153話
スナック菓子をつまみながら歓談していたお昼過ぎ。
「ただいま戻りました~」
裏口からキャロルの声が聞こえた。
自宅を確認しに戻っていた職員たちが戻ってきたようだ。
その声に待機組の俺たちは、椅子から立ち上がって出迎える。
と、すぐに彼女は店内の甘い香りに気づいた。
「あれ? なんか甘い香りがするんですけど~……」
リンゴとオレンジを大量にスライスしたせいで、果汁の甘い匂いが店内に充満している。
俺たちが机を囲んで食べていたスナック菓子に目がいく。
「瑞樹さん、何ですそれ?」
「ん? 待ってる間にスナック菓子を作ってみた」
「スナック菓子?」
「『ドライポテトスティック』と『ドライポテトチップス』、それとリンゴとオレンジの『ドライフルーツ』だな」
「ふへっ?」
キャロルの変な返事に、アリッサたち五人は苦笑い。
信じられない出来事を目撃したというか、魔法で作ったことを思い出しているのだろう。
リリーさんにラーナさん……続々と職員たちが入ってくる。
彼女たちもまた甘い匂いに気づき、炊事場に積まれているスナック菓子を目にして驚く。
「皆さんで食べてください。保存もできるので欲しい人は遠慮なく持って帰ってください」
「……瑞樹さんが作ったんですか?」
「いえいえ、みんなで作ったんですよ」
リリーさんの質問に首を振り、待機組の五人を手で指し示す。
するとアリッサがブンブンと手を振った。
「ち、違います! 瑞樹さんがその……ま――」
そこまで言いかけて口を閉じる。内緒にしてね……という言葉を思い出したようだ。
ところがキャロルが指摘する。
「あ~瑞樹さん、魔法で作ったんですね!」
キャロルの言葉にゆっくり振り向く。
「あっ!」
俺のじっと見つめる態度に彼女は口に手を当て、つい言っちゃった……という表情を見せる。
「いやまあそうなんだけど、外では大っぴらに言わないでね?」
「ごめんなさ~い!」
キャロルのてへっとする仕草に、ラーナさんが彼女の頭をコツンとした。
その様子に場の雰囲気がほんわかとし、俺はアリッサたちに振り向いて苦笑いした。
この世界、魔法が存在することは一般庶民にも知られているし、魔法士という連中もいる。
けれど魔法については『得体の知れないもの』という認識を持つ人たちも多く、使う人間を『怖い』と思う人たちが少なからずいる。
なのでなるべく大っぴらには言わないでね……って感じでお願いしとく。
まあドラゴンとの戦闘でとんでもないレベルの魔法を見せちゃってるし、ジャガイモとリンゴを瞬時に育て、ドライフルーツをポンポン作っている。
それでいて「黙っといてね」は、「何言ってんのアンタ!」って言い返される話ではあるが……。
ギルド長室で、今後の話をすることになった。
ソファーに俺、ギルド長、主任、アッシュの四人が座る。
テーブルに、皿に入れたドライフルーツを置くと、三人が興味深げにつまんだ。
「瑞樹、これお前が作ったのか?」
「切ったり洗ったりの手伝いをアリッサさんたちがしてくれまして、乾燥を私が」
「……それも魔法か?」
「まあ……はい」
「……お前、ホントに何でもできるな」
「何でもはできません。できることだけしただけです」
三人は呆れつつ、ドライフルーツを食しながら話をする。
市内はいまだ混乱中でまともに機能していないらしい。まあそうだろうね。
となると、やはり怖いのが治安の悪化が懸念される。
一部の男性職員や妻帯者は帰宅したが、女性職員の大半は今晩もギルドに泊まることになった。
まあ昨日の今日では誰も状況を掴みようがない。
現代の地球みたいにネットやテレビがあるわけではない。情報がまったく入らないのだ。
「今日また防衛隊の本部に顔出してきますので、何か情報がないか聞いてきます」
「ん? 瑞樹、防衛隊本部に行ったのか?」
そういえば昨日の出来事をギルド長に報告していなかった。
火事の消火、教会近辺と南門付近の被害状況、市民の避難状況、怪我人の治療など、ざっと昨晩の出来事を三人に説明した。
「瑞樹、フランタ市の被害はどれくらいかわかるか?」
「さすがにわかりません。ですが思ったよりは被害は少ないように思います」
「そうなのか?」
「フランタ市は壊滅してませんしね」
年始に噂になった、ダイラント帝国の都市が壊滅した件を引き合いに出す。
人的被害はわからないが、建造物の被害だけなら範囲は限定されている。火事も鎮火したし、もう被害が広がることはない。
「とにかく『フランタ市は健在』ということを各地に知らせないと。おそらく『壊滅した』と思われてます。それだと何の援助も来ませんし、復旧活動も行われません」
丸一日経過した時点でまず最初に各地に伝わる情報は、運よく避難した人たちからの伝聞だ。
『フランタ市にドラゴンが襲来した』
これが近隣の町から徐々に広がっていく。
しかも今回は目にした市民は多いし情報封鎖もされていない。なので事実として確実に伝わる。
そうなると皆が思い出す――年始に噂になった、ダイラント帝国の襲撃の件だ。
都市が壊滅した……という噂をデマだと帝国が発表し、皆がそれを信じた。
だがそれが嘘と判明したのだ。
すると当然、ドラゴンの襲撃があった都市は壊滅したと受け止められる。
『フランタ市は壊滅した』
これが正しい情報として確定してしまうわけだ。
これでは、「ドラゴンを撃退した。フランタ市は健在だ」と喧伝しても、「またデマだ」と言われて聞く耳を持ってくれない。
そうなるとフランタ市への人や物資の行き来がなくなってしまい、復旧が行われない。
せっかく助かったのに、このままでは緩やかに潰れてしまう。
「というか市民の大半も『ドラゴンを撃退した』事実を知りませんしね」
「去ったってことぐらいはわかるだろ!」
アッシュの言葉に首を捻る。
「いや~……見てない人は何もわからんのじゃないかな」
「うーむ……」
いまだにそこらを飛んでいると、人々は思うのではなかろうか……。
ふとあることに気づく。
「あー、他都市は今から……というか、すでに大混乱ですかねー」
水は低きに流れるのと同様、噂もまた悪いほうへと傾くもの。
フランタ市を襲ったドラゴンは「東へ飛んでいった」「○○市のあるほうへ飛んだのを見た」などと各地で適当な噂が流れ、そうなると「次は○○(自分の町)が襲われる」というデマが飛び交うだろう。
そこへ「近くでドラゴンの叫び声がした」と誰かが口にしたが最後、町中大パニックに陥るわけだ。
しかもダイラント帝国の隠蔽のせいでよけいに真実味が増しており、フランタ市の壊滅を信じて疑わない。
結果、フランタ市は放置され、復旧活動なと行われないことになる。
「そのー、首都……じゃなくて王都までってどれくらいで伝わりますかね?」
「…………早ければ二日じゃないか」
ギルド長曰く、馬車だと片道一週間程度かかる。
しかし軍には緊急伝達用の早馬があって、各都市で馬を乗り継いで情報を伝えるのだそうだ。
しばし考える――
ドラゴンの襲撃からやっと二十四時間経過したところだな……。
「じゃあ王都に今からとんでもない情報が伝わるんですね」
ネットが当たり前の現代人にとっては、情報伝達の遅さは妙に滑稽だったりする。
日本のような、災害復旧に自衛隊が迅速に出動……なんてのは夢のまた夢だ。そんなシステムがあるとも思えないし。
さて、どうしたものか……と考えつつ、しばし黙ってドライフルーツを口にした。