172話 初体験
夜21時。
ガランド宅から戻ると、その足でギルドのお風呂に向かう。
湯を沸かし、服を脱いで風呂に入るまでの間、リリーさんとキャロルを抱ける喜びに、むっつりな笑みが止まらなかった。
念入りに髪と身体を洗い、特に下半身はしっかり清潔にする。
明日誘う……明日誘う……明日誘う……。そのことをずっと考えていた。
湯船に浸かりながら、先ほど聞いた話を少し整理してみよう。
まず重要な点――
『女性は中出しされても妊娠しない』
この国の女性は魔法で月経を止めていると思われる。排卵がないから妊娠しようがないのだ。
それと『生理は病気』という認識のようで、これはおそらく教会が広めたのだろう。教会側もこれを本当に病気と思っているのか、それとも知っていてごまかしているのか、それはわからない。
まあでも、これはそう言われたら誰でも信じてしまうだろう。
女性の股間から出血したら誰でも驚くし、放っておくと月一で出血を繰り返すのだ。
生理のときは気分も鬱になるし、ひどいと寝込んじゃうほどだと聞く。
それが魔法をチョチョイと唱えれば出血が止まり、以後起こらない。
病気だと思うほうが自然だな。
妊娠しない――男性にとってこれほど都合のいい言葉はない。
ゴム不要、中出しし放題、若年出産なし、できちゃった結婚も発生しない。
そりゃもう精神的に楽だし、肉体的にもさぞかし気持ちいいのだろう……。
エロ漫画で「生は気持ちいい」って描いてあったし。
生理がない――女性にとって実にありがたいことではないだろうか。
ナプキンやタンポンいらず、月経の管理不要、重い日が来ない、望まない妊娠がない。
こちらも精神的にも肉体的にもかなり楽なはず。女性でないので想像だけど……。
なので男も女もセックスに対するハードルがものすごく低い。
娯楽の少ない文化水準だし、案外スポーツ感覚で楽しんでるのかもしれないな。
若いうちからパコパコし放題か……うらやまけしからん。
いやそれよりもだ……俺はガランドの話を聞いたとき――
『この国、詰んでないか?』
とすぐに思った。
聖職者にお祈りしてもらわなければ子供がつくれない……じゃあもし聖職者が全員いなくなってしまったら?
今回みたいに教会が破壊され、聖職者が全滅したら……妊娠できないじゃないか!
あ、よくよく考えたら、よその町の教会でお祈りしてもらえばいいだけか。領都の教会でしてもらうとか……。国内がだめならお祈りだけ他国でしてもらうってのもアリか。
他国……そう他国なのだ。聖職者はシシリア教国が牛耳っている勢力。
じゃあもし教国と戦争になって彼らを引き上げられたら? その時点で国は滅ぶんじゃないの?
その考えに誰も及ばないのだろうか。
この国……いや、聖職者に頼っている国は、すでにシシリア教国の言いなりだったりするのかな。
――さすがに考えすぎか。
教会が、布教や寄進を強要しているような光景は見ないし聞かない。純粋に医療行為を提供していて、まるで『国境なき医師団』みたいな連中である。
聞けば襲撃から一ヶ月経った今、他の地域から聖職者を招集し、正常化に向けて活動し始めているらしい。今ならガランド夫妻も、妊娠を望めばお祈りをしてもらえるはずだ。
出産を制御する魔法――これについてはきちんと情報を仕入れておきたい。俺自身で使えるようになれたらさらにいい。
他人任せは怖すぎる。
…………。
ま、そんなことより……俺が今、決めなければならない重要なことは――
『リリーさんとキャロル、どちらと初エッチをするか』
ということだ。
妊娠するかもしれない……というネックがあったので踏ん切りがつかなかったのだが、その不安がないことがわかったのだ。
しかもラーナさんのアシストにより二人の気持ちも知ることができた。
俺に抱いてもらうのを待ってるんだってさ! それ聞いて有頂天にならん男はおらんだろ!!
あとは大人の階段を上るだけ。
「――どっちにするかなー」
ものすごく贅沢な悩み……というか背徳感がハンパない。
リリーさん――
先日、冒険者に絡まれたあとだし、不安を解消させるためにも寄り添ってあげたいところ。
この町に来て最初に出会った女性という特別感もあるしなー。
キャロル――
デートの映像を会議室で披露したときに泣き出したとラーナさんに聞いた。
おくびにも態度に見せなかったけど、返事を保留にしてた間ずっと不安で堪らなかったという。
ラーナさんは俺を怒らなかったが、さすがに優柔不断を猛省した。
ティナメリルさん――
無理。初手は無理。いきなりラスボスはない。
しかもエルフだし、体を重ねるという行為に対する理解もわからない。
拒否られたら精神的に死ぬ。
チェリーボーイが軽々しく手を出していい相手ではない。先に二人と経験してから挑むべきだ。
それにティナメリルさんは間違いなく教会のお祈りを受けていない。
つまり妊娠する可能性がゼロではないのだ。
もっとも『エルフと人間の間に子供ができるのか』という疑問があるが、んなこと誰も知らない。彼女自身も知らないだろう。
とにかく最後にお願いしよう。
目を閉じて、鼻の下まで湯船に浸かりながらゆっくり考えた……。
「――よし、決めた!」
ふんすふんすと気合を入れ、風呂から上がる。
部屋に戻っていざ眠ろうとするも、初体験に向けた興奮と不安からなかなか寝つけなかった……。
次の日。
昼下がりの15時頃、客が途切れたのを見計らって席を立つ。
キャロルのそばへ行き、トントンと肩を叩く。
振り向いて見上げる彼女に、「ちょっと……」と頭をクイっとした。
すかさずラーナさんとガランドが俺たちを目で追う。
照れる顔を押し殺しつつ奥の通路へ行き、人気のないところまでキャロルを誘う。
「あのさ……………………今日……うちに来ない?」
「えっ!?」
彼女は少し驚くと、はにかみながら小さく頷いた。
「…………泊ってほしいって意味だけど、いい?」
「……うん」
キャロルはもう一度コクリと頷いた。
嬉しい! 嬉しい! 彼女を部屋に誘えた!!
彼女の照れ笑いに、今すぐ抱きつきたい衝動にかられるもグッと我慢。
「じゃその……よろしく」
「うん!」
ホッとすると、心臓がバクンバクンとすごい爆音を奏でていることに気づいた。ものすごく緊張していたみたい。
二人でしれっと職場に戻ると、ラーナさんがキャロルを問い詰める。
キャロルは嬉しそうに表情を崩して誘われたことをバラした。ちょい~!!
すぐにリリーさんの態度が気になったけど、彼女は笑顔でこちらをチラっと見て頷いた。雰囲気的に「わかってます」と捉えていいのだろうか……。
当然、経理の三人の耳にも入り、「ふ~ん」と冷やかし気味のエールをいただいた。
な~んでここの人たちはそんなに大っぴらに秘め事の話ができるのやら。
めっちゃハズいんだけど……俺がお子ちゃまなだけか?
そして終業。
先にリリーさんをいつものように送り、キャロルにはギルドで待っててもらう。
「じゃあキャロル、お先に!」
「うん、リリーさん。お疲れ様」
以心伝心というか、二人にはわだかまりは特にないように見える。
が、彼氏としてはきちんと確認しとかないとな。
帰る途中、人通りが少なくなってきたところで手をつなぐ。
「リリーさん、今日、キャロルと一夜を共にするんですが……その……」
「はい。わかってます」
「……ん」
ここで「優先順位があるわけじゃないよ」とか「先に彼女にしたのは……」とか言い訳をするのは、彼氏としてダメだろうな。
「キャロルに『頑張って!』と言っときました」
「頑張らないといけないのは俺なんだけどなー!」
俺が苦笑いすると、リリーさんはクスクスと笑った。
「それじゃあ、また明日」
「はい、おやすみなさい」
「あの……」
「ん?」
一呼吸置いてから、
「明日はリリーさんと一夜を……ね」
おねだりするように顔を下から覗き込むと、自分も抱かれることに気づいたのか、ボンと顔が赤くなった。
「……ハイ」
小さく頷いた。
手を振って家の中に消える――と、すぐさま身体強化術を発動!
通りを《俊足》で駆け抜け、《跳躍》で建物を越えてギルドへ一直線で帰還した。
バタバタっと裏から入り、息を整えて職場へ戻ると、俺の席にキャロルがチョコンと座っていた。
「お待たせ」
「うん」
いつもよりキュッと体を縮めた座り方に緊張が見て取れた。その仕草が愛おしい。
右手を差し出すと、彼女は手を取り立ち上がった。
「じゃ行こ」
近くの食堂で食事を済ませ、外へ出ると日が暮れていた。
ほんの数十メートル先の俺の宿舎に到着。ドアを開けて靴を脱いでキャロルを招く。
「入って」
「失礼します」
彼女は足元を見やり、俺が玄関で靴を脱いだのをじっと見た。
「ああ、俺の部屋は土足じゃないんだよ」
「そうなの?」
「うん。うちの国じゃ玄関で靴を脱ぐんでね」
「ん、わかった」
いそいそと靴を脱いで俺の部屋へ。
魔道具のランタンを灯すと部屋がナイトバーぐらいの明るさになり、女性としっぽりするには実にもってこいの雰囲気だ。
彼女はキョロキョロと俺の部屋を眺めた。
「何にもないだろ」
「そんなことないですよ」
ふと部屋の端っこにある丸太に目を留める。
「あーこれは万年赤芝草を育ててて……」
彼女はじーっと見つめたあと、ふふっとおかしそうに笑った。
「ん? なに?」
「いえ……なんかいいなと」
二人でベッドに腰かける。
「キャロル、返事遅れてごめんな。すごく不安だったって聞いた」
「ううん」
「その……大事にするから、これからよろしくね」
「……ん」
彼女は感極まっているのと緊張で、言葉少なだった。
普段明るい彼女のけなげな様子に俺もじんときて、自然と顔を近づけるとそっと唇を重ねた。
お互いに鼻がくっつく位置で見つめ合うと、照れ隠しでにっと笑う。
「ふふっ」
「うふっ」
俺は不思議と落ち着いていて、心臓も爆音を奏でていない。
キャロルが小さく「瑞樹さん……」と呟いたのを合図に彼女を抱きしめ、そのままベッドに倒れ込んだ。
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