162話 ガランド夫妻に恋愛相談
「――撤去作業の依頼ですね、何名ですか? ……四名で。ではこれに記入を」
「この荷物は重いので、気をつけて配達してくださいね」
「あ、登録ですか? えっと、あちらのカウンターでお願いします?」
「運搬……十名? あー受けたらとにかくまわします。今はそれで――」
「――字、書けます? なんなら代筆しますよ」
ドラゴンの襲撃から約二週間が過ぎた。
三日前まで、冒険者の影も形もなかったのだが、ここ数日でいきなり増えた。
領主が「フランタ市は健在である」とのお触れを出し、フランタ市の復興事業には『特別手当』を上乗せするとしたおかげだろう。
それを耳にした人たちがこの町にやってきたのだ。
おかげでティアラ冒険者ギルドも閑古鳥から一転、仕事を求める冒険者たちで溢れかえっていた。
こうなると、負の噂から正の噂へ転換。
配達などで各地へ赴く彼らからフランタ市の話が伝わると、町の壊滅というのはデマだというのが判明、徐々に騒動が収まっていった。
臨時で受付カウンターに座っていた俺は、客足が一息ついたようなので経理業務に戻る。
ガランドがくいっと顎で「お疲れ」と労う。
「新規多かった?」
「あーそうだな。一般の人も増えたからな」
日本でいう『災害ボランティア』みたいな人たちのことだ。
戦うわけではないので戦闘技術などいらない。
ここに来りゃとにかく仕事があるってことで、あちこちから来ているのだろう。
「てか、うちじゃあまり見ないベテランっぽい連中も増えたなー」
「よそで活動してる連中だろう。ああいう連中は義侠心も強いからな」
「――金目当てじゃなくて?」
「そりゃ金だろう!」
ガランドのオチにハハハと笑う。
「――なあガランド」
「ん?」
「ちょっと相談したいことがあるんだが……」
「相談?」
ガランドの筆が止まる。
「…………うん」
奥歯に物がはさまったような返事に、ガランドは何となく察した様子。
彼は少し考えると、
「――じゃあ……今日、うち来るか?」
「えっ!?」
どっかの食堂で飲みながらと思っていたので驚いた。
「静かなほうがいいだろうし、それに――」
ガランドはキャロルを一瞥した。
「女性にも聞いてもらったほうがいいんじゃないか?」
どうやらキャロルとリリーさんの件ということで、奥さんの意見も拝聴すべきと判断したようだ。
彼の配慮に小さく「うん」と頷いた。
終業後、ガランドに連れられてギルドの裏から退社、俺が住んでる宿舎前を通り過ぎる。
このまま行くと冒険者広場かな……と思っていると、右へ曲がりさらに進む。
すると周辺に、この国のアパートっぽい建物が数棟見えてきた。
そのうちの一つ、三階建ての物件へ入ると、二階へ上がり、木製の頑丈そうなドアが並んでいる通路を歩く。
あるドアの前で立ち止まり、ガランドがデカい鍵を鍵穴に差し込んで捻ると、ガチャリと大きな音がした。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
ドアを開けながらガランドが声をかけると、中から聞いたことのある女性の声がした。
ガランドの妻、スーミルさんだ。
奥からスッと現れると、夫の後ろに俺がいるのに気づいて足が止まる。
「――瑞樹さん!?」
「ど、どうも」
突然の訪問に驚いてガランドを見やる。顔に「どういうこと?」と書いてある。
「瑞樹がな、俺に相談したいことがあるっていうんで連れてきた」
「まあ!」
「すみません。ホントお構いなく」
夫が会社の同僚をいきなり家に呼ぶというシチュエーションだ。
ドラマだと妻は「呼ぶなら電話ぐらいしろよ!」という顔で出迎えるもんだが、この国にそんな情報伝達手段はない。なのでどうしてもいきなりになる。
嫌がられるかとじっと顔色を窺うが、以前見た優しそうな笑顔で迎えてくれた。
「いえいえ、どうぞお上がりください」
「まあ狭いところだがな」
「いや、十分広いよ。日本なんかもっと狭いからな」
「あーそういやなんか狭い国だって言ってたな」
「うん」
学生の俺には夫婦の住まいの基準はわからない。国も様式も時代も違うしな。
ただ、俺の叔父が新婚のときに住んでいた公団住宅ぐらいの広さかな……という感じ。
若いガランド夫妻にはちょうどかもしれない。子供もまだみたいだしな。
「ん? どうした?」
「あ、いやなんでも……」
ガランドが土足のまま入っていくのを目にし、日本人の俺はどうしても抵抗があり立ち止まる。
靴に泥がついてないをチェックし、入口でつま先をトントンとして中へ入った。
おいしい食事をいただき、お酒の用意も済んだところでスーミルさんがガランドの隣に座る。
互いに笑みを浮かべて乾杯し、本題に入る。
「――で、相談って……キャロルとリリーの件か」
「まあ、はい、そうです」
ガランドは「ふーむ」と大きく息を吐き、チラっと妻に目をやる。
スーミルさんは表情を抑えてはいるものの、どうやら恋バナだと知り、少しウキウキしているのがわかる。
俺は深呼吸をすると、まず現状を確認するように話し始めた。
ドラゴンを撃退した当日。
ギルドへの帰り道でティナメリルさんに告白。恋人同士になり、その場でキスもした。
ところがギルドへ戻ると、キャロルとリリーさん、二人からも告白を受けた。
突然のことだったのと、日本では『女性と付き合うのは一人のみ』という倫理観から、二人への返事を保留してしまった。
その後、なんやかんやと忙しく、返事をしないまま二週間以上が経過した――
……と、すかさずスーミルさんが苦言を呈す。
「忙しいってのは言い訳ね」
「……はい」
自分の不甲斐なさに意気消沈する。
「つまりあれだろ、瑞樹が『複数の女性と付き合うことに抵抗がある』ってだけだろ」
「それもあるんだが……どうも信じられなくて」
「はぁあ?」
「あとまあ、俺、自分に自信がないから『俺なんかでいいのかな~』って思ったりもして……」
ガランドが眉をひそめる。
彼は俺の気弱さに呆れつつも、怒るような感じではなかった。
「そういや瑞樹は対人関係が弱いんだったな……」
「弱いって?」
以前、避難訓練の話のときに意思疎通がうまくいかなくて、しばらく距離を取っていた話をした。
「昔、何かあったの?」
「あー……まあ…………」
酒をぐっと飲むと、学生時代に女性に振られた話をした。
高校二年のとき、告白して彼女ができたけど、付き合って半年で「ごめん」と突然言われて振られ、気づいたら彼女は後輩と付き合っていた。
理由を聞いても「私が悪いの」としか言わなくて、しばらくずっと引きずってしまう。
大学生になっても女性と縁もなく、「あー俺はモテないんだな」と、次第に女性と距離をとるようになった……。
「でもティナメリルさんには『好き』って言えたんだろ?」
「んー彼女は別枠っていうか……ちょっと伝わりにくいんだけど……」
ぶっちゃけ彼女は人ではない。エルフだ。
人間の女性っていう感覚がないので、むしろ会いたい欲求のほうが強かった。
しかも彼女のほうから「お話がしたい」と誘われたわけだし。
アイドルファンが推し活するってこういう感じなのか……と何となく理解できた。
などと二人に説明しても、よくわからんという表情をされたので、
「リリーさんとキャロルは“職場の女性”という心理的抵抗が大きい。嫌な感情を持たれたらギルドにいられなくなる。そのほうが怖い」
と、踏ん切りがつかない理由を述べた。
「相手はどんな人だったの?」
「ん?」
「その後輩という男性……」
「いや、よく知らないんだけど……彼女と同じ美術部、あー絵を描くのがうまい人なのかな」
「……絵描き」
ガランドがボソッと口にすると、二人は互いの目を見た。
「他に何か言ってなかったのか?」
「んー……」
電話でしつこく理由を聞いたとき、少しだけ彼女が漏らした言葉を思い出した。
「そういえば、『私がいないと彼はダメなの……』とか言ってたかな」
「「ああー!!」」
ガランド夫妻はそろって得心がいったとばかりに声を上げた。
「あれだ! イリーナさんとこの娘の……パン屋の」
「たしか婚約が決まってたのに、町に来た旅芸人と『私が支えてあげるの』とか言って出ていった……」
「それっ! しばらくして戻ってきてな。父親にものすごく怒られて……」
「絵描き……そう絵描きよ! そのあと町に来た絵描きと『私が支えてあげるの』とか言ってまた出ていった――」
どうやら似たような話が、ガランド夫妻の知り合いにいたようだ。
二人してじっと俺を見つめる。
「瑞樹、お前頭いいだろ。計算得意だし」
「ん、んーまあそうだな」
「あと『人に頼らない』よな。なんでも自分で決めて進めてしまう……」
「だってそれは……」
そのほうが早いし都合がいい。
まわりに頼れる人もいないし……と、先の避難訓練の話で失敗したことが頭に浮かんだ。
勝手に嫌われたと思い込んで誰にも相談しなかったことだ。それでみんなに心配をかけてしまった。
「うん、そういう性格だな」
「まあだからといって『ドラゴンの撃退方法』なんかを相談されても困るがな」
ガランドは軽く冗談を言って、酒をくいっと飲み干した。
スーミルさんは酒の瓶を手に取り、ガランドのコップに注ぐと俺に向けて差し出した。
「瑞樹さん、その女性はきっと『自分が好きな女』だったのよ」
「というと?」
俺は自分のカップを半分空ける。
「自分が好きだから自分を認めてもらいたい。自分を頼ってくれる男性……『彼の力になれる私はすばらしい!』ってね。その性質が強かったのね」
「……母性本能が強いってことですか?」
「母親みたいってこと?」
「はい」
「んーそうね。瑞樹さん、知らない? 『ダメな人を好きになる女性』っていうの」
「あー、聞いたことはあります。全然理解できないですけど……」
「それ!」
「えっ?」
スーミルさんはにんまりする。
「理解できないの。その女性はそういう人だった……としかわからないのよ。おそらく本人もわからないでしょうね」
「――はあ」
物事には『原因があって結果が起こる』ものだと思っている。
なので、女に振られた理由が絶対に何かあるのだと考え、理由がないと言われても納得がいかないものだ。
しかし女には理由がなく別れることがあるという。
嫌いになったわけでもなく、『わからないけど別の人を好きになった』というわけだ。
そんなのたまったものではないが、そういう女もいる……というわけだ。
「瑞樹さんは素敵よ。気にしたらダメよ」
「あ、ありがとうございます」
ちょいと首を下げると、ガランドがスンとする。
「まあ……瑞樹はいい奴だと思う」
「あら、ヤキモチ?」
「いや、そうじゃないけど……」
目の前でのろけんなよなーと思いつつ、酒に口をつけた。
「瑞樹、これは内緒だがな……リリーはだいぶ前からお前のことが好きだったみたいだぞ」
「えっ!?」
「キャロルも好意を持ってたみたいだが、気づいたのは休息日のときらしい」
「あなた、それは?」
「ラーナから教わった。二人が瑞樹のことが好きらしいから協力しろとな」
「まあ!」
その話を聞いて、俺は途端に顔が熱くなった。
「リリーもキャロルもそんなすぐ心変わりするような娘じゃあない。お前のことずっと見てきて好きになったんだし、応えてやってもいいんじゃないか?」
女性に心変わりされるかどうかなんて誰にもわからない。
だからといってそれを理由に二人の思いを断るのは、さすがに男として情けない。
フラれていつまでも引きずる性格が直るわけではないが、結局のところ、俺が覚悟決めて一歩踏み出すしかないのだ……。
「――いいんですかね?」
「何が?」
「その……俺、ティナメリルさんと恋仲になってるわけだし」
「いやだから『複数の女性と付き合ってもいい』って言ってるだろ! そんなにリリーとキャロルは嫌か?」
思わず大きく首を振る。
「ううん……いいです。その……好き……かな」
「じゃあもう決まりだな!」
「そうね」
二人がコップを差し出す。乾杯の合図だ。
俺は何か引っかかるものを感じつつ、コツンと乾杯した。
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