156話
防衛隊本部の二階にある対策本部へ向かう。
「カートン隊長、みず……ランマルさんをお連れ致しました」
「ご苦労」
大机に広げた地図を眺めていた隊長は顔を上げ、こちらを向いた。
とてもくたびれた表情で、目の下にクマができている。これ……昨晩寝てないんじゃないか?
覆面した聖職者を目にして一瞬ギョッとするも、そういやそうだったな……とすぐに表情を崩す。
俺の後ろにアッシュに気づき、「よぉ!」と目だけであいさつした。
昨日ドラゴンと戦った三人がそろい踏み。
誰も何も言わないが、互いを讃え合う空気が漂っていた。
「隊長、もしかして寝てないんですか?」
「あーいや、ちゃんと仮眠は取ったんだがなー……」
「どれくらいです?」
すかさずクールミンが呆れるように答える。
「たった一時間ですよ。寝たうちに入らないでしょ!」
「う~わっ! ワーカホリックだなー」
アッシュが後から尋ねる。
「なんだ、ワーカ……ホリックって……」
「ん? 仕事中毒って意味だよ。休めつってんのに休まずにさー……。いい加減死にますよ!」
「それがそうも言ってられん!」
「んあ?」
隊長から驚きの事実を伝えられる。
何と、フランタ市の領主代行が、ドラゴンの襲撃によって亡くなったという。
実に不運なことに、馬車で逃げようと乗り込んだところへドラゴンが弾いた瓦礫が直撃したらしい。
建物も無事、使用人たちも無事、だけど領主代行の家族だけ被害を受けたのだ。
――俺が弾いた瓦礫じゃないだろうな……と一瞬、頭をよぎる。
うん、違う違う。俺のはドラゴンに向かって弾いたもんな。俺のせいじゃない。
通常、トップが不在になれば次の上位者が指揮を執るものだが、フランタ市にはその次という人物はいないそうだ。
そりゃあ『代行の代行』とか『副代行』などという役職は必要ないわな。
そこで困った行政局は、防衛隊本部を頼り、本部長に指揮を委ねることにした。
もちろんそんな規定はないが、指示を仰げそうな部署がここしかなく、誰もかれもがここに要望を持ってきた。
「じゃあ本部長が指揮をしてるわけですか」
「…………」
二人そろって目を伏せ、やおら隊長が重い口を開いた。
その防衛隊本部長というのがいわゆる昼行燈な人物で、普段からカートン隊長に仕事を丸投げしていて、椅子に座ってふんぞり返っているだけの存在だという。
しかもこの度のドラゴン襲撃で肝を潰し、泡食ってぶっ倒れてしまった。
おかげでカートン隊長がすべての案件を取り仕切り、寝る間もないほど忙しいというわけだ。
もちろん本部長が寝込んでいるなどという風聞はよろしくないので、隊員たちには箝口令を敷いているという……。
「……ひど過ぎる」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
よくもまあフランタ市はこれで運営ができていたものだ。よくよく普段は問題なかったのだろう。
それかカートン隊長が有能ということか。
「……事情は……まあ理解しました」
抱えている荷物をテーブルの上に置くよう、アッシュに指示する。
「あー、地図の上に置いてもいいか?」
「いいでしょ。皆さんにも見てもらいたいし――」
カートン隊長が眉をひそめる。
「ん、なんだ!?」
「この状況を打開する案を持ってきました」
アッシュはゆっくりと置き、包んだ布を開く。
出てきたのはドラゴンの牙一本と鱗一枚だ。
「「「うおおおお!!」」」
部屋にいた隊員たちは、その品物に驚愕した。
戦闘後にカートン隊長が現場検証を命じ、そこで見つかった戦利品だ。
「まずですね、この鱗なんですが……」
手に取ってカートン隊長に差し出す。
「はいこれ。カートン隊長の取り分です」
「――は!?」
「ドラゴンと戦った戦利品です。アッシュにはすでに一枚渡してます」
隊長は、その艶やかな黒褐色の物体を注視した。
「おそらく足の鱗だと思います。アッシュが殴ってたとこのでしょうね」
「鱗……。しかしこれ……お前、瑞樹が撃退し――」
「私、ランマルもヒールで協力したということで、ティアラから一枚いただいております。ランマルでございます」
顔を隠しているので、手で胸をポンポンと叩き、ずいっと身を乗り出して名前をアピールする。
鱗を掲げて、クールミンや隊員たちに向けて喧伝する。
「小さい鱗ですが、ちゃんと隊長がドラゴンと戦っていたという証拠です。おそらく話を信じてなかった隊員もいるんじゃないですか?」
再び隊長に差し出す。
「隊長が奮戦したからドラゴンを撃退できたんです。胸張って受け取ってください」
アッシュが「そういうことにしとけ」という表情で小さく頷くと、隊長は恐縮気味に受け取った。
クールミンや他の隊員たちは、その様子を誇らしげな表情で眺めていた。
「で、ここからが本題。今後のフランタ市の救援要請に関するお話があります」
そう言って、目の前にあるドラゴンの牙を、手の甲でコンコンと叩いた。
ティアラでギルド長たちと相談した内容を、カートン隊長とクールミンに一通り説明した。
「要するに、この牙を領主のところに持参して、ドラゴン撃退を信じてもらい、フランタ市の健在を示すということだな」
「ええ。まだ一日しか経っていませんから情報はまともに伝わっていないはずです。領都は今頃大混乱でしょう」
隊長は腕を組み、眉間をつまんで思い悩む。
襲撃を受けたフランタ市が大変なのに、無傷の領都が大混乱というのは頭が痛い。
「王都にはドラゴンの襲撃自体、まだ伝わってない……みたいな」
この世界の情報伝達の悪さを揶揄するような口ぶりで話す。
しかし事は重大で、普通に話をしただけでは信じてもらえないということは理解したようだ。
隊長はしばらく考え込んだのち、俺を見て告げる。
「瑞樹、やはりお前も行って説明すべきだろう」
「ええー! 俺も行くんですか?」
「あの……ランマルでは……」
クールミンがそつなく指摘する。
「あっ……あーもういいや!」
諦めよう……がっつりバレてるしな。
はあ……とため息をつき、正体の口止めをお願いしつつ、聖職者の衣装を脱ぎ始めた。
バサバサっと脱ぎ、クルクルっと丸めながら話をする。
「予定ではアッシュに牙を持ってってもらい、説明をしてもらうつもりだったんですが……」
昨日の時点では、治療が必要な重傷者がまだいるだろうから、俺が町を離れるのは無理だと思っていた。
「いや、それはさすがに無理だろう。俺たちは途中からの参戦だし、最初から最後まで戦ったのは瑞樹……お前だ!」
「まあ……そうなんですけどー……」
「だいたい領主にどう説明する? お前のその……魔法のこととか」
すかさずアッシュが口を挟む。
「領主は瑞樹の魔法のこと知ってるらしいですよ。何でも厨房の火事を消火したとかで」
「火事ぃ?」
隊長の表情は「こいつ、領主のとこでも何かやらかしてるのか!」と言わんばかりに眉間にしわを寄せた。
「いやいやいや……俺が火事起こしたわけじゃないですよ!」
「それはその……『水の魔法』で消火したってことですか?」
クールミンの質問に頷く。
「まあ……はい。ただ……規模がアレなんですが……ね」
隊長とアッシュは互いに目を合わせる。二人とも『水の魔法』のデカさを目の前で見たからな。
と……そのとき、隊長が少しぐらついた。
「隊長!」
「ん、大丈夫だ」
クールミンが休むように進言する。
その様子を見て、俺たちも話をとっとと切り上げたほうがよいと判断した。
「――じゃあわかりました。明日、俺とアッシュで領主のところへ向かいます」
隊長には椅子に座ってもらい、細かい話を詰めていく――
まず真夜中の移動になるが、今から先ぶれを防衛隊から出す。
次の日の朝、俺とアッシュが馬に乗って領都へ向かう。ただし俺は馬に乗れないので、誰かの同乗という形でお願いする。
それと防衛隊から数名、護衛として随伴してもらう。
おそらく領都は大混乱しているだろうから、騒動に巻き込まれないように注意する。
「そんなところですかね……」
決めたこととはいえ、俺は憂鬱な表情を浮かべて頭を抱えた。
「どうした瑞樹、何か心配事か?」
「んー馬がねー……馬かー……」
「なんだ、馬に乗るのが嫌なのか?」
「そういうレベルではなくてですねー、おそらくそのー……吐くんで……」
「「「は!?」」」
隊長、アッシュ、クールミンの三人は唖然とする。
馬で酔うことが信じられないようだ。
ここでアッシュが、俺の言葉で思い出したようだ。
「あーそういや瑞樹、馬車を止めて吐いてたな」
「はあ? 馬車で吐くぅ?」
「それで襲われてた親子助けて、凶悪犯ぶち殺してな―」
「チッ、いらんことを……」
途端、カートン隊長の目つきが鋭くなる。
「か……管轄外! 管轄外!」
ダウン寸前の隊長は、もう知らん……とばかりにうな垂れる。
俺はアッシュをじろっと睨み、当のアッシュはふんと目線を反らした。
とにかく話はまとまり、明日の早朝ティアラに迎えを寄越してもらうことになった。