152話 魔法で料理
「戻りました」
裏口から戻った俺の声に五人が振り向いた。
ティアラ冒険者ギルドは本日休業。表玄関の扉は施錠され、一階の窓には布が下ろされている。
窓の隙間から外の明るさが差し込む店内に、数名の職員が留守番している。
宿舎住まいの四名――男三人、女一人の若い職員、それと病み上がりのアリッサだ。
彼らは受付嬢の席近くに椅子を集め、小さくまとまって座っていた。
俺の姿にアリッサは嬉しそうに立ち上がった。
「瑞樹さん、それは?」
彼女の視線が俺の手に向かう。
昨日の晩と同様に、数本のジャガイモの茎とリンゴの枝を手にしている。
――が、今朝はもう一種類、オレンジの実をつけた枝も持ってきた。
昨日の夜、中心街を探索中に潰れたオレンジを見つけ、すぐにこれは使えると思って種を拾っておいた。
で、それを先ほど育てて枝を折ってきたわけ。
というか五人は昨日の食材準備の様子を知らなかったな。なので食材を引きずって登場した俺に驚いている。
「あーちょっと試したい料理がありまして……」
「料理?」
「というか瑞樹さん……それはどこから?」
「ん……ジャガイモは別棟横の花壇、リンゴとオレンジは裏の空き地」
「えっ?」
「まあみんなが帰ってきたらあとで取りに行くといいよ」
俺の答えに唖然とする。
そんなとこでジャガイモは育ててないし、空き地に果樹など生えていないことを知っているわけだし。
俺は何食わぬ顔で、食材を引きずって炊事場へ向かう。
「あの……手伝っていいですか?」
アリッサが寄ってきた。
身長が俺の首までしかなく、近くに来ると低さが際立つ。
「ホント?」
嬉しそうに返事すると、つられて四人も手伝うと申し出てくれた。
じっと座っているよりはいいと判断したのだろう。それに俺のすることに興味を持ったかな。
「じゃあっと、ジャガイモから……」
五人に、茎からジャガイモを切り取ってもらい、かごに入れてもらう。
俺はというと、空の大きな桶を調理台の上に運び、魔法でしれっと水を張る。
《詠唱、小放水発射》
「ジャガイモをこの水で洗ってざるに上げてもらっていいですか?」
「はい……え?」
五人は一瞬「あれ?」という表情を見せる。
桶に水が入っている!? いつ入れたのだろう……そんな表情だ。
俺が何も言わずにいるので勘違いと思ったのだろうか、五人は黙ってジャガイモを洗う。
「ではえっと、ジャガイモの芽を取って、こう……長細く切ってもらっていいですか? 皮はついたままでいいですんで」
「わかりました」
拍子木切りという切り方で、いわゆるフライドポテトの形状だ。
にしても……みんな手際がいい。
特に男三人も、まるで料理男子と言わんばかりの刃物の使い方で、小刀のあごの部分で簡単に芽をどけている。
「みなさん料理が得意なんですか?」
「いやー特にはしないよ」
「にしては手際がいいですね」
「まあ仕事柄ね」
「そうなんですか……」
仕事柄っていうのは普段から刃物を使ってるってことかな。動物の解体とかやってるからかな。
俺が妙に感心すると、男三人は笑みを浮かべ、女性二人は顔を見合わせて嬉しそう。
じゃあ今度は俺の番だ。
大きな寸胴を運んでかまどの上に置き、覗き込んで水を溜める。
《詠唱、小放水発射》
そこへ切ってもらったジャガイモを投入。ある程度入れたら大きな木のへらで混ぜる。
「かまどに火がついてませんが……」
「ん、ああ。別に茹でるわけじゃないので」
「……じゃあ何してるんです?」
「水に入れて混ぜてるだけです」
「……で、そのあとは?」
「白く水が濁ったら掬いあげます」
一体何をしているのか見当もつかないようで、全員こちらを見ている。
ざるで寸胴からジャガイモを掬うと、中に残るのは白濁した水……といってもうっすら白い程度。
思ったよりは濁らないのだな……と初めてする作業を理解しつつ、寸胴を上から覗いて魔法を唱えた。
《詠唱、脱水発射》
すると寸胴の濁った水が一瞬で消え、白い粉が底に溜まる。
そのとき若干ふわっと空中に粉が舞った。
《剛力》
身体強化で寸胴を抱え上げ、別の調理台に敷いた紙の上にひっくり返し、トントンと寸胴を軽く叩く。
すると紙の上にパラパラと白い粉がこぼれた。
「瑞樹さん……水は?」
みんな目を丸くしている。
そりゃそうだろう。水の入った寸胴を軽々と抱え上げたと思ったら中の水がなくなっているからだ。
「ふふ~ん」
軽くはぐらかす。
「それ……は?」
「片栗粉ですね。今回は使わないんですが、ちょっと確認したかったので……」
「確認?」
「ジャガイモから片栗粉が採れることをね」
もはや皆の手は止まってしまった。
空の寸胴をかまどの上に置き、ちょっと覗き込んでからざるのジャガイモを投入すると、再びバシャンと水の音がした。
「水、どこから出しました?」
さすがにもう答えないわけにはいかないな。
「まあその……魔法です」
「「「「「魔法!?」」」」」
五人揃って声を上げ、水の入った寸胴を見にきた。
寸胴を覗き込んだ際に水を溜めるのだが、数秒で溜まるので気づかれない。
再びジャガイモを入れた水を混ぜ、水が濁っていく。
「本当はもう数回やって水が濁らなくなるまでするらしいんですが、まあ今回必要ないし、もういっか」
フライドポテトやポテトチップスを作る場合、切ったジャガイモを一度水にさらす必要がある。
余分なデンプンを取り除かないと、焦げ付いたりくっついたりするからだ。
とはいえ今回は揚げないので必要ない作業で、単に片栗粉が生産できることを確認したかっただけ……。
「じゃあ魔法を使いますんで見ててくださいね」
その言葉に緊張が走る。
「そんな身構えなくても……じゃあいきますよ」
そう言って脱水の魔法を唱える――といっても無詠唱なので頭の中で考えるだけ。
《詠唱、脱水発射》
すると一瞬で寸胴の中の水が消え、中のジャガイモがバサっと音をたてて底に落ちた。
その出来事に一同は驚愕した。
「うわ!!」「え!?」「は!?」「うおぉ!!」「ぬあ!!」
「まあこんな感じです」
ふふんと笑みを浮かべ、寸胴を抱えて傾ける。
すると中身がザラザラ―っと音を立ててざるに落ちる。
乾燥したスティック状のスナックができあがった。
「瑞樹さん……これは?」
「んーと、『ドライドポテトスティック』です。そのまんま乾燥イモですね」
「乾燥イモ?」
「はい。試しにスナック菓子を作ってみたくて……。まずは定番のジャガイモからかなーとね」
本来なら植物油で揚げるフライドポテトを作りたかったが、ティアラに油が常備されていない。
非常時でなければ冒険者に買い出しにでも行かせてたのだが……。なので今回は乾燥しただけの品。
ちなみに現代でも、ジャガイモを天日干しする『サン・ドライ・ポテトチップス』というスナック菓子がある。
これも最後に軽く揚げるか焼くかをして完成させるものらしい。まあ今回は焼くことも省く。
なので本当にただの乾燥イモ。それに塩をふって食べてみよう。
うむ、悪くない。ポリポリという食感が心地いい。
日本で売っているスナック菓子……たしか根菜チップスとかだったかな、あんな感じ。
ただやはり油でサッと揚げるともっとよくなる気がする。まあ初めての魔法料理だし合格点だろう。
てことで、みんなにも食べてもらう。
「ん~……乾燥果物は食べたことありますが、その野菜版ですか」
「そうそう。ホントは油で揚げるといいんだけど……さすがに今はできんしね」
「このポリポリするの、何かいいですね」
「でしょ? これ日本人好きなんですよ」
概ね好評でよかった。
まあこれがもし失敗しても、潰して粉にして保存すればよい。水を加えてこねるとそのままマッシュポテトになるはず。
いや~マジ脱水の魔法は神ってる。
「それにしても瑞樹さん、魔法が使えるんですね!!」
アリッサの尊敬するような眼差しにちょっと照れる。
「……あまり公には言わないでね」
自分の怪我を治してくれたのも魔法だと納得したのだろうか。そんな雰囲気を感じる。
皆も彼女を見て微笑んだ。
みんなの気分転換になったのなら、見せたかいもあろうというもの。
お菓子作りもうまくいったようだし、皆が帰ってくるまでもう少しやるかな。
「じゃあ今度は別の形のを作りましょう」
「というと?」
「今度はジャガイモを薄切りにしてもらえます? イモをそのまま切る感じで」
「わかりました」
やはりここは定番のポテトチップスも作っておこう。
こちらも同様の工程を経て、ドライポテトチップスとして完成させた。
続いてリンゴとオレンジのほうに取り掛かる。
こちらは簡単、そのまま薄切りにして魔法で脱水するだけだ。それで『ドライフルーツ』のできあがり。
リンゴとオレンジを薄切りしたものをざるに入れて、たまったら俺がそれを脱水する。
《詠唱、脱水発射》
水分がなくなって体積が一気に減り、バサッという音を立ててドライフルーツが一瞬でできあがる。
「……本当に簡単にできるんですね!」
ポンポンできあがる様子に、みんな楽しそうに笑った。