165話 彼女三人とデート 前半
二日後。
デート当日を迎えた。
三月ともなると、朝の冷え込みも和らぎ、外が明るくなるのが早くなってきたのを実感する。
朝8時。
昨夜は興奮してなかなか寝つけず、今朝寝坊するんじゃないかとヒヤヒヤした。
今日は大事な告白の日。
昨日の晩に、お風呂で念入りに身体を洗い、清潔感をアップ。
決して夜に彼女たちと……ということではない。
今回はちゃんとよそいきのいい服も用意してある。
青系の長袖シャツ、アイボリーのチノパン、濃紺のジャケットだ。
ズボンはちゃんとベッドの敷布の下に挟んで折り目をつけた。バッチリである。
ウェストポーチを腰巻スタイルに装着して準備ヨシ。スニーカーを履いて宿舎を出た。
待ち合わせはギルドの裏、旧広場にある井戸のそば。つまりは別館の真ん前。
表広場だと目立つかなーというのと、ティナメリルさんの出待ちを捉えられるからだ。
集合時間は10時なのだが、現在時刻は8時30分。
いやもう部屋にいてもしょうがないし、井戸の縁に腰かけて待つことにした。
目の前の通りを人が行きかうのをぼーっと眺める。
ドラゴンの襲撃からちょうど半月。
フランタ市は落ち着きを取り戻し、人々の賑わいも耳にするようになった。
とはいえ爪痕はくっきり残ったまま。修復には相当な時間がかかりそう。
それでもフランタ市は生き残った。人々は前を向いて進み始めている。
ティアラ冒険者ギルドとしても、そんな町の復興の手助けをしていきたいと思っている。
9時30分。リリーさんとキャロルが二人一緒にやってきた。
「瑞樹さ~ん!」
キャロルの眩しい笑顔と元気な声に顔がほころぶ。
大きく手を振る彼女に対し、リリーさんは小さく胸元で手を振っている。
恥ずかしそうにはにかみ、それでいて嬉しさがにじみ出ているのがわかる。
「二人とも早いですね」
「瑞樹さんこそ」
「いや~待ちきれなくて」
「私たちも!」
お付き合いの返事をする前だけど、すでに内定は出ている状態。
彼氏彼女としての待ち合わせだ。
それにしても、いつもの制服とは違う、二人の私服に目を奪われる。
リリーさんのコーデは、薄緑のロングスカート、オフホワイトのブラウス、ベージュのパンプス。
真面目で控えめな印象のリリーさんにはピッタリ。この時季に合ってる色合いだ。
キャロルのコーデは、黒のパンツ、白のブラウス、茶色のショートブーツ。
これでもか……と言わんばかりの元気さアピール。自分をよくわかってるって感じ。
「いや……すごい!」
キャロルが後ろ手に組むと、腰の細さと足の長さが際立つ。
「キャロル、パンツなんだね」
「えっ、パンツ?」
「あ……言葉が変か。ズボンのこと。めっちゃ似合ってる」
「えへへ~」
リリーさんは右手で左腕を掴み、少し恥ずかしそうに上目で俺を見る。
「リリーさんもすごい似合ってます」
「ありがとう」
「なんていうか……二人とも衣装、頑張りました?」
「えっ?」
「正直綺麗すぎて、言葉が出ないっていうか……」
女性の衣装なんて詳しくはないが、パッと見、現代でも通用するんじゃないかな……と思うほど決まっている。
「も~、瑞樹さ~ん上手~!」
とても嬉しそうなキャロル……実は前日、友人にデートの話をして衣装選びをしたと白状した。
自分の売りは何かをしっかりアピールするようにとね。
それを聞いたリリーさん……「実は私も……」と友人にコーデを見てもらったそうだ。
もう百点満点である。
「そういう瑞樹さんもカッコイイですよ」
「えっ、そ、そうですか?」
「うん、普段と違って新鮮!」
「お世辞でも嬉しいです」
すると二人が全力で否定する。
「お世辞じゃないですよ!」「ホントホント!」
互いに見合わせて頷く。
「だって私の彼氏なんですから……」
リリーさんの台詞に、キャロルは目を見開いて驚いた。
俺も一瞬で照れてしまい、瞬間湯沸かし器の如く顔が熱くなった。
彼女自身も驚いていて、途端に顔がゆでだこのように真っ赤になった。
どうやら嬉しさのあまり、つい本音が口をついて出たらしい。
「リリーさんずる~い! 先に言うなんて~!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
すでにおのろけ全開。
俺としても嬉しいやらこっぱずかしいやらで、朝っぱらから幸せを満喫していた。
そこへ別棟の玄関が開き、ラスボス登場!
ティナメリルさんが姿を現した。
「おはよう」
「「おはようございます」」
二人がすかさず挨拶をし、遅れて俺も挨拶をした。
「おはようございます、ティナメリルさん」
「朝から元気な声が聞こえてたわよ」
ティナメリルさんの軽口に、俺たち三人はくすくすと笑った。
彼女の衣装はいつもと変わらないが、外出とあって、薄手のカーディガンを上に羽織っている。
かなり長い丈で、ジャケットというよりコートに近い長さだ。
朝の陽光で目にするティナメリルさんは、後光が差しているように美しかった。
「ティナメリルさん、きれ~!」
キャロルの感想にリリーさんが「うんうん」と頷く。
「ありがと。二人とも素敵よ」
二人は互いに見合い、軽く微笑んだ。
彼女は俺に目をやると、上から下までスッと目を通して評価を下す。
「瑞樹、似合ってるわよ」
「ありがとうございまっす!!」
姿勢を正して礼をすると、リリーさんとキャロルがおかしそうに笑った。
「瑞樹さん、ホントに副ギルド長に弱いですね」
「リリー、名前でいいわよ」
「あ、はい」
お互い、もう遠慮する立場ではないのよ……という意味合いがあるのだろうか。
その一言が嬉しそうだった。
「それじゃあ行きましょうか」
「よろしくね」
「「はい」」
さあ、彼女三人連れての初デートだ。まるで夢のようだ!
仕切りはリリーさんとキャロル。
「じゃあまずは冒険者広場方面へ向かいましょう」
「はい」
リリーさんとキャロルが先行、俺とティナメリルさんがついていく。
今回のプランを考えたのは、ティアラの女性職員たち。
ラーナさんが音頭を取って取りまとめてくれた。
ティナメリルさんは『人込みはダメ』『近年、町に出たことがない』ということを念頭に計画。
結果、ぶらつきながら町の紹介、川沿いの道を歩いたあと軽く食事、公園を散策してギルドに帰還の約三時間コースに決定。俺の女性経験のなさっぷりも加味した内容だ。
まあ今回は締めに告白する……という大仕事が待っている。
ラーナさんからは、「それさえ完遂すれば文句は言わないわ!」とお墨付きをいただいている。
妻帯者のガランドからも「気負うなよ」と激励を受けた。
まあ……なんとかなるか。
時折りすれ違う市民が驚いて振り返る。
多くはエルフのティナメリルさんにびっくりしたのだろう。
美人三人が楽しそうに歩いていることも注意を引くに違いない。
さすがに俺のことは彼氏には見えんだろうな。エスコート要員……親しい友人といった扱いだな。
でも違うんだな……「俺の彼女なんだぜ!」と、楽しそうな三人を目にして叫びたかった。
「そこの木陰で一休みしましょう」
「わかったわ」
リリーさんが指し示す先は、川べりに生えている常緑樹。
その下の木陰に丸太を半分に切った長椅子が見える。
見ると近くに屋台があり、どうやら飲み物を売っているようだ。
あーなるほど、ここで休む予定だったんだな。
「あ、俺、飲み物買ってきます」
「お願いします」
木のコップに入った果物を絞ったジュース。
トレイに乗せて運んできた。
四人それぞれ手に取ると、軽くコツンと乾杯した。
「ティナメリルさん、疲れませんか?」
「ん? 大丈夫よ」
ティナメリルさんのジュースを飲む姿に、連れ出してよかったなとホッとする。
リリーさんとキャロルも気負うことなく、ティナメリルさんに楽しそうに話しかけている。
この光景を眺めているだけで幸せだなーと感じ入ってしまった。
「あっ!」
唐突にあることを思い出す。
「――どうしました?」
「わ~すれてた!」
もう完全に失念してた!
急いでウェストポーチからスマホを取り出す。
「あっ」
キャロルがすぐに気づいた。
この一大イベントを写真や動画に撮らんでどーするよってなもんだ!
「三人、ちょぉっと寄ってもらっていいですか?」
キョトンとするティナメリルさんにリリーさんが促すと、頷いて肩寄せあう。
まずは三人だけを写真撮影。
次いで動画にして自撮りモードにし、俺が彼女たちの前にしゃがむ恰好で入る。
「楽しそうに手でも振ってもらっていいですか?」
「ふふっ、はい」
俺が先手を切って手を振る。
「いえぇぇい!」
キャロルは何してるかを理解しているので、明るく笑って手を振った。
「映ってる~?」
リリーさんは静かに胸元で手を振る。
ティナメリルさんはリリーさんに目を向け、何となく『スマホに手を振ればいいのね』と理解して同じ仕草をした。
にっこり楽しそうに手を振る画面内のティナメリルさんに、俺は嬉しくて思わず涙が出そうになった。
昔はこんなふうに人と接していたんだろう……。
しかし人間に興味をもっていたことを忘れてしまい、彼女は外に出ることをやめてしまった。
これから楽しいことを知ってもらいたい。ティナメリルさんに喜んでもらいたい。
俺との出会いなんて、彼女にとってはほんの一瞬の出来事だ。いずれ忘れられてしまうだろう……。
それでもいい……。
彼女が生きたくなるきっかけになればいい。そう思う。
「ティナメリルさん、見てください」
「あっ、映ってる映ってる!」
「動画でしたっけ? すごいですね!」
ティナメリルさんは、スマホに映る自分の姿に見入る。
「――これは……私……なのね?」
「安心してください。何かを取られたとかはないですから」
「……面白いわね!」
「これからバンバン記録していきますからね。三人との生活を!」
俺の言葉に、ティナメリルさんは頬を緩め、リリーさんは花が咲いたように笑顔になり、キャロルは弾けるように喜びを露わにした。
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