166話 彼女三人とデート 後半
川沿いの道を外れて、少し建物が入り組んでいる小道へ入る。
そこは映画のワンシーンを切り取ったような、二階建ての石造りの建物が続いている。
少し閑散とした雰囲気が漂っているが、治安が悪い印象は感じない。
リリーさんの話によると、この辺りはいわゆる住宅街。うちの職員がこの辺りに住んでいるそうで、冒険者なども来ない静かなところだという。
少しして、入口に看板がぶら下がっているところが見えた。
どうやらそこへ向かっているようだ。
「ここで軽く食事をしましょう」
「はい」
看板の文字は『幸せな食卓』と読める。これが店名なのだろうな。
……うむ、今の俺にぴったりの店だな。
リリーさんがドアを開けると、カランと大きなカウベルのような音がした。
こじんまりとした店内、六つぐらいのテーブルに奥が厨房。
二組ほど客がいたが、俺たちを一瞥すると、一瞬だけ「おっ!」と驚いた表情を見せたのち、すぐに話に戻った。
エルフに驚くも、まあそれはそれで……という感じか。
ホッとするというか、拍子抜けするというか、あまり関心を向けられなくて助かるな。
ゆっくりと女性店員がやってくると、ティナメリルさんを目にしてにっこりした。
「いらっしゃい。話は聞いてます」
奥の窓際の席に案内された。
なるほど……予約を入れてもらっていたようだ。
電話などないこの国だ……この辺りに住んでいるという職員に頼んだのだろう。
まさかと思うけど、「エルフが来ても驚かないでくださいね」とか客に言っていたとか……。
さすがに考えすぎか。
「ここはスープとパスタがおすすめなんですが、どうでしょう」
「任せます」
「ティナメリルさんもいいですか?」
「大丈夫よ」
コップが運ばれ、葡萄酒が注がれる。
店員がボトルを置いて立ち去ると、皆、コップを手に取った。
「乾杯!」
ティナメリルさんがクククッと一気に空ける。
その様子にリリーさんとキャロルも目をパチクリさせている。
俺も思わずびっくりして手が止まる。
あれ? そんな勢いで飲むんです?
あ……そういや初めて自室のお呼ばれしたとき、葡萄酒を一気に飲んでたなー。
もしかして酒豪? それともエルフはそういうもんなの?
平然としてるティナメリルさんに、俺は瓶を取って酒を注いだ。
彼女の飲みっぷりをきっかけに、リリーさんとキャロルはティナメリルさんにいろいろと質問を始めた。普段の生活や食事、好きなことや嫌いなこと、俺といつも何を話しているのかと興味深そうに聞いた。
まるでハリウッド女優へのインタビューみたいだな。
二人もティナメリルさんのことほとんど知らないもんな。お話しすることからスタートだ。
ガランドが言っていた『彼女同士の了解を得る』という意味もあろう。
俺は二人の質問を聞きつつ、時折りマネージャーの如くお茶会の内容を補足説明した。
「お待たせしました」
台車に乗せられた食事がやってきた。
『ごろっとした野菜のスープ』『クリームパスタ』『黒パン』
スープはちゃんと出汁――ブイヨンだっけか……が利いていておいしい。
クリームパスタのクリームはがっつりチーズ。名前は知らないけどかなり濃厚な味だ。
黒パンはやっぱり硬いが、みんなナイフで切ってスープに浸して食べていた。
ティナメリルさん……以前『たまにしか食べない』と言っていたので心配したが杞憂だった。
とてもお上品にすべてを食べている。
そりゃ会食の席で一人食べないというのもないわな。
……ん、よく考えたら彼女がちゃんとした食事をとるのを目にしたの初めてだ!
ふと食事のシーンも撮影しようかな……と頭をよぎる。
いやいやさすがに失礼だな。ちゃんと話に集中しよう。
――で、結局ティナメリルさんが葡萄酒のボトルを全部空けてしまった。
やっぱり酒好きなんじゃねーか!
「食事の支払いは俺が……」
「でも……」
リリーさんが、四人分ということを気にしてお金を出そうとする。
「まあ今日は……ね」
「……わかりました」
もちろん今後も払ってもらう気はない。
俺に『高額の収入がある』というのが三人と付き合う前提条件でもあるしな。
そのうち「これが当たり前だから……」という話はちゃんとしよう。
店を出ると、おすすめの場所を教えてもらったというので、そこへ向かうことに。
十数分後、公園のような場所に到着。
ここだけ時間の流れが違う、まるで遺跡のような雰囲気が漂っている。
周囲を朽ちた石壁が囲い、蔦がびっしり覆っている。
地面には石畳が敷かれているが、草や苔に侵食されていて、緑の絨毯と化している。
「すごい素敵な場所ですね」
リリーさんが、女性職員から聞いた話をする。
だいぶ昔の貴族の屋敷跡じゃないかと言われてて、ここはその玄関付近じゃないかという。
建物があったところは今は別の住居が建っているが、ここだけなぜか残されたのだという。
今は所有者不明ということで放置され、この辺りの住人が憩いの場として活用しているそうだ。
「ティナメリルさん、知ってます?」
「……知らないわ」
「ですよねー」
彼女の答えに俺たち三人はくすりと笑う。
この幻想的な風景を眺めながら、たしかにデートコースとしては最高だな……。
と、思わず理解した――
『ここで告白しろ!』
ラーナさんが「最適なトコがあるから」と言ってた場所か。
女性職員が案を練った計画……告白場所をちゃんと用意してくれていた。
……わかりました、やりましょう!
彼女たちは景色を堪能しているのを目にして意を決する。
「リリー! キャロル!」
俺の声に振り向いた。
リリーさんを呼び捨てしたことで、二人はすぐに察した。
「伝えたいことがあります」
互いを見合わせると、嬉しそうに俺の前にやってきた。
ティナメリルさんは少し離れ、肘を掴むように腕を組んで告白イベントを見守っている。
リリーさんの正面に立ち、そっと彼女の両手を取った。
「リリー、この町に来て初めて出会った女性があなたでした。すごく綺麗な人だなーとずっと思ってて、まさか好きになってもらえるとは思ってませんでした」
彼女の瞳がじわっと潤む。
「その……他に彼女がいるんですが、俺と付き合ってもらえますか?」
よし言い切った!
心臓がバクンバクン鳴っている。
「――はい。よろしくお願いします」
リリーさんがそっと俺に身体を預ける。
掴んだ手を離し、彼女の身体をギュッと抱きしめた……。
うぁあ……ふんわりいい香りもするし、力を入れたら壊れそうなぐらいやわらかい。
そっと離れると、次はキャロルに告白――
「瑞樹、キスはしないの?」
「!?」
唐突にティナメリルさんから指示が飛んできた。
あ……そうですね。はい、わかりました。
リリーさんに向き直ると、彼女がスッと瞳を閉じた。
そっと抱き寄せ、静かに唇を重ねた。
「――エヘッ!」
彼女は嬉し涙が溢れ、少し恥ずかしそうに涙をぬぐう。
キャロルがサッとハンカチを差し出すと、小首を下げて受け取った。
よかった……喜んでくれた。ずいぶん待たせちゃったもんね……。
続いてキャロルに向く。
リリーさんと違って、彼女はわくわくが止まらないといった態度で待っている。
実に元気な彼女らしい。
「キャロル、いつも元気な君を見てると俺もすごく元気になります。人あたりもいいしかわいいし……。そんな君に好きになってもらえてとてもうれしいよ」
さすがにキャロルも少し目が潤んできた。
「俺と付き合ってくれますか?」
「はい! 瑞樹さん、だーい好き!!」
俺の首に手を回して抱きついた。
おっと! 嬉しさ爆発で堪らないといったところか。
俺がティナメリルさんと付き合うと聞いて、すごくショックを受けてた反動もあるのだろう。
彼女はスッと真顔になり目を閉じる。
普段と違う表情にものすごくキスをしたい衝動にかられ、頭を抱き寄せてキスをした。
よっしゃあ!! バッチシうまくいった!
告白プランを考えてくれた女性職員の皆さま、大変ありがとうございました。
大きく息を吐くと、俺が緊張していたのが二人に伝わり、嬉しそうにクスクスと笑った。
そしてティナメリルさんに目を向けてじっと見つめる。
あなたが残ってますよ!
「ティナメリルさん!」
静かに歩み寄ると、彼女は組んでた腕を降ろし前に進む。
互いに腰に手を回して抱きしめると、小さい声で「よかったわね」と褒めてくれた。
ちょっとびっくり!
反射的に「はい」と答えると、自然と互いの顔が近づき、口づけを交わした。
さて、無事に目的は果たしたわけだが――
ふと、このビッグイベントの結果を記念に残したいと思い立った。
「じゃあえっと、ここに並んでもらえますか?」
「何するんです?」
「んー、彼女ができた記念を録画しときたいです!」
朽ちた石の柱にスマホを乗せて、倒れないように支えをする。
「いいですかー、いきますよー!」
録画ボタンを押して、彼女たちのところへ。
四人並んだところでスマホに向かって報告する。
「えー、御手洗瑞樹です。今日、告白をして、彼女が三人できました」
一人ずつ紹介する。
「リリー、キャロル、そしてティナメリルさん……。エルフの彼女です」
ここでじわっと涙がでてきた。
口に出して言うと、一気に幸せを実感できる行為なんだなと、感極まったようだ。
「――お……俺は、今、とても幸せです!!」
よし、何とか言い切った!
三人に向かって、
「これからよろしくお願いします」
と、大きくお辞儀をすると、リリーさんとキャロルがそろって「お願いします」とはにかんだ。
遅れてティナメリルさんが「よろしく」と微笑んだ。
「――でへぁ!」
一気に緊張の糸が解けた――
もう喜びを爆発させたくて仕方がない!
スッとリリーさんの前に行き、腕を彼女の太腿あたりに回して抱きあげた。
まるで映画のラストシーン、結婚式で新郎が新婦を抱えて見つめ合うポージング。
お姫様抱っこの向かい合わせ版――『たて抱っこ』だ。
「わっ、ちょっ、瑞樹さん!?」
びっくりしたリリーさんは俺の首にしがみついた。
腕をがっちり固めた状態で、身体強化術の《剛力》を発動。
足取りが軽くなり、リリーさんを抱えて軽く跳ねまわる。
「リリーさぁぁぁん!」
「はわっ、う、あはぁ!!」
まるで遊園地の絶叫マシンに乗っているような感覚に目を白黒させている。
ギュッとしがみつく彼女の胸に、俺の顔はうずまっていた。これまた至福の時間……。
続いてキャロルを同じように抱きかかえる。
「キャーロル――ッ!」
「わはー!」
彼女の大きなポニーテールが、身体を上下に揺するたびに激しく波打った。
「あはっ! あははははっ!!」
怖がることもなく手を離し、両手を広げて元気いっぱい、弾ける笑顔を空に向けた。
最後にティナメリルさん。
俺が「準備はいいですか? お姫様」と目で語ると、彼女は「私も?」という表情を見せる。
いよっと!
抱え上げた彼女の豊満な胸が目の前に!
顔をうずめたくなる衝動をグッと我慢して、上体をちょっと反らすと彼女の目を見つめた。
彼女は俺の肩にそっと手を乗せる。
翠玉の瞳に俺が映る。俺だけが映っている。
もう離したくない!
「ティナメリルさん!!」
抱えたままじっと立ち止まり、互いに見つめ合う。
新緑の葉を揺らす柔らかな風が吹き、透き通る金色の髪がさらさらと音をたてる。
彼女の手が俺の頬を包んだのを合図に、もう一度唇を重ねた。
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