168話 彼女二人との帰り道
時刻は17時。
夕やみが迫る前に女性職員たちを帰宅させる。
私服に着替えたラーナさんを、ガランドが付き添いで退社する。
俺は二人から、激励の意味を込めた笑顔を向けられた。
「瑞樹さーん!」
「お待たせしました」
私服に着替えたリリーさんとキャロルが職場に戻ってきた。
「じゃあ帰ろうか」
嬉しそうな二人。
俺は照れを隠し、二人と一緒にギルドをあとにした。
今日から俺が二人の帰宅に付き添う。
護衛目的ではあるが、スタンスは『恋人同士の付き合い』のイベントの一つ。
制服姿の俺は、傍目には職員として付き添っているだけに見えるはず。
幸いというか、二人の帰る方角は同じな上、住まいもあまり離れていないという。
なので三人でどちらかをまず送り、折り返してもう一人を送るというスタイルにする。
恋人同士だからね。一緒にいる時間は長くありたい。
「今日、散々好奇の目にさらされましたよ」
さっそく俺から話題を振る。
「あははは」
「だぁって~……」
二人もすごくいじられたという。
恥ずかしくもあったが、みんなに話をするのが嬉しかったそうだ。
女性には『自分の彼氏を自慢したい』という欲求があるみたい。
まあ……俺も二人を自慢したくはあるが、さすがに今はマズいよなーと思う。
二人はティアラの華、冒険者たちに人気の受付嬢。その二人の彼氏なんてバレた日にゃあ何が起こるかわからない。
現に勤めてすぐストーカーに襲われたしな。
あれ以来、そういった怪しい動きはないが、警戒するに越したことはない。
今もちゃんと『探知の魔法』で不審者がいないか確認はしている。
「みんな最後のアレがすごくいいって言ってました」
「アレ?」
「あの、抱っこしてはしゃぎまわるやつです」
「あー!」
例の『たて抱っこ』か。あれはたしかに絵になるもんな。
二人が今日の出来事を話す、嬉しそうな笑顔を見るのが楽しかった。
「じゃ、リリーさん、おやすみなさい」
「はい。また明日」
先にリリーさんを自宅まで送り、折り返しキャロルの家へ向かう。
「キャロル……ちょっとお願いが」
「何?」
「――手を……つないでいい?」
「あ……うん」
彼女がそっと右手を差し出す。
「あ、えーっと……手の指を広げてくれる?」
「……ん」
広げた彼女の手を、指を絡めるように握る。『恋人繋ぎ』という繋ぎ方だ。
掌から彼女のぬくもりがダイレクトに伝わり、嬉しくて自然と顔がほころんだ。
「……俺、これしたかったんだ」
「…………」
恋人感が増したせいか、キャロルにしては珍しく照れて俯いた。
「それじゃまた明日」
「うん、おやすみなさい」
キャロルを送り届け、無事初日が終了。安堵から思わずふーっと大きく息を吐いた。
次の日は順序交代。
先にキャロルを送り届け、二人の帰り道はリリーさんと。
二人になったら『恋人繋ぎ』をして、しばらくは『高校生カップル』っぽい帰りをしよう。
二人を送ったあと、副ギルド長室を訪れる。
コンッコンッ
「どうぞ」
「失礼します。まだお仕事ですか?」
「いえ、いいわよ」
「じゃ遠慮なく」
恋人同士になったんだから「来るのにいちいち確認しなくてもいいよね」とアポなしで来た。
ティナメリルさんは、必ず副ギルド長室か私室にいるので簡単に会いに来れる。
ただし時間感覚が人と違うのが悩みどころ。
毎日来たらさすがにうっとおしがられるかなーと少し気にしている。
ガランドから教わった『愛情の平等性』にも多少のさじ加減はいるだろう。
一緒に住めたらいいんだがなー。
正直「ここに引っ越していいですか?」って言いたくなる……が、ここ職場だからなー。
どう考えてもマズいだろうし、リリーさんとキャロルとの平等性も損なわれる。
「二人とは?」
「うまくいってますよ」
「そう」
なんか息子の恋愛を心配する母親みたいな物言いだ。
ティナメリルさんがティーセットを持ってやってきた――対面に。
「んも~!」
不満を表明し、俺の右隣をポンポンと叩く。
彼女はしばらく俺をじっと見ると、やおら立ち上がって俺の右に座った。
よっしゃ!
なるべく主導権はとれるようになりたい。
思えばティナメリルさん相手でもだいぶ緊張しなくなったな。
先日のデートでかなり頑張った成果だろうな。隣に座るのが当たり前という感じがする。
「ティナメリルさんって、ときどき変にスイッチ入りますよね」
「ん?」
「いえ、なーんか感情が爆発するときがあるなーと」
たて抱っこしたとき、最後まさかキスされるとは思っていなかった。
普段スンとしている分、大胆な行動をとられるとそのギャップがものすごいのだ。
「そう?」
「まあなんとなく……ですが」
「ふ~ん」
ほらスンとしてる。完全に他人事。
どうやったらスイッチが入るのやら……。
「ティナメリルさん、左手を握ってもいいですか?」
「ん?」
「――手が握りたいです」
子犬がおねだりするような顔を見せると、そっけなく左手を俺の膝の上に置いた。
俺はその手を強引に『恋人繋ぎ』にもっていく。
彼女はちょっと驚くと、繋いだ手に視線を落として指を閉じた。
いい感じ……と思い、スケベ心から彼女の手の甲を親指でさわさわした。
チラっと横目で見ると、口元が少し笑っていた。
「ティナメリルさんって、お酒強いんですか?」
「どうして?」
「だってデートのとき、葡萄酒一気に飲んでたじゃないですか。二人も驚いてましたよ」
「ん~……たしかに前はよく飲んでいたかもね」
「今は?」
「そうね……いただいたものをたまに飲むぐらいかしら」
「いただくって、えーっと……商業ギルド長からとかですか?」
「そうよ」
ヤキモチ発動。
「他にもプレゼントくれる人、いるんですか?」
「――ちょっと前まではいたけど、今は彼だけかしらね」
まあ仕事付き合いでもあるから仕方ないか。
「今度、俺が買ってきますから。一緒に飲みましょう」
その言葉に俺をじっと見つめると、少し口元が緩んだ。
「いいわよ」
ふ~む……ティナメリルさんの好物は酒だったかー。
彼女の左手の感触を味わいながら、しばらく逢瀬を楽しんだ。
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