173話 リリーさんとの一夜に……
次の日の朝。
出社したガランドが、朝早く職場にいる俺とキャロルの姿を目に留める。
「おっ!」
俺たちの早い出勤をほくそ笑むその表情は、『ゆうべはおたのしみでしたね』といわんばかり。
彼の「おはよう」の挨拶に、二人して「おはよう」と返す。
照れくささから自然と顔が赤くなった。
キャロルは前髪やポニーテールをしきりに触り、乱れてないかを気にしている。
大丈夫、乱れてないよ……。
時刻が進み、次々とみんなが出社してくる。
リリーさんは少し緊張した面持ちで席に着くと、キャロルに「よかったね」と小さく囁いた。
ロックマン、レスリーと出社し、俺を見て「ふぅん」と半笑い。俺の様子から「うまくいったようだな」と思っているのだろう。
そして風呂から上がってきたラーナさんが登場。俺を見てニヤニヤし、すぐにキャロルとリリーさんを連れて炊事場へ向かった。
女性がいなくなった職場で、ロックマンが俺のほうに身を乗り出す。
「どうだったの?」
「はい。おかげさまで何とか……うまく……」
顔を真っ赤にして答えると、三人は「おおー」と褒めてくれた。
すぐに炊事場から「ひゃあああ!!」という歓声が上がり、他の女性職員が何かと集まりだした。
「キャロルはよかったか?」
「いやもうその……必死で……」
「まあ最初はそんなもんだ」
ガランドがふふっと笑う。
レスリーが腕を組み、俺を見ながら片眉を上げた。
「あー、瑞樹は初めてなんだっけ」
「…………うん」
「意外だな」
「いや、まあその……女性には縁がなかったもので……」
女性にフラれた後遺症を知っているガランドは、俺の様子を少し満足そうに眺めている。
やがて女性たちの声がどんどん大きくなり、話し声がこちらにも流れてきた。
「ねて――の? 朝――てたの!」
「――れ、そんなにすご――」
聞こえてきた内容――『寝てないの? 朝までシてたの?』『彼、そんなにすごいの?』という台詞に、ガランドたちは目を丸くした。
「瑞樹! おま……徹夜か?」
「ブハッ! すごいなオイ!」
「どんだけ張り切ってんだよ! アハハハ!」
三人は呆れるように笑う。
その様子に思わず手で顔を覆い、穴があったら入りたいと身体を小さくした。
キャロルとの初体験――
実にあっけなく終わった。三十秒もたなかったよ……。
ものの見事に瞬殺です、ありがとうございました。
だってさ……女性を抱いたの初めてなんだもん。
しかも美人でかわいいキャロルが相手とくりゃあ、チェリーボーイなんざイチコロさ。
想像してた一億倍よかった。
だけども自分だけ満足しちゃった感じに、申し訳ない気持ちになってしまった……。
しかーし!
御手洗瑞樹二十二歳、元気爆発ヤりたい盛り。そのまますぐに二回戦突入!
今度は丁寧に彼女をいたわり、絶頂に達するのを必死に我慢して、ちゃんと彼女を満足させられた。
そのことに安堵するとともに、俺でもちゃんとできたんだ……と自信もついた。
……で、いったん休憩。
回復のために少し休んでたんだけど、このとき――
『精力ってヒールで回復するんじゃね?』
って思いついちゃった!
精液を放出しちゃったから賢者タイムが訪れるわけで、ヒールで回復したら精液も生産されるのかなーと……。
てことで試しにこっそり自分にヒールをかけてみた――
《詠唱、大ヒール》
途端、すぐにムラムラっと性欲が湧くのがわかった。思わず「あっ」って口に出ちゃうぐらいに下半身が元気になったのだ。
ビンゴ! ヒールで精力は回復するのだ。
そのことに感動しつつ、ふと火照った裸のキャロルを目にすると、そっからはノンストップ――
もー止まりませんでした!!
二人して行為に耽り、気づくと夜が明けていた。
外が白み始めた頃にちょっとだけ二人でウトウトと眠っただけだという……。
「さすが……ドラゴンと戦える漢は違うなー!」
「そういうわけでは……」
三人は声を押し殺して笑う。
からかわれることが大人の仲間入りをした感じに思え、少しむず痒かったが誇らしくもあった。
主任が出社すると、彼女たちも戻ってきた。
キャロルは真っ赤な顔を手で仰いでいる。こりゃ根掘り葉掘り聞かれて全部話したな……。
ラーナさんは俺を値踏みをするような目で見て、満足そうに笑みを浮かべている。合格点かな。
リリーさんも顔が真っ赤。おそらく皆に「次はアンタね……」みたいなことでも言われたのだろうか。
俺は三人の様子に照れつつも、彼女たちに失望されなかったことに内心ホッとした。
終業間際。
リリーさんを通路に呼びだし、昨日のキャロルと同じように話す。
「今日、うちに泊まるの、いい」
「……はい」
彼女は照れながら小さく答えた。
心なしかとても嬉しそうに見えるのは、俺のスケベな都合のいい解釈だろうか……。
そして終業後、二人で食事を済ませてから宿舎へ。
部屋に入ると、リリーさんも珍しそうにキョロキョロと見渡した。
「殺風景でしょ」
「いえいえ、本がたくさんあってすごいです」
「ありがと」
なお、ベッドにはちゃんと真新しいシーツを敷いてあり、キャロルと昨晩過ごした痕跡はない。
というのも今日の昼休憩時、即効で寝具を売っている雑貨店へ赴き、シーツを十枚ほど購入したのだ。
その他、二人で使うコップやカトラリー、テイクアウトの食事を購入して宿舎に搬入。
シーツを取り換え、リリーさんをお迎えする準備を整えていた。
まるで、浮気現場を隠す彼氏みたいな行動だけど、他の女性との痕跡があるのは失礼極まりないはずだ。
一夫多妻の家庭というのは、ベッドも複数必要なのだろうな。
まあそもそも俺が宿舎住まいなのが間違いではあるのだが……。
二人並んでベッドに座る。
「リリーさんって、どなたかと一緒に住んでるんですか?」
「あ、ええ。あれは共同住宅っていうんです。一つの建物に部屋だけ分かれてるみたいな……」
「……あー、寮みたいなものか」
彼女を送ったとき、ドアの奥のほうから女性の声が聞こえたのが気になっていた。
「じゃあ今日、帰らないというのは……大丈夫なんですね」
その言葉が合図になったのか、コクリと頷くと彼女は目を閉じた。
落ち着いた様子で彼女の顎に手を添え、そっと唇を重ねるとそのままベッドに横になった。
深夜。
一息つこうと、たばこを取り出し一服する。
隣には一糸まとわぬ姿でスースーと寝息を立てているリリーさん。
彼女が寒くないように掛け布をそっと被せた。
スマホで時刻を確認……2時過ぎだ。
いやもうなんていうかさ……大人の階段を三段飛ばしで駆けあがっている状態だわ。
幸せすぎてマジ怖い。
美しい女性がそばで寝てて、男が横でたばこを吸う。
こういうシーン……ハードボイルドな映画とかで観た気がするなー。俺も大人の仲間入り……としみじみ感慨にふける。
しかしな……昨日から一時間しか寝ていない。張り切り過ぎだろオイ!
精力は回復できても、疲労は回復できない。ヒールでは眠気は取れないしな。
頑張りたくても頑張れないのはもったいないが、このまま俺もリリーさんにくっついて眠るとするか――
そのとき、外で人の気配がするのを感じた。
宿舎前の道路をこの深夜に人が歩いている……それも一人二人ではないようだ。
音を出さないように移動している感じだが、しんと静まり返る深夜ではすべては消せない。
何やらカチャカチャと道具を運んでいるような音も聞こえた。
――何だ?
たばこを消して、『探知の魔法』を発動する。
《そのものの在処を示せ》
すると道路を行く数名の青い玉が見えた。
「んん!?」
一分も経たずに周辺から青い玉が終結し、ギルド近くの建物陰に潜んだ。
「リリーさん! リリーさん!」
「――っん……うーん……」
完全に眠っている。さっきまで頑張ってたもんね……二人の共同作業を。
さてと……まさかと思うけどティアラに襲撃か?
というかそうにしか見えない。
こんな夜中にギルドに敷地内に来る理由はないからな。
とりあえず宿舎の襲撃ではないようなので、リリーさんはこのまま寝かせておこう。
俺は私服に着替えてそっと部屋を出た。