155話 再び防衛隊本部へ出向く
夕方、ティナメリルさんの私室に伺う。
充電のために置かせてもらってたモバイルバッテリーを回収するためだ。
手土産として、書類用紙で作った紙箱に入れた、ドライポテトとドライフルーツを持参した。
コンッコンッ
「ティナメリルさん、瑞樹です。よろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けると、彼女はベッドに腰かけた状態で、服は今朝のままの白い絹のワンピースだ。
「あ……寝てました?」
「いえ、横になって書類を読んでいました」
見ると手には数枚の書類を持っている。
そのお姿は、絵画にしたら名画になること間違いなし、という雰囲気を漂わせている。
「えっと、あれを回収に来ました」
そう言って窓辺に置いてある、スマホとモバイルバッテリーを指さした。
彼女は特に何も言わずに軽く頷いた。
「でですね、今日、職員数名とドライフルーツを作ったので、よければ食べてください」
「……ドライフルーツ?」
「はい、乾燥果物です。『ドライフルーツ』で翻訳できてませんかね?」
「いえ、わかりますよ」
手にした紙箱を丸テーブルの上に置き、ふたを開ける。
中にはスティック状のドライポテトと、スライス状のリンゴとオレンジのドライフルーツだ。
彼女はすっくと立ち上がり、俺の真横に来た。
いきなり密着するほどの近い距離に、顔には出さないが結構驚いた。
ティナメリルさんとの距離感が近くなっている……堪らなく嬉しい。
じっとドライフルーツを見つめたのち、一つつまんで口にした。
「……これ、あなたが作ったの?」
「食材は職員の方に切ってもらって、俺が『脱水の魔法』で乾燥させました」
「ふ~ん」
「……どうですか? みんなはおいしいって言ってくれたんですが……」
少し間を置き、こちらを向いてニコッと笑う。
「いいわね、おいしいわよ」
「やったあ!」
彼女の微笑に、テストでいい点取って褒められた子供のように喜んだ。
「ドライポテトのほうは油で揚げたらもっとおいしいんですが、今日はさすがに無理だったのでそのままです」
ドライポテトをじっと見てつまみ、半分ほど口にしてポリポリと食べる。
こちらも悪くないわよ……という意味で頷きながら食べる。
「……昔、こんな感じのものを食べた記憶があるわね」
「えっ、そうなんですか!?」
「ええ。野菜を干して乾燥させたものだったかしら。それと似ているわ」
「あー、本来は天日干し……日光で乾燥させますからね。同じですよ」
日本でも切り干し大根とかあるし、おそらくその手の食材のことだろう。
まあドライフルーツがあるのだから野菜だって乾燥させるわな。食材の保存技術だし。
ていうかティナメリルさんの“昔”って、ガチで数百年前のことだよな……。
「落ち着いたら別の食材で試してみます。そのときはまたぜひお持ちします」
彼女は、紙箱のふたを手にして、珍しそうに眺めた。
「これは……紙?」
「ええ、その書類用紙で作りました」
そういえばティナメリルさんが折り紙を目にするのは初めてだっけ。
今度、折り鶴でも持参しようかな。
書類用紙が箱になったことが不思議なようで、ドライフルーツと合わせて気に入ってもらえた。
「あっ、そうそう。今日、ギルド長や主任と話して決めたことをお伝えしときます」
俺は事務的に、今後の方針などをティナメリルさんに伝えた。
このあと防衛隊本部に行くと言うと、少し表情を曇らせた。
「今から出かけるの?」
「ええ、治療活動を少しだけ手伝おうかと……」
現状、フランタ市に聖職者がいないらしいことと、昨晩、聖職者のふりをして治療活動をしたことをざっと伝えた。
「そう。……あなたも無理しないようにね」
「……はい」
相変わらず上司然とした物言いではあるが、俺を心配してくれているのは何となく伝わった。
真横で互いに見つめ合う。
いいかな……と、ちょっと顔を前に出した。
受けるように彼女が目をつぶる。
俺の顔が吸い込まれるように彼女に近づき、口づけをかわした。
「――じゃ、じゃあ行ってきます」
部屋をあとにしてドアを閉めた。
心臓バックバクで今の成果を振り返る。
いい! 今のは自然でよかった! ナイス俺、よくやった俺!!
いやもうこれ……俺、大人じゃーん! 大人ムーブだよね!
唇を舐めると、ドライポテトの塩味がして興奮した。
塩味キッス……ヒャッハー!!
ティナメリルさんとキスができたことに、はしゃぎまくりで別棟をあとにした。
日も沈んだ18時過ぎ。
俺とアッシュで防衛隊本部に出向く。
俺は救護所での治療が目的でもあるので、あらかじめ聖職者の服を着込んで『ホンノウジ』の『ランマル』として振る舞うことにする。
アッシュはその護衛という立ち位置だ。
それと話の都合上、ドラゴンの牙と鱗を見せる必要はあるのでアッシュに運んでもらう。
背中に大剣背負ってるから両腕で抱える恰好だ。
さて、いざ出ようとしたとき、キャロルに聖職者姿を見られてしまった。
「み、瑞樹さん!?」
「あっ……はい」
驚く彼女に事情を説明すると感心され、「似合ってる」と激励を受けた。
「じゃ、行ってきます」
裏口から出て通りに目をやる。
暗くなったとはいえ、大通りにはまだ人が多くいる。
人目につきたくないので大通りを避け、ときには建物の上へ飛び乗って進んだ。
聖職者姿で見つかると、治療を懇願されたりと足止めを食らいそうだしな。
防衛隊本部前に到着。
話は通っているであろうから、物怖じせずに正門へ向かう。
衛兵の一人が俺たちの姿に気づくと、すぐさま他の隊員に声をかけ、本部へ報告に向かわせた。
「ホンノウジのランマルです。救護所での治療のために伺いました。カートン隊長に会えますか?」
俺の言葉に、門番は姿勢を正して敬礼する。
「ハッ、お話は伺っております。ただいま迎えの者がやってまいりますので少々お待ちください!」
昨日とはあまりの変わりようで、ものすごく恐縮されている。
彼らの態度に思わず苦笑するも、顔を布で覆っているので気づかれない。
アッシュは俺を見下ろしてほくそ笑む。
「ん、何?」
「いや別に。ここでもお前はすごい扱いなんだなーと思ってな」
「いやいや、昨日は門前でひと騒動あったんだよ」
「ふぅ~ん」
鼻で笑われた。どういう意味なんだろう……。
すぐにクールミンがやってきた。
「――瑞樹さん!」
「チッ、ランマルです」
「あっ、ランマルさん」
「……はい」
今のやり取りにアッシュは噴き出した。
「ブフォ! アハハハ!」
「もう台なしだよ!」
「……すみません」
クールミンが謝罪するも、別に怒ってはいないと告げる。
昨日の今日だし、防衛隊もてんやわんやだろうしな。
さっそく救護所へ向かい、治療をとっとと済ませてしまおう。
「んーとアッシュ、先に本部に行って待っててくれる?」
「あ? 冗談言うな! お前が治療するんだろ! そばで見させてくれよ!」
「…………」
犬の唸り声のような低い声で不満を表明する。
あまり見せたくないのだが……。
そうは言っても、ずっと俺の魔法を見たがっていたのを知っている。
てかもう見てるしな……『水の魔法』を。
今後、見る機会があるわけでもなかろうし、まあいっか。今更隠す仲でもないし。
仕方なさそうに頷くと、アッシュは嬉しそうに笑った。
救護室に向かうと、昨晩と同じ要領で治療を次々と行う。
おでこヒールをごまかすために、掌を置いてそこへ頭をつける感じだ。その様子をクールミンとアッシュがじっと見つめている。
何か口を挟んでくるかと思いきや、俺が真面目に治療する様を黙って見続けていた。
患者は昨日に比べ、命の危険な重傷者がいない。
クールミンに状況を尋ねると、どうやら昨晩の時点で、助かる者とそうでない者との大勢が決まっていたようだ。
……果たして俺は昨晩、どの程度助けられたのだろうか。
間に合わなかったり、気づけなかった人たちに対し、少しだけ申し訳ない気持ちになった……。
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