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159話 フラッシュバック

「このような形でまたお目にかかることになるとは思ってもいませんでした」

「私もだ」


 あきらかに疲れた表情が見て取れる侯爵閣下。

 昼だというのにちょっぴし髭が伸びているし、髪の毛もところどころはねている。

 リーシェ夫人とライナス君の不安そうな表情を浮かべており、衣服が何となくお出かけスタイルな感じ。

 すぐにピンときた。

 おそらく王都にでも避難させようとしていたのだろう。

 ……もしかして侯爵も逃げようとしてた?

 筆頭執事のオルトナさんは動じる様子もなくビシッと決まっており、次席執事のアルナーは少しバタついてる印象かな。

 軽く頭を下げたのち、アッシュ、バザル副隊長、シーラの紹介を済ませ、とっとと本題に入る。


「フランタ市がドラゴンに襲われた状況をお話に参りましたが、まず最初にお伝えすることがあります」


 真面目な表情で告げると、侯爵は「なんだ……」という表情で身構えた。


「フランタ市は無事です」


 にっと軽く笑みを浮かべると、侯爵は一瞬びっくりしたのち、毒気を抜かれたように大きく息を吐いた。

 ただし被害は甚大なので、早急な救援活動が必要と言うと、やはりかという感じで顔を曇らせた。


「で、おそらく一番の懸念が、『ドラゴンが他の都市を襲撃するんじゃないか』ということだと思います」

「それだ! その……ドラゴンとやらはここへ来るのか?」


 途端に皆の表情が強張った。


「いえ、おそらく来ません。奴は東の空へ這う這うの体で去っていきましたから……」

「ん? ホウホウノテイ……とは?」

「あ……言葉が伝わんないかな。ひどい目に遭って逃げていったという意味です」


 アッシュに目をやる。

 侯爵の机の上に荷物を広げるように促すと、彼はつかつかと歩み出て、包まれていた牙を見せる。


「「「うわっ!!」」」


 侯爵、オルトナ、アルナーの三人は驚きの声を上げる。

 間髪入れずに、俺はショルダーバッグから布に包まれた鱗を取り出した。


「こちらもどうぞ」


 するとライナス君がヒョイとソファーから立ち上がり、夫人が止めるのも聞かずに侯爵の机のそばに来た。

 おっかなびっくりではあるが、珍しそうに牙と鱗を眺めている。


「これがその……牙と鱗なのか?」

「私もどこの部位かまではわかりませんが、確実にダメージを与え、よろよろと逃げ帰るのを目にしました」


 筆頭執事のオルトナが申し訳なさそうに口を開く。


「瑞樹さん、私たちはその……『ドラゴンが何か』をよく知らないのです」

「あっ!」


 その言葉で思い出した。

 以前、避難訓練の話をギルドでしたとき、「ドラゴンを知っているか」と尋ねても知っている人はいなかった。

 ベテラン冒険者のアッシュでさえ初見だったのだ。

 つまり侯爵は『フランタ市がドラゴン(何かは知らない)に襲われて壊滅した』という情報しか知らないのだ。

 オルトナが小脇に抱えている書類束は、ドラゴン襲撃から逃げてきた避難民の噂などの報告だが、どれも的を得たものがないのだそうだ。


「つまりドラゴン自体がよくわからないのですね」


 侯爵は渋い顔で頷いた。

 そりゃあ政に従事する人には縁のない事柄だろう。

 怪獣映画でも、政府のお偉方が報告を受けて「何それ?」とポカンとするシーンがちゃんとあるしな。


「それならなおのこと、俺が報告に来てよかったわけだ……」


 小さく呟くと、ウェストポーチからスマホを取り出した。

 と、すぐに部屋を見渡して、夫人とライナス君に目をやる。


「リーシェ夫人とライナス君には席を外していただいたほうがいいかな。あまり見せたくないものなので……」

「……なんだ!?」


 俺の言葉に侯爵は訝ると、アッシュが「ああそれか!」とボソッと呟いた。


「アッシュ、知ってんの?」

「あ、ああ。お前の手助けに行く前に、キャロルさんが触っているのを見たんだ」

「なるほど」


 アッシュは知っていたのか。それなら話はしやすいか。

 俺の忠告を受けて、侯爵は夫人とライナス君を別室で待つように告げた。


「……みなさん、口は堅いですよね?」


 これからやることは他言無用と念を押す。

 まずスマホで、アッシュが手を振る様を撮影し、録画機能について説明した。

 当然アッシュ以外の四人は初見。

 録画に怯えるお約束を済ませ、録画についての理解に少し時間を要した。


「つまりその魔道具は、風景を記録するもの……というわけだな」

「そうです。で、これにドラゴンの映像が録画してあります」


 対面では見せにくいので、領主にこちら側に来てもらう。

 俺が執務机に向かってスマホを置き、ちょいと腰を下げて再生スタンバイ。

 右側に侯爵閣下とオルトナ、左側にバザル副隊長とシーラ、俺の後にアッシュとアルナー、といった感じでスマホを覗き込んでもらう。


「では行きます」


 一番最初は俺が撮影したとっておきのシーン。

 ドラゴンが南門上空で静止し、南大通りに向けてブレスを放射する圧巻の映像だ。

 まんま怪獣映画の宣伝に使えそうな迫力。


「「「うわああああああああ!!」」」


 みんなから叫び声が上がる。

 ところがここで想定外の事態が起こった――


「いやあああああああああああ!!」

「うわ……あ、ああ……ああああ!!」


 シーラは、ドラゴンのブレスを見た途端、絶叫して腰を抜かし、両手で顔を覆って震え出した。

 バザル副隊長も後ずさりし、とても苦しそうな表情を浮かべたと思うと、顔を覆ってうずくまった。


「えっ!?」


 思いがけない出来事に唖然とする。

 すぐにアッシュがシーラに駆け寄り手を差し伸べるが、彼女は半狂乱でその手を寄せ付けない。


「いやっ! 熱い! 熱いのはいやあああああ!!」

「うっ……うう……うぐうぅぅうぅ……」


 副隊長もうずくまって身体を縮こまらせている。とても痛みに耐えかねて苦しそうな様子である。

 ここでやっとピンときた。


「ああ! ダメなのはそっちだったか!」


 オルトナがすぐにメイドと使用人を呼び、アルナーが二人を別室で休ませる手配をした。

 侯爵は「一体何が起きたんだ」と、顔面蒼白で立ち尽くしている。

 アッシュも二人が取り乱したことに驚きを隠せない。

 程なくしてオルトナとアルナーが戻ってきて、二人を寝室で休ませたと報告した。


「何事だ一体!?」


 俺が事情を説明する。


「あの二人は、ドラゴンが吐いた火をまともに食らって重傷を負ってたんです。俺が診たときは全身大火傷で生死をさまよっている状態でした。おそらく今の映像を見て、自分が焼かれたときのことを思い出してしまったんでしょう」


 救護室で俺が来るまでの数時間、治療もされずに苦しんでいたのだ。それは想像を絶する痛みだったはず。

 ドラゴンが炎を吐くシーンを目にした瞬間、焼かれたときの光景がフラッシュバックしたのだろう。


「しかし二人は元気じゃないか!」

「私がその日の夜に治療したんです。二人は知りませんがね……」


 オルトナとアルナーの執事二人は思い出した。

 ここの厨房で火事が起きたとき、大火傷を負ったはずの調理人が無傷だったことを……。


「まあ、二人には申し訳なかったですが、報告を続けましょう。とにかく見ていただきます」


 領主、オルトナ、アルナーの三人は、このあとどんな映像を見せられるのかという不安な表情を浮かべる。

 夫人とライナス君がこの場にいなくてマジよかったわー……。



 その後、実は俺も初見となる『自分たちの戦闘シーン』を拝見しながら、実況風に解説をした。


「ここ、ここはですね……ドラゴンを誘導してます。奴は火を吐いたあと飛べないみたいなんです。――ここでブレスに水をぶつけて相殺してます。――ここで二人が来たんですねー。……あー城壁からピョンピョン跳んできたのか。なるほどねー」


 二人が参戦する様を初めて目にした。

 アッシュに目をやると、彼は少し照れくさそうな表情を見せる。


「でここ、俺がこっそりドラゴンの目をぶち抜いたんですが、ここで二人が大怪我負っちゃって。――で最後、ここでドラゴンに剣を飛ばして大ダメージを与えたんです。――うぅわ! ほんの一瞬、ブレス食らったのか。それで目が焼けたのか……」


 俺も初めて見る映像。

 ドラゴンの口に剣が吸い込まれると、悶絶しながら墜落し、頭を何度も地面に叩きつける様子が映し出された。

 そしてドラゴンがふらふらっと飛び上がり、ゆっくりと東の空へ飛び去っていくシーンで締めくくられていた。


「それにしてもキャロルは録画がうまいなー!」


 多少のブレはあるものの、しっかりドラゴンを捉えて撮影されている。

 しかも時折入る、みんなの絶叫する声などがライブ感を増し、動画としてとても見ごたえがあった。

 戦っている俺たちは、米粒にも満たない点なので誰が誰というのはわからないが、自分は理解できたので問題ない。

 アッシュも、自分がドラゴンの足を殴りつけているシーンのところは、感心するようにじぃーっと観ていた。


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― 新着の感想 ―
数日前に聖職者の精神浄化がPTSDに多少なりとも効く(148話)って気づいたばっかりなんだから、使ってあげればいいのに。
[一言] キャロルの意外な才能が カメラマンの才能はこの世界じゃまだ開花できるものじゃあないですよねえ
[良い点] トラウマを植え付けた [気になる点] 帰りは馬車かな? [一言] 華麗に復讐
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