175話
翌朝。
ギルドに出社した職員たちは、周辺を警戒する衛兵の姿に驚いた。
何事かと不安な様子に店内に入ると、あちこちが荒らされたような有様を目にして絶句する。
一足早く、俺とリリーさんが出社していたので、皆が俺に聞きに来た。
「賊が侵入してました」
「賊!?」
詳しい説明はあとでと言い、盗られたものなどがないか確認してもらう。
本日は閉店とし、ギルド長は全職員をフロアに集めた。
「瑞樹!」
「はい」
前に進み、ギルド長の横に立って説明する。
「昨晩、2時過ぎにティアラに賊が侵入しました」
皆がザワッとした。
「全部で十五名。目的は不明ですが、本館、別棟、倉庫を捜索していたので、捕縛して防衛隊に引き渡しました」
「よく気づいたな!」
ギルド長は俺が賊を発見したことに「お手柄だな」という表情を見せる。
「いや、まあ……起きてたので……」
歯切れの悪い返事に経理の三人はぷっと噴き出し、ラーナさんとキャロルは笑いを堪えている。
他の職員もくすくすと笑う。
リリーさんは皆からの視線を感じ、顔を真っ赤にして恐縮していた。
そのあと、ギルド長が各部に報告を求めると、特になくなったり壊された物はなかった。
賊も破壊工作が目的ではなかったらしく、荒らされ具合も比較的おとなしめだったらしい。
「今日は休業にする。清掃や片付けが済んだらみんな帰宅してもらっていい。明日からまた頼む」
「はい」
皆、自分の部署に戻った。
表に防衛隊のバザル副隊長が来ていたので入ってもらい、ギルド長室で報告を聞く。
副ギルド長のティナメリルさん、主任、それと俺も参加した。
「賊の集団は商団を偽ってフランタ市にやってきたようです」
西門の衛兵の中に、連中の顔を覚えている者がいた。
現在、フランタ市の防衛隊はドラゴンの襲撃により死者を出し、人員が大幅に減っている。
加えて復興のための輸送などで商団などの出入りも活発化しており、チェックも甘いのが現状だ。
もっとも賊のほうも、商業ギルドの免許を持ち、商品も運び入れていた。
きっちりと偽装していたので発見は無理だっただろう。
「――で? うちには何が目的だったんだ?」
「それが……一言もしゃべりません」
カートン隊長が尋問するも、じっと口を閉じたままだという。
「この国って拷問とかするんですか?」
俺が尋ねると、殺人などの凶悪犯なら多少は……ということらしい。
「今回のこれって、どれくらいの罪になるんですか?」
「そうですね…………明らかに窃盗ですが未遂ですし……」
「でもティナメリルさんは襲われかけたんですよ!」
「実際には襲われてないんですよね?」
「そりゃ未然に防いだからです。俺が来なきゃ乱暴されてたかもしれないじゃないですか!」
ムッとしてまくし立てると、ギルド長が落ち着くように諭した。
「それを付けたとして、数か月の苦役ですかねー」
うーむ、わりとまともな罰だな。さすがに処刑はないか。
「それにしても、目的は何でしょうねー」
金目的にしては、あちこち探しまくっているのが気にかかる。
気づくと皆の視線が俺に向いていた――
「……何です?」
「あれじゃないか? ドラゴンの……」
「――あーッ、牙か!」
ドラゴン撃退の戦利品のうち、大きな牙と鱗一枚は領主に、鱗二枚はカートン隊長とアッシュに、小さい牙二本と肉片がティアラにあるのだ。
「牙は今、どこにあるんだ? 瑞樹」
「ん? あーっと、更衣室に突っ込んだままですね」
「更衣室!?」
ランマル変装セットを手に入れたあと、片付けついでに更衣室の棚に放り込んだままだった。
「どうするか考えてるうちに忙しくなったので……そのままでした」
「なるほど……」
重要素材の扱いの適当さに、皆、呆れた表情を見せていた。
ティナメリルさんは相変わらず関心なし。
「――そういや牙の情報ってどっから漏れたんでしょう……」
経路はいくつか考えられるがかなり細い線だ。
うちで目にした職員、運んだ隊員、あとは領主か。大きいのを持参したときに「他にある」と言った気がする。
まあ別に知られてても構わなかったのだが、まさか盗みに入るとは思ってなかった。
「それに十五人って多くないです? 結構ガチ目に盗みに入ってますよね」
よほどドラゴンの牙が欲しかったとみえるが、賊が何も話さない以上、いくら理由を考えてもわからない。
とりあえずこのあと、防衛隊本部に俺が出向いて事情を聞いてくることにした。
「バザル副隊長、先に戻っててもらえます。ちと準備していくので」
「わかりました」
彼は敬礼して退出した。
10時過ぎ。
防衛隊本部の近くまで来た。
小脇にランマル変装セットを抱え、普通のギルド職員として町を歩いてきた。
最近、目ぇつけられだしたということだし、日中は目立つ行動は控えていきたい。
建物の陰でこそこそと着替えると、『隠蔽』を発動して門番に近づく。
「あの……」
「!?」
突然、真横に出現した覆面姿の聖職者に、門番は飛びのくように驚いた。
「うわぁあ!!」
「冒険者パーティー“ホンノウジ”のランマルです。カートン隊長に今朝のティアラの件で会いに来ました」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、俺を見たまま固まっていた。
「ど……えっ? どこから?」
「入れてください」
じっと門番を見つめると、「ど、どうぞ……」とうろたえながら通してくれた。
司令部でカートン隊長、クールミンと面会、バザル副隊長と再開してコクリと頷く。
「彼らはどこに?」
「地下の牢屋です」
「ふぅ~ん……」
隊長から状況を聞くも、まったく進展はないという。
話せば罰も軽いと諭しても、何も聞こえない……みたいな態度を取っているという。
「どうもな、ただの賊ではないと思う」
「……というと?」
「そうだな、兵隊経験者かそれに準ずる組織……うちらみたいな」
「わかるんです?」
「鍛えられた体つきと目つき、あとは醸し出す空気だな……兵士特有の」
「へえ~……」
さすが、俺を取り調べるときに怖いオーラ出してただけはある。
多くの取り調べをしてきた経験からくるのだろうな。
「――あの……私が取り調べしてもいいですか?」
隊長の眉間にしわが寄る。
「ダメに決まってるだろ!」
まあそらそうだわな。なんせ部外者だしな。
だが聴取が進まずに困っているのも事実。ちょいとその辺りをくすぐってみるか。
「でも口割らないんでしょ?」
「…………」
「拷問もしないっていうし。バザル副隊長に聞きました。隊長はそういうの好きそうに見えませんもんねー」
隊長がバザル副隊長をじろっと睨むと、彼は目線を反らして口をギュッと閉じた。
副隊長は口が軽いとは思わないけど、俺が聞くことは何でも答えるもんね……忠犬ハチ公だし。
「――お前、経験あるのか?」
「ないない!」
大きく手を振る。
「けど相手をビビらすことはできるので、それ見せたら口を開くかも……」
口の端をちょいと上げて、ずるがしこい笑みを見せた。
カートン隊長はしばし俺を見据えると、諦めたように息を吐いた。
「――わかった」
「ありがとうございます」
よっしゃ折れた!
俺は被害に遭ったギルドの職員だし、何かしらの情報を持っていると踏んだのかもしれない。
賊は一言も口を利かないし、何かのきっかけになれば……ぐらいに思っているのかも。
ま、何でもいいさ――
俺としては、賊がドラゴンの牙が目的だったかは正直どうでもいい。
聞きたいことは、『ティナメリルさんを襲うつもりだったか』が問題なのだ。
実際、賊に見つかっていたし、ヘタすれば殺されていたかもしれん。
……考えただけでも気が狂いそう。
そのことは意地でも口を割らせて確認しないと。
もし露ほどでもその気があったのなら…………まあ、道中気をつけたほうがいいかもね。
んなことを考えつつ、案内されて地下の牢屋に四人で向かった。