163話 一夫多妻の理由
「あっ」
唐突に違和感に気づいた。
「ガランドはスーミルさんと結婚してるじゃない?」
「ああ」
「その……『二人目の奥さん』が欲しいと思ったことはないん?」
「あー……」
空気がピシッとなった気がした。マズい質問しちゃったなー。
ガランドはスーミルさんをチラっと見やり、「ないよ」と口にした。
「んー、主任も奥さん一人なんだよね?」
「たしかそうだな」
「ギルド長もたぶん奥さんは一人。なあ……この国は一夫多妻だというが、結局みんな奥さん一人だけじゃない?」
「あーそれはだなー……」
ガランドはひじ掛けに体重を乗せると、俺をじっと見つめた。
「条件があるんだよ」
「条件!?」
一夫多妻に条件があるということに驚くと、ガランドが指折りしながら説明する――
一つ目、『高額の収入があること』
一夫多妻とは複数の所帯を持つことと同義。つまり養う家族が多いということ。
たとえば妻にそれぞれ子供が三人できると、妻一人だと五人家族、二人だと九人、三人だと十三人にもなる。当然、住む家も大きくないといけないし、養うのに莫大なお金が必要になる。
じゃあ「子供を作らなければ……」というのもありだけど、それは一夫多妻の制度に反している。
そもそもが『富めるものは妻を複数娶り、子をたくさん成せ』という趣旨だからだ。
二つ目、『妻に対する愛情の平等性』
一言で言えば「妻に序列をつけたり、愛情を偏らせてはいけないよ」ということだ。
そんなの簡単でしょ……と思うのは早計。これがなかなか大変……。
たとえばティナメリルさんと一日デートしたら、キャロルやリリーさんともデートする日を設ける必要がある。
もちろん夜の営みもそれぞれ必要。3Pだの4Pだのとまとめて済ます……なんてのはダメ。
誰かにプレゼントをしたら他の二人にも必要、誰かの趣味に付き合ったら他の二人の趣味にも付き合う……そんな感じだ。
まあ厳密に細かくというわけではないが、とにかく『愛情が偏っている』と妻に思われたらダメということだ。
三つ目、『妻同士の了解を得る』
要は妻同士がなかよくできるか……ということ。
表面上はうまくいっているようにみえて、実は腹ん中にわだかまりを溜め込んでいたりする。
しかもそれは夫にはわからないし、解決のしようがない。
この国の一夫多妻の一番の難関はこれだという。
「じゃあ、ガランドんとこがスーミルさんだけなのは……」
「うちは金と、妻の了解が得られないからだな」
ガランドは即座にフォローを入れる。
「もちろんスーミルだけを愛してるからな」
この国が一夫多妻なのは、そうせざるを得ない土壌があるため――
それは『人がすぐ死ぬ』せいだ。しかも男がよく死ぬ。
戦で死ぬし、森で死ぬし、盗賊などの襲撃では必ず殺される。
なので自然と男性比率が少なくなる。
そうなると複数の女性を娶るのが当たり前になって、必然と一夫多妻になるわけだ。
「なるほど……」
改めて自分の立場で考えてみる――
一つ目の金、これはまあ大丈夫……かな。
ギルド職員として正社員だし副収入もある。何より今は女性三人とも働いている。
子供ができたらいずれは退職するだろうが、今のところは問題ない。
二つ目のわけ隔てない愛情、これも大丈夫。
自分で言うのもなんだが、俺はそういうのちゃんとできるタイプ。
三つ目、たぶんこれが問題。
ティナメリルさんが二人を受け入れるか……だな。
「う~ん……」
「問題か?」
「ティナメリルさんが二人と付き合うことを『うん』と言ってくれるかだなー」
「言うんじゃないか?」
「ええ!?」
「だってエルフだし」
「そうね」
二人とも即答。何の疑問もないらしい。
どうも二人はエルフを別の生き物だと思っているふしがあるな……まあ別種族なんだけど。
なんていうか、「人間じゃないから関係ないんじゃね?」みたいな認識だ。
「瑞樹さんはティナメリルさんとよくお話しするんでしょ?」
「はい」
「なら直接聞いたほうが早いわよ」
「まあ、聞くしかないんですがねー」
「瑞樹は副ギルド長が『ダメ』っていうと思うか?」
少し考える。
ティナメリルさんが二人を拒絶するイメージが浮かばない。というか関心があるのかすら微妙な気がする。
「……いや」
「だろ? もう二人ととっとと付き合うって報告しちゃえば済むと思うぞ」
「瑞樹さん。リリーさんとキャロルさんに返事を待ってもらってるんでしょ?」
「はい」
「二週間以上はさすがにいけないわ」
「……そうですね。はい」
奥手を言い訳にする期限はとっくに過ぎてるわなー……。
「わかりました。二人にきちんと告白します」
「付き合うってことね?」
「はい」
「「おおー!!」」
ガランド夫妻は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「瑞樹はもっと自信を持ったほうがいい。二人……いや三人まとめて面倒見るぐらいはできるさ」
「二人が喜ぶ姿が目に浮かぶわ」
「頑張ります」
三人でカップを掲げて乾杯した。
「うちも頑張んないとな」
「もう……」
ガランドがスーミルさんに言葉をかけると、彼女は少し照れた。
「ん?」
「いや、うちもそろそろ子供を作ろうかなーとな」
「……お?」
おいおい、いきなりそっち系のネタに移るのか?
スーミルさんと子供を作るということは……夜の営みを頑張るってことだよな。
赤裸々な告白に照れて顔が熱くなる。
というかその手の話を俺がいてするというのは、俺が二人と付き合うと決めたからだろうか……。
……お前もするんだろ? みたいなさ。
そうか……これが大人の会話か。
「ただなー、教会が潰れてしまってるからなー」
「そうねー」
二人の表情が少し曇る。
「ん? 教会が何か?」
「いや、子供を作る前に教会でお祈りをしてもらわないといけないからな」
「そうなの?」
「ああ。今は復旧活動で大変そうだし、もう少し待とうかな」
「ふ~ん……」
この国じゃ子供を作る前にお祈りしてもらうのかー。
何だろ……安産祈願かな。まあ別に日本でもあるな。神社にお参りして『子宝祈願』とかしてもらう儀式だ。厄払いとかしてもらうんだっけ?
あーそっか、教会が幅を利かせてる国だからか。寄付を集めないとだしな。
この国の人々は信心深いのかもしれないな。
「というかな瑞樹、うちの職員たちも結構その気になってるのが増えてるぞ」
「その気?」
「キャロルやリリーだけでなく、他の職員も男女問わず告白しまくってるし、妻帯者は子供を作ろうかと盛り上がってるな」
「マジか! 知らなかった!」
ドラゴン襲撃という命の危険に皆が遭遇し、人恋しくなったのだろうか。
たしかに、あのティナメリルさんですら「好き」って言ってくれたもんな。
恋バナ追加とばかりにスーミルさんが食いついた。
「ねね、誰? ラーナさん?」
「いや、ラーナは自分のことよりリリーとキャロルの心配をしていたな」
「ふ~ん……ラーナさんは好きな人いないのかしら? 瑞樹さんとか」
「あー、ラーナは瑞樹のことは弟みたいらしい。出来のいい弟で満足してるってさ」
「な~にそれ~! つまんない!」
そ、そうだったのか。
ラーナさんには弟扱いされてるのか……いや、たしかに言われてみればそんな感じだな。
「で、瑞樹」
「はい?」
「いつ返事するんだ?」
「そうだなー……」
すると決めたのだから明日にでもしたいところ。
だが三人に話をするとなると、一緒になれる日がほしいんだが……。
「そういや三日後にギルドは休業するんだっけ?」
「あー、職員の休みの申請が多かったらしいな。それでギルドを休むことにしたんだっけ。俺も休みを取る申請したからなー」
「そうだったのか……」
「じゃあリリーさんとキャロルも用事があるのかな……」
「明日、聞けばいいんじゃないか?」
「……そうだな」
リリーさんとキャロルに三日後の予定がないか聞いて、なければデートに誘う。
それにティナメリルさんも参加してもらえるかを尋ねる。
「よし! 腹は決まった!」
やっぱり人に相談するのは大事だな……。
「んふっ」
「頑張ってね!」
時計を見ると20時前。だいぶ話し込んでしまったな。
「今日はおいしい食事とお酒をいただきありがとうございました。お話、大変ためになりました」
「いえいえ。またいつでも来てくださいね」
「何か相談事があれば遠慮するなよ」
「はい」
「結果はちゃんと報告しろよ!」
「……ん」
深々とおじぎをしてガランド宅をあとにした。
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