169話 カスハラパーティー“ご機嫌なバカ”
数日後。
昼下がりのティアラ冒険者ギルドは、依頼の報告の人たちで混雑している。
突然、リリーさんの拒絶の声が響いた。
「結構ですッ!」
その声に職員全員が顔を上げた。
見ると、派手な赤色の革鎧を着た男が、彼女の前に身を乗り出している。
「なあいいだろ? 今晩俺たちと飲もうぜ?」
「俺たちクタクタでさー、かわいい娘にいたわってほしいんだよ~」
黒色の革鎧の男が左から身を乗り出し、カウンターに左ひじをついて加わった。
そのせいでラーナさんの前の客が押しのけられるように席を立った。
「ちょっと、あなたたち!!」
ラーナさんが憤ると、黒鎧の男が顔を向けた。
「なんだぁ? お姉さんも相手してくれるってのか?」
「はあ?」
傲慢な態度でラーナさんを見下すと、赤鎧の男が口を挟む。
「お、いいねえ。二人に相手してもらいたいな~」
ラーナさんにしては珍しく露骨に嫌な顔を見せた。
カウンターの二人の後ろにさらに仲間が二人いる。どうやら四人組のパーティーらしい。
一人は腕を組んでふんぞり返り、もう一人は腰に手をやりまわりにガンを飛ばしている。
ヤバそうな雰囲気にキャロルは席を立つと後ろへ下がり、店内の客も彼らから距離を取った。
「俺たち~王都からやってきてこの町のことよく知らないんだよ~。いろいろ教えてくれよ~」
「俺たち有名なんだぜ! “ご機嫌なバカ”って。知ってんだろ!」
「知りません!」
相変わらずリリーさんに絡んでいる。
業を煮やした主任が席を立ち、彼らのそばへ向かった。
「あなたたち、いい加減にしなさい!」
すかさず後ろの二人が主任の前に立ちはだかった。
「あぁ? 俺たちはわざわざこの町の手助けに来てやったんだぜ。それを無下にするのか?」
「あーあーみなさーん! ここのギルドは俺たちにひどい扱いをしますよー!!」
「なっ!?」
主任を馬鹿にするとケタケタと笑った。
カウンターの二人は今のやり取りを鼻で笑うと、再びリリーさんを口説きだした。
「なあいいだろ? 今日俺たちの泊ってる宿に来てさ~、いいことしようぜ?」
「俺たち~~遠くから来てて~~すごく寂しいの~~!」
「いい加減にしてください!」
リリーさんが席を立とうとした瞬間、赤鎧の男がサッと右腕を掴む。
「なっ、放してください!」
「まだ話は終わってないだろ!」
「ほら~~座って座って!」
ヘラヘラと笑いながら、リリーさんを逃がすまいと腕を引っ張る。
「や、止めてください!」
「いいだろ? うんと言うまで離さ――」
ガンッ!!
突然、男の顔がひしゃげるほどカウンターに打ちつけられた。
彼女を掴んでいた手は外れ、男はそのままズルっとカウンターから滑り落ちる。
リリーさんは腕をさすりながら顔を上げた。
その瞳に映るのは――
白い頭巾をかぶり、目から下を白い布で隠している聖職者――ランマルだ。
彼の怒気をはらんだ視線がずり落ちた男に向けられる。
すぐにリリーさんや他の職員は、ある経理職員の席に目をやる。
――が、そこは空席だった。
黒鎧の男はキョトンとして固まっていた。
視覚情報が脳に伝わり、意味を理解するのに時間を要したようだ。
途端、ガバと身を起こし、ランマルに掴みかかる。
「テメェ!」
ところが掴んだ瞬間、男は何も発することなく白目をむき、膝からくにゃっと崩れ落ちた。
目撃した皆が唖然とする。
ランマルが何かしたようには誰にも見えなかった。ただ突っ立っていただけ……。
ここで、主任に絡んでいた二人がこの出来事に気づき、一人が剣に手をかける。
そのとき店内にパンという、かんしゃく玉が破裂したような音が響いた。
皆がその音に驚いて怯んだ。
「――グ……グァァアア! あ、足がァァああ!!」
剣を抜きかけた男が突然、叫び声を上げて倒れ、右足首を掴んでもんどりうっている。
――見ると足先がなくなっていた!
連れのもう一人は倒れた男に目を落とし、混乱しているのか棒立ち状態だ。
「――ッ!」
そこへランマルが歩み寄る……が、男は気づくのが遅かった。
ポンと肩を叩かれると、彼も気を失い、軟体生物のように膝から崩れ落ちた。
「――ウ……ウゥ……グゥ……」
カウンターに叩きつけられた赤鎧の男が立ち上がろうとしている。
ランマルは男に近づき、髪をむんずと掴むと、再びカウンターにガンと叩きつけた。
「グゥア!!」
「いいか、よく聞け!!」
ものすごい力で頭を押しつけながら、ランマルは男の顔を覗き込む。
「彼女は俺の女だ!!」
皆が固唾を呑んで見守っている。
「この店の女に手ェ出してんじゃネーよ!!」
頭を持ち上げて二度三度と打ちつける。
「グッ――ゥ――ンァ――ッ」
「わかったか、コノヤロー!」
「――ッ――ゥ……」
ランマルが手を離すと、赤鎧の男は気絶したのか、再びカウンターからずり落ちた。
足先を吹っ飛ばされた男はいまだ悲鳴を上げている。
「いつまでもピーピー泣いてんじゃネーよ!!」
ランマルはしゃがんで彼の髪を掴むと、頭を地面にガンと叩きつけた。
「――ッ!」
髪を掴んで男の顔を上げると、おでこを近づけて睨む。
「こけたぐらいでわめくな、クソが!」
捨て台詞を吐いて髪を離すと、男はガクッと床に突っ伏した。
その後、四人の冒険者を店外へ引きずりだすと、笛を吹いて防衛隊を呼び、事情を話して引き渡した。
この撃退劇は、店内にいた多くの客に目撃され、瞬く間に噂が広まった。