171話 二度目の恋愛相談
三月二十一日。
ドラゴンの襲撃から丸一ヶ月が経過した。
フランタ市の復興はまだまだではあるけれど、人々は上を向いて歩き始めている。
沈鬱した空気は漂っておらず、意外に町は元気である。
一週間前、ティアラで冒険者から女性職員に対する暴行事件があった。
復興目当てで人が集まるのはいいが、無頼漢の輩も増えてきていることも問題視され始めていた。
そこでティアラのロキギルド長は、ヨムヨムのギルド長と相談し、
『冒険者ギルドの職員への暴行、脅迫、暴言などは厳正に処罰する』
と、フランタン領すべてのギルド向けに通達して周知をお願いした。
現代でいう『カスハラ対策』を打ち出したわけだ。いいことだね。
ところで、フランタ市の冒険者たちの間で、ある噂が流れている――
『ティアラの受付嬢はホンノウジのメンバーの彼女』
という内容だ。
少なくとも『リリーはランマルの彼女』というのは確定で、その話に歯噛みする冒険者も多かった。
しかしそのランマルというのは『ドラゴン撃退の功労者』であり、『多くの怪我人を治した』という風聞も流れており、その武勇伝に張り合える冒険者は誰一人としていなかった。
それに先日の騒動を目撃した人たちが、
『いきなり店内に現れた』『相手が触れたら倒れた』『見ただけで相手の足が砕けた』『お祈りをしないが、外に放り出された相手は怪我が治っていた』
と、およそ人のなせる業ではないと皆が口にした。
さすがにここまで噂が広がると、教会関係者が動き出したようで、ランマルの情報を嗅ぎまわっているという。
教会の動向には気をつけないといけないな。
お昼前。
「瑞樹、ちょっといい?」
後ろの通路のほうからラーナさんの声がしたので振り返る。
「はい」
誘われてついていく。
彼女は辺りに人がいないのを確認すると、
「瑞樹、リリーとキャロルはいつ抱くの?」
「――ッ!?」
突然の質問に息が止まる。思わず翻訳の聞き間違いかと疑った。
「ちょ……へっ?」
「いつ抱くのかって聞いてるの?」
ラーナさんの表情は真剣……聞き間違いじゃなさそうだ。
「え、ど、どうして……です?」
「二人が待ってるからよ」
ふぁ!! 待ってるって……つまり抱かれたいってこと!?
その言葉に顔が緩む。
ラーナさんは肘を掴むように腕を組むと、背を壁に預けてため息をついた。
「いつまでお手て繋いで帰るだけなのよ」
「…………はい」
ぐうの音も出ない指摘だ。お子ちゃまプレイをお怒りである。
「あなた、みんなの前で『彼女は俺の女だ!』って宣言したじゃない!」
「あ……あれはでもランマルのときで……」
「リリーは真ん前であなたから聞いたのよ。私たちもあなただってわかってるし」
「…………はい、そうです」
少し情けない顔の俺に、彼女はにんまりして顔を近づける。
「――あれはよかったわよ」
「えっ?」
俺のおでこをツンとついた。
「そりゃたしかにリリーは怖かっただろうし、いい出来事ではなかったわ」
「はい」
「でもああも強い独占欲を本人の前で宣言されちゃあ、抱かれたくならない女はいないわよ」
「……はあ」
そ、そういうもんなのかー!
思いがけず女性の心理を教わり、胸が高鳴った。
ラーナさんは言葉で俺の尻を叩く。
「早いこと二人にいい思いをさせてあげなさい!」
口角を上げてニッと笑うと、そのまま風呂場へ向かった。
なんかもうラーナさん、完全に姉御キャラになってる気がするな。去年までは大人しい印象だったのに……猫かぶってたのかな。あれが本性かー。
いや、地を出してもらえるほど親しくなれたって思うべきか。実際、親身になってくれてるし。デートもラーナさんのおかげでうまくいったわけだしな。
大きく息を吐くと、少し考えながら自分の席に戻った。
「ラーナがどうかしたのか?」
「んーちょっと尻を叩かれまして……」
「ふむ」
ガランドはキャロルとリリーさんを一瞥すると、「まあそうかもな……」とポツリと漏らした。
あーやっぱりガランドもそう思ってるのかー。
要は「彼氏彼女になったのになぜ抱かない?」というわけだ。
まあ……そりゃ抱きたいに決まってるけども――
「――ガランド」
「ん?」
「今日、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
横目でじっと俺を見た。
「じゃあ軽く飲みながら話でもするか?」
「……いや、その……スーミルさんも交えて……」
「……ん? じゃあうちに」
「うん」
「わかった」
彼は「人に相談するようになったのはいい傾向だな」と小さい声で褒めてくれた。
ということで、恋愛相談二度目。
再びガランド宅におじゃますることになった。
「あら瑞樹さん!」
「お邪魔します」
俺を見た彼女の表情はとてもにこやか。
「お二人とはうまくいったんですって?」
「ええ、おかげさまで」
おいしい食事をごちそうになり、お礼に土産話としてスマホで撮影したデートの様子を二人に見せた。
もちろんスーミルさんはスマホは初めて。その見たまんまの映像に衝撃を受けていたが、すぐに俺たちのラブラブなシーンに熱中して喜んでいた。
いよいよ本題に入る。
「――で、相談って?」
「うん、実は教えてもらいたいことがあってだな……」
手にした酒で口を潤すと、意を決して話す。
「――あのさ、『避妊』ってどうしてる?」
「「『ヒニン?』」」
ガランド夫妻がそろって口にした。
「うん避妊。この前、二人は『そろそろ子供作りたい』って言ってたでしょ」
「お、おお……」
「でー……そのー……」
チラっとスーミルさんに目をやる。
「……セ……ックス……するよね?」
「ん?」
「いや、だからその……セックス……。通じてるかな?」
「――おっ、おお……セックスな。うんわかる。セックスだろ?」
よかった、一番メジャーな名詞で通じて。
ダメなら『性行為』『まぐわう』『男女の共同作業』とか、総当たりで尋ねるとこだった。
大きく息を吐くと、二人は互いを見つめて半笑い。
「セックスするとき、避妊しないと子供ができちゃうじゃない?」
「…………お祈りのことか?」
「違う! 避妊。その……外に出しても妊娠しちゃう場合があるでしょ?」
「外に出すって何を?」
「何ってそりゃあ…………『精液』だけど」
ガランドはじっと考え込む。そしてはたと気づいた。
「瑞樹。要するにお前、『セックスの仕方を教わりたい』のか?」
「違ーう! セックスは知ってるよ!」
ボソッと呟く。
「……そりゃあ、経験はないけどさ」
このあと、セックスにおける日本のマナーついて説明した――
ところがまったく話が通じない!
「日本じゃゴムを被せる」「ないなら発射直前で外に出す」「安全日なら中出しでも妊娠しない」と話すも二人はずっと困惑顔。
しかもコンドームについて聞かれたので詳しく説明すると、「それは拷問器具なのか?」と顔が引きつっていた。
しばらく考え込んだガランドは、またもはたと気づいたように尋ねた。
「もしかして……俺とスーミルのセックスが見たいのか?」
「違ッが――う!!」
どうやら二人は『俺がセックスの間違った知識を持っている』と判断したようだ。
ハッと気づいてスーミルさんを見やり、必死に手を振り否定する。
「違います! 違いますから! あーなんで全然通じないんだろ?」
酒をぐいっと飲み干すと、スーミルさんが静かに注いでくれた。
「瑞樹さん、その……『ヒニン』ってのがまずわからないんですが……」
ええー!! 何で避妊が通じないんだろう……。
「んーとですね、セックスしたら子供ができますよね?」
「お祈りを済ませてたらな」
「しなくてもできるでしょ!」
俺の言葉に、ガランドはスーミルさんを見やる。
「できるか?」
「……いえ、聞いたことないわ」
「えっ? じゃあ二人はセックスするときはいつも『中出し』ですか?」
「いやお前……セックスは中に出すだろ。なんで外に出すんだ? おかしな奴だな」
鼻で笑われた。
うーむ……話がまったくかみ合わないな。このズレは何だ!?
少し情報を整理しよう――
二人はセックスを普通にしている。行為はいつも中出し……だけど妊娠しない。
妊娠するには『お祈り』が必要という。
「妊娠するための『お祈り』って何するんです?」
「あー、それは俺たちも知らない」
「二人で教会に行って『子供を作りたい』って告げ、寄付をして『お祈り』をしてもらうんです」
ふむ、これは魔法で何かしているな。でも何だ……お祈りしないと妊娠しないって。
「てことは二人は今、どんだけセックスしても子供はできないんですね?」
「……そうだな」
マジかあぁぁぁあ!! とんでもない世界だな。いろいろとヤバい!
……まあそれは置いといて、できない原因は何だろ? 教会……治癒……医療行為。
中出ししても妊娠しないとなると……卵子がないってことか。卵子……排卵……生理か。
「スーミルさん、『生理』ってきます?」
「『セイリ』って何?」
あーやはり言葉が存在しない。
「えっと、女性ってだいたい月一ごとにその……股間から出血しません?」
「――いえ……あっ!」
彼女は突然、何かに気づいたように叫んだ。
「あーあれね! たしか……十二歳ごろだったかしら。股間からいきなり血が出て――」
「そうそれ!」
初潮のことだ。
「若い女性が必ずかかる病気のことよね?」
「――――は!?」
思わず思考が停止し、目をパチクリさせた。
「びょう……き?」
「そうでしょ? 放っておくと定期的に血が出ちゃう病気。なので最初に出たときに治療院で治療するの」
「ほわっ!?」
うっそーん! 生理が病気扱いになっているのか!!
「えっと……治療してもらったあとは、血は出なくなるんですか?」
「もちろん!」
「じゃあ今は血、出ないんですか?」
「え、ええ。どうして?」
――つまり……こういうことか?
『この国の女性は、お祈り(魔法)で閉経している』
子供を作るときにはお祈りで月経を再開する。
で、セックスして妊娠。出産が済んだらおそらくまたお祈りで閉経するんだろう。
てことは、お祈り後にセックスしたら一発必中か!
「瑞樹、大丈夫か?」
「ん? んー、ちょっとショックがデカい!」
「日本と違うのか?」
「まったく全然。驚きすぎて言葉がない」
頭の中でいろいろな考えが浮かびまくり、元の世界での保健体育の知識を、この国のものに置き換えようとしていた。
大きく息を吐くと席を立ち、お礼を述べた。
「今日、話を聞きにきてホントによかった」
「何か問題があるのか?」
「いやいや、考えたらすごい便利……便利って言い方はあれだけど、問題はないよ」
「そうなの?」
「うん。日本と違いすぎたからびっくりしたってことです」
最後に二人の子作りを期待してると言うと、ガランドは奥さんの肩に手を乗せてサムズアップした。