丈そうな鉄製。引きちぎるのは無理そうではあるが……。
「クールミンの見立てでは『全員使えるだろう』ということだ」
「……見立て? だろう?」
俺とカートン隊長が、クールミンに目を向けると説明してくれた。
魔法学校で行う『マナの循環』の訓練の応用で、人に接触してマナの循環を行うと、自分のマナがスッと相手に入るかどうかがわかるという。
彼ら全員、何の抵抗もなくマナが循環したうえ、どう見ても魔法士には見えないので『身体強化術が使える』と判断したわけだ。
「ふ~ん……」
いきなり魔法の重要情報ゲット!
とはいえ今はそれどころじゃないので、そのうち詳しく聞くとしよう。
「大丈夫なんですか? その……手錠とか椅子とか」
「大丈夫だ、問題ない」
「…………」
その発言って壊されるフラグなんだよなー……とか思ったり。
椅子への固定が完了し、バザル副隊長がコクリと頷いた。
「カートン隊長、ちなみになんで彼がリーダーだってわかるんです?」
「雰囲気だ」
……わお。
さてと――
椅子に座らせた、たぶんリーダーな人物に語りかける。
「私は冒険者パーティー“ホンノウジ”のランマルと言います。あなたの名前は?」
俺が自己紹介すると突然、賊のリーダーが驚愕の表情を浮かべて固まった。
他の連中も一様に顔色を失い、ざわざわとざわついた。
「どうしました? 何か不満でも?」
少しつっけんどんな物言いで対応する。
何だろう……胡散臭そうな聖職者に質問されてびっくりしたのかな? と思っていると、
「おい……みず……ランマル、お前その言葉はなんだ?」
「ん?」
隊長の声に振り返ると、クールミンもバザル副隊長も驚いた表情をしていた。
「――あッ!!」
すぐにわかった。もう何度もやらかした出来事だ。
「なーあんた、私がしゃべっているのは何語だ? 通じてるんだろう?」
「――――ッ!?」
俺の質問に明らかに動揺している。
「何語かって聞いてんの? それくらいは教えてくれてもいいだろ。通じてるのわかってんだから!」
すると賊のリーダーは、困惑したように口を開いた。
「…………ジールランド語……だ」
「ジールランド語?」
初めて聞く言語名だ。
「隊長、ジールランド語って知ってます?」
三人の反応が鈍い。
俺が初見で聞いたこともない言語で賊に話しかけたからだ。
「――隊長?」
「あ、ああ」
カートン隊長も俺が外国語を話せることに呆気にとられたようだ。彼が動揺するさまは何となく気持ちいい。
俺の問いに隊長はクールミンに向いた。ん……彼が知ってんの?
「たしか……ダイラント帝国の北のほうにある元小国です。昔、帝国に攻められて併合されたとか……」
「クールミンさん、詳しいんですか?」
「魔法学校で大陸の歴史の授業があるんです」
「おー!!」
さすが学校出は違うな。
すぐに賊のリーダーに向き直って尋ねる。
「あんた、ダイラント帝国の人間なのか?」
俺の言葉を聞いた彼は、また驚きの表情を見せた。
まあそうだろう……今度はダイラント語で話しかけたからな。
「み、みずき……お前、ダイラント語も話せるのか?」
ゆっくり振り返り、隊長を睨む。
「――チッ、ラ・ン・マ・ルです!」
「ああすまん、ランマル」
存外、対応力がないなこの人は……。
「おい、ダイラント語は話せるのか?」
賊のリーダーはコクコクと頷いた。
どうやらジールランド語を話せる人物がよほどショックだったのか、俺の質問に即座に反応した。
「まあ、どっちで話してもいいんだが、せっかくだしジールランド語にしとこうか。あんたの故郷の言葉だろうしな」
ふっと鼻で息を吐く。
俺の言語翻訳は、特に指定しないと相手の一番なじみ深い言語を選択するらしい。
自分が生まれ育った町や村の言葉を異国の地で聞くことは、かなり心に響くものだ。ティナメリルさんがそうだったように……。
「隊長、ジールランド語で話します。まずは『何が目的か』聞きますね」
「わかった」
なるほど、隊長の尋問に答えなかったのはマール語が話せなかったってことか。……いやでも全然話せないで商団に偽装するのは結構無謀じゃね?
ふと牢の仲間を見やる。
彼らの中にカタコトぐらいは話せる人物でもいたのかもしれない……まいっか。
「んじゃ聞くが、ティアラに侵入した目的は?」
途端、我に返り、だんまりモード。
こりゃマール語が話せてもしゃべらないな。完全黙秘か……。
よかろう、わからせタイム発動だ。
「あんたら二、三人ずつに分かれてティアラの裏手に集合したでしょ」
彼らの行動の一部始終を細かく話す。
「――で、いざ忍び込もうとしたとき、広場の建物にびっくりしてたっしょ。知ってんだから!」
思い出した……こいつが指示をとばしていたな、たしかにリーダーだ。隊長の直感もバカにならんな。
賊のリーダーはじっと黙ったまま俺を見据えている。
「で、えーっと……」
牢の中の人物を見渡して指さす。
「そうお前、お前だ! お前が建物を調べに行って、『住屋だと思います』って隊長に報告したんだよな」
俺の顔は見えないが、小馬鹿にするように笑った表情は隊長にはわかったはず。
賊のリーダーは動揺を隠すように口をギュッと噛みしめる。しかしゴクリとつばを飲み込む仕草が見えた。
そらそうだろう……こそこそ話していたはずの内容を知られているのだ。
頭の中では『なぜ内容を知っている?』『どこで聞いていた?』『そんな間近にいたのか?』と混乱しているに違いない。
「あれはな……『風呂場』っていう施設なんだよ。知ってるか? まあダイラント帝国にはないから知らないか、ハハハ」
ここで新たな情報を与え、混乱に拍車をかけさせる。
小馬鹿にした態度にムカついたのか、隊長はちょっと悔しそうな表情を見せた。うむ……効いてる効いてる。
「あんたらのしてたことは最初から全部、まるっとお見通しなんだよ」
まあ嘘だけど。
顔を近づけて、自信満々に賊のリーダーに言い放った。
「まあそんなことより――」
じゃあトドメといきますか。
「あんたらが一番聞きたいことは……『なぜ気づいたら牢屋の中にいたのか』ってことじゃないか?」
図星を突かれ、全員が身じろぎするのが見てとれた。
ふっと鼻で笑い、侮蔑するようにニヤリとする。まあ表情は見えないが……。
昨晩、彼ら十五人全員を『雷の魔法』で感電させて一瞬で気を失わせた。しかも『隠蔽の魔法』で近づいているので姿も見ていない。
誰に何をされたかすらわからないまま、牢屋にぶち込まれたわけだ。不思議に思わないほうがどうかしている。
それを指摘したということは……つまり俺がその張本人だと知ったわけだ。
「バザル副隊長――」
もう一人牢屋から出してリーダーの横に立たせてもらう。
「あんたはたしか……倉庫にいたな?」
男は覆面の俺をじっと見て、怯えた表情を見せている。
「奥のほうを捜索し『草しかねえな……』と、ぶつくさ文句を言って仲間のところへ戻ろうとしたとき気を失ったんじゃないか? そう……こんなふうに――」
そう言って肩をポンと叩く。
その瞬間、男は白目をむいて力なく崩れ、今度は支えなかったのでドサッと大きな音を立てて床に倒れた。
「セース!」
賊のリーダーは思わず男に目をやり名前を叫んだ。
唖然とする仲間たち。
男の気絶するさまを目にした彼らは、半開きの口を震わせながら固まっていた。
「瑞樹! お前……それ、殺したのか?」
「んー?」
カートン隊長がかなり興奮気味に叫んだ。
まあ動揺するのもわかる。
なんせ初めて目にしたわけだからな――『無傷で敵を倒す魔法』を。
おそらくピンときたのだろう。
町で冒険者四人を倒した方法……休息日に犯罪者が昏倒していた理由……は、これだ……と。
振り向いて右手で「ちょい待って」のポーズをとる。
「別に、あの場で殺してもよかったんだよ。お前らの目的なんかに興味ないし、賊なんか生かしといていいことないしな」
ふんと鼻を鳴らして彼らを見渡す。
「たださー、ダイラント帝国の人間ってことは、ただの物盗りってわけじゃないんだろ? なんか事情があるんでしょ?」
リーダーを見下すように見つめると、彼の目にも恐怖が感じられた。
図星とは言わないまでも、何かしらの事情はあることを見抜かれたと思ったのかも。
「こんな異国の地で仲間全員、死なせてもいいのか? え? リーダーさんよ」
リーダーは即座に仲間のほうに目をやった。
完全に打ちのめされたのか、屈強そうな男たちが皆、怯えた子犬のようだ。
彼は逡巡しているのかまだ口を開かない。よほど言いたくないのだろうか……。
呆れてため息をつく。
バザル副隊長にもう一人牢屋から出すように告げると、賊のリーダーは慌てて口を開いた。
「――わ、わかった……話す。だからやめてくれ!!」
「ん、わかった」
振り返ってカートン隊長に告げる。
「彼、話すって。防衛隊の人でダイラント語を話せる人います?」
「…………」
「隊長!」
「あ、ああ……」
どうやらカートン隊長にも一泡吹かせてしまったようだ、ふふん。
隊長はクールミンに指示を出すと、パタパタと慌てて飛び出して呼びに行った。
「おい、こいつは死んだのか?」
「あ、いや生きてますよ……たぶん」
カートン隊長の問いに俺も不安になり、男の胸に耳を当てて心音を確認する――うむ、動いてる。
「気絶してるだけです」
同じ内容を賊のリーダーにも告げると、ホッとした表情を見せていた。