157話 バザル副隊長とシーラ隊員
襲撃から二日目。
朝9時前、ギルドの建物前に複数の蹄の音が聞こえた。
リリーさんの前のカウンター席に座っていたアッシュがすっくと立ちあがり、壁に立てかけてある大剣を左手で掴む。
防衛隊の隊員だとわかってはいるが、それでも警戒は怠らない。
じっと玄関に目を向けていると、一人の防衛隊隊員が静かにドアを開けて入ってきた。
「防衛隊第一小隊、副隊長のバザルです。カートン隊長の命によりお二人のお迎えに上がりました」
ビシッとした敬礼をして、部屋中に響き渡る大きな声で口上を述べた。
その様子にアッシュが小さく息を吐き、肩の力を抜く。
自分の席に座っていた俺は、職員たちの視線を浴びながら立ち上がる。
……ん、副隊長? どっかで聞いた……あっ!
たしか襲撃当日、救護所で包帯グルグル巻きで瀕死だった人物じゃないか!
身長はアッシュとほぼ同じ、アメフト選手を思い起こさせるようながっしりした体躯の男性。
顔こんなだったっけ……覚えてなかったわ。いやまあ元気になっちゃって……。
彼の前に向かい、軽く頭を下げる。
「ご苦労様です。あの……大丈夫なんですか?」
「ん? 何がですか?」
「いえ……副隊長さんって大火傷で瀕死だったでしょ?」
俺の指摘にバザル副隊長は眉をピクリとさせた。
「……どうしてそれを?」
「あーいえ、えと、聖職者のランマルさんに聞きまして……治療したとか何とか……」
「はい。そのランマルさんに治療していただき完治しました」
ランマルの名前を聞き、ふんすと誇らしげに語る。
とても病み上がりには見えず、元気が有り余ってしょうがないという感じだ。
カートン隊長はちゃんと俺のことは伏せてくれているようだ。
「それでその……ランマルさんはどちらに? ぜひともお礼を述べたいのですが……」
「あー、彼はその……ここにいるわけではないので……」
「そうですか。ではお見えの際には『助けていただいて感謝しています』とお伝えください」
「わかりました」
俺は表情を出さずに頷いた。
このやり取りに事情を知っている職員やアッシュは、にんまりとした表情を浮かべていた。
「では行きましょう」
バザル副隊長の言葉に、アッシュは自分の外套を羽織り大剣を背負う。
「瑞樹さん!」
リリーさんの声に振り向いた。
両手で持っているギルドの外套を、少し心配そうな表情で俺に差し出す。
「ありがとうございます」
「瑞樹さん、気をつけてね!」
キャロルが明るく声をかけ、ショルダーバッグを渡してくれた。
中身はギルド長の手紙と、ドラゴンの鱗である。
鱗は俺の戦利品なのだが、領主に説明するのに牙だけよりは鱗もあったほうがよいと判断して、持っていくことにした。
「うん、ありがと」
表に出ると、もう一人の隊員が馬三頭の手綱を手に待っていた。
その隊員を目にしたとき、即座に「小っさ!」という感想が浮かんだ。
だがそれ以上に容姿に驚いた。
――女性!?
女の防衛隊隊員だ。
副隊長が大きかったので瞬時に小さいと思ってしまったが、身長は俺よりちょい低いぐらい。
少し褐色肌な赤茶色のショートヘア。毛がピョンピョンはねてるのはくせ毛かな。
ボーイッシュでイケメン、カッコイイという単語のほうが似合うハンサムな女性だ。
同性にモテる感じがする。
女性隊員ということに驚いていると、副隊長が紹介してくれた。
「彼女は第一小隊隊員のシーラです。私と彼女の二人で領主のもとへお送りします」
「あ……はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる俺に対して無反応、すぐに副隊長に向く。
「バザル副隊長、ランマル様はいらっしゃいましたか?」
「いや、おられんそうだ」
「……そうですか」
あきらかにがっかりした表情を見せる彼女。
「……何です?」
「いえ。彼女もランマルさんに命を救ってもらった一人でして、どうしてもお礼を言いたかったと……」
「あー……なるほど」
救護所で女性の病室の患者にも重傷者が数名いたのだが、その一人が彼女だったのか。
顔に見覚えがないということは包帯グルグル巻きの人だったか。
「では行きましょう」
「あ、はい」
アッシュが一頭の馬を受け取り、鞍を掴んで左足を鐙に乗せたと思ったら、事も無げにサッと馬にまたがり手綱を引く。
その見事な乗りこなしっぷりに感心していると、アッシュは「なんだ?」という表情を見せた。
この程度のことは当たり前か。カッコイイなこんちくしょう。
続いてシーラが馬に乗ると、その馬の背にはもう一つ鞍がついている。もしかして――
「あの……俺はどの馬に……」
「シーラの後ろに乗ってください」
「えっ!?」
思わず彼女を見上げると、馬上からスンとした表情で俺を見下ろしている。
「どうぞ」
その冷めた物言いに「あーなんか拒否されてるなー」という感じがひしひしと伝わる。
思わずシュンとしてしまい、日本での女性の反応を思い起こさせた。
女性って興味ない男性にはとことん冷たい反応見せるよなー。たぶん俺を後ろに乗せるとか嫌なんだろうな……その態度は応えるな。
てか何でこの搬送任務を受けたんだろう……他の男性隊員でいいだろうに。
……あっ、ランマルを乗せると思っていたのかも!
さっき会えないと知って露骨にがっかりしてたもんな。
「――どうしました?」
バザル副隊長が心配そうに尋ねてきた。
馬のタンデムシートを見やりながら躊躇していたせいだ。
「いや、どうぞと言われても……」
あきらかにものすごく高い位置にある鐙を眺めながら、「いやこれ右足届かねーだろ!」と内心毒ついた。
「馬に乗ったことないので乗り方も知りませんし……」
「――チッ」
ものすごく小さな音だったが聞き逃さなかった。
彼女の態度に思わず顔を向ける――こいつ今、舌打ちしやがったぞ!
バザル副隊長は小さく頷いた。
両手を組むと、ここに足を乗せてまたがるようにと手伝ってくれた。
「うおっと!」
タンデムの鞍を両手で掴み、鐙に足を入れる。
バランスが取りにくい。このままだと落ちそうだ。
不安そうにおどおどしていると、シーラが振り向いて指示を出す。
「私の腰に手を回して、しっかり掴んでください」
「あっはい。じゃあ……失礼します」
ゆっくり彼女の腰に手を回し、後から抱きつく恰好になる。
すぐに彼女から叱責がとぶ。
「もっとしっかり掴んで! でないと振り落とされますよ!」
「は、はい!」
遠慮気味に抱きついていたのを怒られた。
ギュッと抱きついて身体を密着させ、左頬を彼女の背中にくっつけるように顔を横向きにする。
見送りに出ていたリリーさんとキャロルと目が合った。
バザル副隊長も馬に乗り、号令をかける。
「では参りましょう」
二人が、強張った表情の俺に激励の声をかけてくれた。
「気をつけていってらっしゃい!」
「気をつけてねー!」
「うん、行ってきま――ああぁぁぁ!!」
唐突に馬が動き出したのでガクンとのけぞり、思わず腕を離しそうになった。
ビビって叫び声を上げてしまい、その声を残しつつの出立となった。
まずは防衛隊本部に寄る。
カートン隊長の出迎えを受け、預けておいた牙をアッシュの馬に積み込んだ。
俺は隊長から手紙といくつかの書類を受け取り、ショルダーバッグにしまう。
すぐさま隊長に小声で尋ねた。
「た、隊長……なんで彼女なんですか? 女性ですよ。俺、男ですけど?」
「ん゛? 何か問題か?」
仕事なんだから当然だろ……という態度。まあ仕事柄、男も女もない職場なんだろうけどさ。
手招きしてもっと近づいてもらい、小さく耳打ちする。
「彼女、俺を乗せるの嫌みたいですよ。どうもランマルを乗せると思ってたみたいです」
途端、隊長の顔色が不機嫌になり、馬上のシーラを睨む。
「シーラ、お前、彼を乗せるのが嫌なのか?」
「いえ、そんなことはありません!」
ちょいぃぃいいいー!!
こっそり耳打ちしたのにそんなあからさまに聞いたらダメじゃん!!
俺はただ「嫌なら変わったらいいんじゃないの?」ってぐらいの軽い感じだったのに……。
これじゃただの陰険告げ口男じゃーん!! もおぉぉぉお!!
俺の意図などお構いなしに隊長は叱責し、それに対してシーラは姿勢を正して返答した。
隊長に「何バラしてんの!」と目で訴えるも、平然と彼女に活を入れる。
「瑞樹は今回の任務においてとても重要な人物だ。お前がやると申し出たから命じたんだが、嫌なら変わるか?」
「いえ、申し訳ありません!」
「ならいい」
眉間にしわを寄せている俺に向かって、隊長は申し訳なさそうに告げる。
「二人乗りということで体重の軽い隊員を選んだんだ。彼女は女性だが馬の扱いがうまい。剣の腕もそれなりにあるしな」
「――そうですか。それを聞いて安心しました」
隊長としては仕事に私情を挟むなという意味で叱ったのだろう。
まあ……告げ口野郎になってしまったけども。
とはいえ道中ずっと嫌悪感丸出しでいられても困るしな。
隊長同様、そばにいたクールミンも恐縮していた。
「瑞樹さん。私が送れればよかったんですが、隊長の補佐もありますし。その……私も乗馬はそれほどでもなくて……」
「いえいえ、隊長はほっとくと寝ずに働きそうですからね。しっかり見張っとかないと」
にやりと笑って返答すると、隊長も言い返す。
「そうそうシーラ、彼は馬がダメらしいからな。途中でゲロ吐くかもしれん。覚悟しとけ!」
「――ッ!!」
絶句した顔を見て、隊長はしてやったりとにんまりする。
くっそー! 女性に対して好感度を下げる発言しやがってー!!
その言葉にシーラは一瞬、嫌そうな表情を見せたがすぐに表情を整えた。
「了解しました」
「が……我慢しますから」
「いえ、遠慮なく吐いていただいて結構です」
「!!」
終わった……。
こりゃ完全に彼女には嫌われたな。
隊長とクールミンから激励を受け、俺たちは領都へ向かった。
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