174話 賊がティアラに侵入
フランタ市内、真夜中深夜。
人気のない通りを、月明りに照らされた人影が動く。
彼らの見た目は、商人や荷下ろしの使役人の恰好をしているが、もちろん生業は違う。
とある目的のためにこの町に侵入した集団――ジーオ隊長率いる十五名のダイラント帝国の隠密兵たちである。
数名ずつで人目につかぬように市内を移動し、ティアラ冒険者ギルドの旧広場近くに到着した。
「見回りが結構多いですね。途中ヒヤヒヤしました」
「あちこち人のいないところもあるからな。不審者のたまり場にされても困るだろ」
「俺たちみたいなのですか?」
部下の軽口に鼻で笑う。
「……そうだな」
薄暗がりで見る仲間の表情にやる気を感じる。信頼されている証だと思う。
帝国からの命令を受け、占領された国の兵である自分たちは、ほとんど捨て駒のような扱いで送り込まれたのだ。
何としても任務を達成して無事に皆を返してやりたい。
路地裏の暗闇に潜み、点呼を取ると作戦の確認をする。
目的は『ドラゴンの牙を回収』すること。長さは五十センチが二本。鱗もあればそれも回収。
本館を五名、旧館を四名、倉庫を三名で捜索。金庫室を最優先。
人と遭遇しても殺すのは禁止。牙以外は盗るな。
残り三名は衛兵の見回りの警戒、見かけたら口笛を鳴らせ。
「あと最後に、『エルフと出会っても絶対に手を出すな』……いいな?」
皆、黙って頷く。
「もし出会ったら『ドラゴンの牙を探している』と正直に言え。おそらく無視してくれる」
「――もし叫ばれたり、人を呼ばれたら?」
部下の問いに口ごもる。
命令でそう受けただけで、自分もエルフなんぞに見たことも会ったこともない。
耳が長くて容姿端麗、人のすることに無関心らしい。なので巻き込まなければ大丈夫なはず――
「口を塞いで手荒な真似をせず、静かにするように懇願しろ。あと俺を呼べ」
指示を聞くと全員頷いた。
「では行くぞ」
路地裏を出ていざギルド裏の旧広場へ。
ところが広場の一角に、見たことない小屋が建っているのを彼らは目にした。
隊長が手で制止する。
本館と旧館の角、目隠しの衝立が施され、外から建物が見えないようになっている。
入口にはランタンが灯されており、このままいくと姿がバレてしまう。
「隊長! あれ何です?」
「――っ、いや、聞いていない! 情報にはなかった!」
全員腰を下げ、陰に潜む。
さっそくこれだ……話と違う出来事に遭遇するのはお約束。帝国の情報はいつも当てにならない。
「……住屋……ですかね? 煙突らしきものが見えます」
隊長は判断に悩み、振り返って部下を見やる。
一人指さすと、「様子を見てこい」と指で指示した。
部下の男は建物沿いを進み、風呂場の裏手に着くと、静かに近づき偵察する。
木でつくられた小屋で、床下が少し空いている。
外に釜を見つけた。円柱形の釜……その上で煮炊きするような仕組みではなさそう。
パッと見、何を目的としたものかがわからなかった。
「人の気配はありません」
「何の小屋かわかるか?」
「……わかりません。住屋だと思われますが、何やら水の入った大きな桶が外に張り出してあります」
水桶……そういえばそこに井戸があるな。
ということは飲み水などを溜める桶ということか。なら住屋だ。
ドラゴンに襲撃を受けた町だし、仮住まいの小屋でも建てたのだろう。
「――どうします?」
あまりグズグズはしてられない。人気がないというなら無視して構わないだろう。
それにあんな掘っ立て小屋に、重要なドラゴンの牙を置いたりはしないはずだ。
「放っておく。時間がない、急ぐぞ!」
それぞれに分かれ、ドアのカギを解除すると静かに侵入した。
倉庫に侵入した三人は、窓のない建物ということで、ランタンを掲げながら棚を確認する。
「――っ、草ばっかだな」
一人がここは薬草の棚だとわかるととって返し、別の場所の捜索に移ろうとしたそのとき、仲間のランタンが動いていないのに気づく。
「……おい、あったのか?」
囁くような声で仲間を呼ぶ――しかし返事がない。
訝りながら灯りのところへ向かう。
「どうした……何やって――」
男の意識は文句を言いかけたところで途絶えた。
別棟に侵入した四人。
二人は地下室へ向かい、一人は一階の職場、一人は二階の各部屋を探索する。
足音を消して階段を上がり、部屋の端から調べていく。
客間らしき部屋には人はいない。次に開けた部屋は……どうやら上長の執務室らしい。
中へ入りざっと調べる。
棚、書類棚、机、見渡しても特にそれらしき物はない……ハズレか。
静かに部屋を出てゆっくりドアを閉める……と突然、隣の部屋のドアが開いた――
「……誰?」
女性の声に、男は心臓が飛び出るほど驚いた。
思わずランタンを向ける。
灯りに照らされた人物――白い衣装に長い金髪、そして顔の横には長い耳……エルフだ!!
「――ッ!!」
その場に固まってしまい声が出ない。まさか遭遇するとは思っていなかった。
隊長から言われていた指示を必死に思い出す。
「あ、い……き、牙を探している。おとなし――」
男の意識はそこで途切れ、身体が崩れ落ちる……が、後ろに別の男が立っており、物音を立てないように倒れる男の身体を支えた。
静かに廊下に寝かせ、ランタンを手に取り掲げると、背後にいた男の顔が浮かび上がった。
「――瑞樹?」
◆ ◆ ◆
「ティナメリルさん!」
薄明りに浮かび上がる白のワンピース姿。美しいお顔には驚いた様子は見られない。
「どうやら賊が侵入してるようです。部屋に戻っててもらえます?」
俺の指示に彼女は小さく頷くと、静かに部屋へ戻った。
二階を先に確認に来てよかった。ちょうどティナメリルさんと賊が鉢合わせたとこだったとは……。
間一髪だったことに安堵した。
……にしてもティナメリルさん、賊と遭遇したのに「キャー」とか悲鳴も上げないのな。
怖いとかいう感情はないのかな。無関心にも程がある。
と、それよりとっとと侵入した賊どもを処理してしまわないと。
残る一階の一人、地下に行った二人を『隠蔽』で近づき、『雷の魔法』で失神させた。
最後に本館。
目を向けると青い玉が五つ……全体的に散らばっている。まあ本館は広いからな。
個別に処理できるのはありがたい。とっとと片付けてしまおう……。
◆ ◆ ◆
ギルド長室を隊長のジーオが捜索している。
引き出しや棚の下の扉を開けて中を確認する――だが空振り。
いまだ部下からの発見報告がない。
どこだ……このギルドにあるはず。
……まさか、あの小屋ってことはないよな?
そのとき、閉めずに少し開けておいたドアが、風で押されたように静かに開いた。
小さくキィっと鳴った音に素早く振り向いた。
「誰だ!?」
声を抑えて尋ねる……が、返事がない。
ドアの辺りは暗くてうっすらとしか見えないが、人の気配がないことに訝る。
――勝手に開いたのか?
警戒するも、誰かが入ってくる様子もなかった。
しばらくドアをじっと見据え、何やら不気味な感じにキョロキョロした。
……何かが変だ。
急ぎ部屋を出ようとしたその瞬間、彼の意識は闇夜に消えた。
◆ ◆ ◆
「――ッ、瑞樹さん?」
「ん?」
宿舎に戻って服を脱いでいると、リリーさんが目を覚ました。
「……どこか出かけてたんですか?」
「んーちょっと。明日、話しますよ」
「何かあった――」
人差し指を彼女の唇に当てる。
「リリーさん、起きましたね?」
「えっ?」
「……ボク~、リリーさんと~~続きがしたいんですけど~……」
掛け布を取り、甘える声で裸のリリーさんに抱きついた。
「……もう、バカッ!」
「それ大好き!!」
リリーさんとの初めての夜に邪魔が入ったものの、その後は空が白み始めるまで二人でしっぽり過ごした。
「まるちりんがる魔法使い」第1巻 2024年9月20日 もうすぐ発売!
予約を開始してます。ぜひご購入のほどよろしくお願いいたします。
※販売リンクは下にあります。
ブックマーク、評価の五つ星をいただけたらモチベアップにつながります。
褒めたら伸びる子なんです。よろしくお願いいたします。