16話 ティナメリル副ギルド長
翌日、主任はギルドのみんなから昨日の猫人が来た話を聞いた。
原因を知ってじろっと俺を見る。
女性たちが可愛い可愛いを連呼するので、顔には出さなかったが悔しそう。
知らんぷりを決め込もうか……。
しかし商品頼んだので近いうちまた来ると告げると溜飲が下がった模様。
「今度からは私がいるときにお願いします」
珍しく主任が揶揄ったので笑って返す。
猫人の冒険者でもいればギルドに立ち寄るんだろうが、行商人では依頼でもなければ来店しない。
俺も身長ほぼ俺と同サイズの猫、見たのも初めてだし会話も初めてだ。
ただあれだ……日本はゆるキャラ大国――着ぐるみキャラはたくさんいるからだろう。
被り物と思えばそれほど驚きはないな。
そしてふと思う。
――これ猫以外も当然おるよな?
犬とか熊とかいるのだろうか。
アニメで見た熊キャラを思い出して思わず吹き出しそうになった。
昼過ぎ、ギルド長が階段を降りてきて声をかける。
「タラン、ちょっと出かけてくる――」
言いかけたその時、奥から白っぽい薄手の肩掛けを羽織った女性がスッと登場した。
俺は書類を見ていたので気づかなかった。主任が席を立って声をかける。
「副ギルド長!」
後ろを向いて彼女を目にした瞬間、驚いて声が出た。
「うぉ!」
透明感のある素肌に、美人という形容では足りないその容姿端麗な顔――そして長い耳。
俺はその耳を目にして理解した――
エルフだぁぁああああああああああ!!!
思わず目を疑った。
いや考えてみればそうだ!
猫人もいたのだからエルフがいてもおかしくはない!
魔法が存在する世界だもんな。
だが客として来店で驚くならまだしも、職場にホイと出現するとは予想できるわけもない。
不意をつかれて体が震えた。
皆も驚いている……だが理由は俺とは違ってた――
あとで知るのだが、副ギルド長は滅多に店頭に姿を見せない。
年に1度あるかないかの頻度らしい。
ギルド長室に来る際は、職員が帰宅した後なのだ。
そして来店した客も彼女の登場に驚いている。
うちの冒険者は新人が多いので、ティアラにエルフがいるとはまず知らない。
いわゆる隠れキャラである。
なので目にした人は間違いなくびっくりする。
そしてみんな自慢するんだと。そりゃそうだろうな……。
道理で主任がいずれ紹介するって言った時、自信ありげに含みを持たせてたわけだ。
「何か御用ですか?」
主任の問いに答えず店内をゆっくり見渡す。
目が合った――碧玉色の瞳に吸い込まれそう。だが華麗にスルーされる。
そして主任に書類を手渡す。
いつもは職員が持ってくるのになぜだろうと驚いている様子。
ギルド長も彼女の様子をうかがっている。
主任はハッと気づく。
「副ギルド長! 彼が先日雇いました…ニホン人のミタライミズキさんです」
「ミズキさん、ティナメリル副ギルド長です」
「!?」
いきなり紹介されて焦る。
慌てて立とうとして机をガタガタっと揺らした。
エルフを目にしてこれほど緊張するとは……心臓がバクバクしてる。
「あ、ハ…初めまして、この度…こちらで働くことになりました御手洗瑞樹でツ。よろシュくお願いします」
あがって声がうわずった――恥ずかしさでバッと会釈する。
やらかして顔が火照るのを感じつつ目を閉じる。
そしてゆっくり顔を上げると彼女はとても驚いている様子。
主任に目をやると彼もだ。
「あっ」
すぐに気づいた――エルフ語をしゃべったのか。
見ると皆も驚いているのだが視線は副ギルド長に向いている。
どうやら彼女の反応を待っている様子だ。
ギルド長も階段の手すりを掴んだまま固まっている。
相当マズい出来事なのだろうか……。
しばらく俺を見つめた後「よろしく」と一言だけ発して戻っていった。
それをきっかけにギルド長も出かけた。
すぐさまみんなから質問される。
さすがに猫人語に続いてエルフ語もとなると「勉強しました」は通じない。
詳しくは言えないと前置きしてネタばらしをする。
「皆さんが言ってることはわかります。でも言葉はわかりません」
禅問答みたいな答えに皆首を傾げる。
「んと……私マール語知らないんですよ」
皆キョトンとする。そらそうだ……絶賛しゃべっているからな。
「自分がしゃべっているのは日本語で、皆さんの言葉も日本語に聞こえてます」
と言ってもなかなか理解が及ばない様子。
どうやら口の形もマール語をしゃべっているように見えるそうだ。
自分で説明してて思う。
――『わかるけどわからない』という意味を説明するのはかなり難しい。
「『私の名前はタランです』これわかります?」
「『私の名前は御手洗瑞樹です』これでいいですか?」
主任が後ろから声をかけたのでそれに答える。
するとみんながどよめいた。
どうやら隣の国――ダイラント帝国の言葉『ダイラント語』をしゃべったらしい。
それで何となくわかってもらえたようだ。
『自動で言葉を翻訳して相手に合わせて話せる能力』を持っていると。
魔法がある世界だからか、むしろそのほうが納得できるらしい。
俺は気味悪がられなかったことに胸を撫でおろした。
それでは試しに猫人語で「よろしく」と言うよと伝え、
そして声をかけた――
するとみんな真似てニャーと鳴くと、お互いの顔を見合わせ爆笑した。
仕事に戻る……が、エルフとの出会いが頭を駆け巡る。
にやにやが止まらない。
エルフが上司にいる会社……マジでここに就職できて良かったと心の底から喜んだ。