170話 ランマルの活躍
「……ふう」
俺は少し間をおいて、ギルドの奥から「トイレに行ってました……」みたいな感じで戻ってきた。
「瑞樹さん!」
「瑞樹!」
「リリーさん、大丈夫だった?」
「あ、はい」
「よかった!」
彼女の安堵した様子にホッとして、彼女の肩をポンと叩いて微笑んだ。
席に着くと、みんなからいろいろと質問を受けた。
事の子細はこうだ――
リリーさんが絡まれているのに気づいた瞬間、席をスッと立って裏に消える。
更衣室に置いてあるランマル変装セットに身を包み、そっと彼らの背後に忍び寄る。
あとは「バン、ドン、ガン」と叩きのめして外へ放り出した。
「どこから来ました?」
「壁際からスッとね」
「どこの?」
「あそこ」
主任の質問に、リリーさんの席から真っ直ぐ、前の壁を指さした。
「あそこへはどうやって?」
「ん? いや玄関から……」
ガランドが玄関に目を向ける。
「ホントに~?」
「みんな奴らに注意がいっていて気づかなかっただけだよ。そういうもんさ」
キャロルの疑いの目に、ふふんと笑って答えた。
――実際は違う。
更衣室で着替えたあと、『隠蔽の魔法』でそのままカウンターを乗り越えて店内へ。
騒動で連中の近くに誰もいなかったので、そのまま真後ろについたわけだ。
「あの、掴んだ男が勝手に倒れたのは?」
「あー……魔法なんだけど、ちょっと何かは言えない。かなり特殊なやつなんで」
「足を抱えて倒れた男は何したの?」
「あれは『石の魔法』で足先をぶち抜いた。で、そのあとすぐ治した。なので靴の先がなくなってるが足は無傷ってわけ」
ラーナさんの質問に答えたが、みんなわかっていないだろう。
ライフル並みの速度でおでこから撃ち出される石弾なんて見えるはずはない。
「――その……問題になったりしない?」
ロックマンが不安そうな表情を向けた。
「大丈夫でしょ。迷惑を被っていたのはうちらだし、職員が手を出したわけじゃないしね」
「ふむ」
「それに――」
不敵な笑みを浮かべつつ、玄関のほうへ目を向けた。
「全員無傷で放り出されただけだし、なにされたって言うのかねー」
そのとき、階段からトントンと降りてくる足音が聞こえた。
「瑞樹!」
「はい」
ギルド長がチョイチョイと手招きをしている。
俺は主任とそろって、説明のためにギルド長室へ向かった。
終業後。
リリーさんとキャロルを送る帰り道。いつもと違って空気が重い。
今日、二人の前で思いっきり人に暴力をふるってしまった……。
終わったあとに「怖がらせてゴメンね」と謝ると、リリーさんたちは「気にしてませんよ」と言ってくれた。
でも……俺のこと怖いと思われたかもしれない。それを聞くのがとても怖い。
「――ッ、今日、大変でしたね」
「……ん」
話しかけるも、ぎこちなさが拍車をかけ、三人ともうまく笑えず、口も重かった。
「じゃ、また明日」
「おやすみ、キャロル」
「はい、おやすみなさい」
先にキャロルを送り、リリーさんと二人で歩く。
自然と『恋人繋ぎ』をすると、互いにいつもよりギュッと握りしめた。
彼女の家の前に着くと、俺は彼女の身体を抱きしめた。
「!?」
驚くリリーさん。
「俺、今日リリーさんが男に絡まれてるのを目にしてすごくつらかったです。もっと早く助けに行けなくてごめんなさい!」
「み、瑞樹さん!」
「――ごめんなさい!!」
苦しかった胸の内を吐き出した。
「だ、大丈夫ですから!!」
名残惜しそうに彼女の身体を離すと、リリーさんがチュっと頬に口づけをしてくれた。
「――!?」
「助けてくれてうれしかったです」
「……ん」
彼女の一言がとても心に響き、じわっと涙が湧くのを感じた。
「それじゃあ……おやすみなさい」
「……ん、おやすみ」
口を開くと泣いちゃいそうだった。
リリーさんが家の中に入ってからも、しばらくじっとドアを見続けた。
さて……帰る前に『探知の魔法』で周辺に不審者がいないか念入りに調べる。
あの四人がいるかもしれないからだ。
防衛隊に連行されはしたものの、騒いだ程度ならとっくに釈放されてるかもしれない。
その場合、必ず復讐に来るのではないか。
ボコられたランマルは襲わないだろうが、リリーさんを襲う可能性は十分にある。
――いや……絶対にあいつらは襲う。
つけられた形跡はないが万が一がある。
今日は大丈夫でも明日、明後日はわからない。
俺たちの帰りを襲って路地裏に引き込み、複数でリリーさんやキャロルを嬲りものにしたあと、最後は全員殺される。
間違いない……俺は冒険者に不意打ち食らって殺されかけたからな。
あの手の連中は、人に迷惑をかけることを何とも思わないし反省もしない。
しかも質の悪いことに、自分は悪くないと主張し、当然のように人のせいにし、あげく逆恨みする。
あれは『電車でマナーを注意されたら、ホームまで追いかけて暴行を加える』類の人種だ。
存在自体が害悪。
ああいう連中にかける慈悲は、もう持ち合わせていない。
――潰すに限る。
奴らは『王都で有名ななんちゃら』とか言っていた。ホントかどうかは怪しいが、面子を潰されたことに腹の虫は収まらんだろう。
……それはこっちの台詞なんだがな。
まあこのあと防衛隊に顔を出して、どうなったか聞いてこよう。
◆ ◆ ◆
ティアラで騒動を起こした四人の冒険者は、一晩、防衛隊の地下牢で過ごした。
取り調べは受けたものの、酔っぱらいの喧嘩よりたいしたことない事案に、次の日の朝に釈放された。
彼らはそのままフランタ市をあとにする。
「くそっ、なんで俺たちが捕まらにゃならんのだ!」
「やられたのは俺たちのほうだろ! なんであいつら話を聞かねえんだよッ!」
トボトボと四人は歩く。
足先を撃ち抜かれた男は、半分前がなくなった靴の先から見える足先を何度も確認する。
足の指がちゃんとある。
「なあ、欠損した部位を戻す治療って難しいんじゃなかったっけ? 金もすげぇ取られるって聞いたし」
「ぁあ?」
黒鎧の男が、連れの男の空いた靴から見える指に目をやる。
「お前、靴だけ吹っ飛ばされてビビってただけだろ!」
「違ぇよ、足も吹っ飛ばされたんだよ!」
「ふん」
フランタ市は見えなくなった。
前から騎乗した衛兵が二人ほどやってくる。
少しそれてやり過ごし、ふんと鼻で息を吐くと、赤鎧の男は思い出したように悪態をつく。
「あーホント、なんであの連中は聖職者の肩ばっかもつんだ? 全然俺たちの言い分聞かねえし!」
「知るかよッ!」
四人は防衛隊の取り調べで、「聖職者に暴行を受けた」と話しても、まったく意に介されずに無視された。それが納得いかなかった。
しかも「自分たちは職員には何もしていない」と正当性を主張するも、「そんなわけあるか!」と、まったく聞き入れられなかった。
彼らはあの凄腕の聖職者が瀕死だった隊員の命を救ったことなど知らない。
多くの町の人々を助け、ドラゴンの撃退に貢献したという噂もあることも知らなかった。
四人は一連の出来事が腹立たしかった。
「――なあ……このまま帰んのかよ」
黒鎧の男が足を止める。
「ぁあ?」
「このまま帰んのかって聞いてんだよッ!」
「んだよ、いったい……」
赤鎧の男も苛立ち気味に足を止めた。後ろの二人は彼らの言い争いに眉をひそめる。
「あの白い覆面男にやられっぱなしでいいのかよ!」
「仕方ねぇだろ! 何されたかもわからねーくせに!!」
「覆面男にやり返さなくても仕返しはできるだろ」
「あぁ!?」
その言葉に赤鎧の男はピンときた。
「――女のほうか!!」
黒鎧の男がニヤリと笑う。
「ああ。お前聞いたんだろ? 『あの女は俺のだ』って」
「――あ、ああ」
「だからよー、女を襲えばあの覆面男に復讐したことになるだろ」
話を聞いていた二人は「さすがにそれはマズいんじゃ……」と口にするも、前の二人は乗り気になっていて聞く耳を持たない。
それにギルドの受付嬢がいい女だったことを思い出し、すでに頭の中はお楽しみのことを考えていた。
「そうだな」
「まだ時間は十分にある。鎧を脱いで見つからないように潜めば――」
そのとき、遠くでパンという、板切れで何かを叩いたような音が鳴った。
それとほぼ同時に男の頭は破裂して、鎧と同じ色をした赤い血が首から噴き出した。
「――ッ!」
突然の出来事に三人は狼狽し、辺りをキョロキョロとした。
しかし彼らは何もわからない。
このあとに鳴り響いた、パンパンパンという三連続の音を聞くこともなく、三人は頭を吹き飛ばされて絶命した。
人通りもなく静寂が流れる。
しばらくして四人の死体のそばに、スッと男が出現した。
男は死体の腰の辺りを掴んで、道から少し離れた林の中に放り投げると、道路の血を洗い流して乾かした。
何事もなかったような状態なのを確認すると、スッと消えるようにいなくなった……。
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