151話 ドラゴン襲撃の翌朝
ドラゴン襲撃の翌日。まだ二十四時間経っていないという現実。
ギルド長と主任から、まずは住まいの状況確認からという方針を告げられ、皆が「はい」と返事した。
まとまって行動するように注意を促す。
女性は絶対に単独行動をしないこと、数日は必ず男を連れて行動すること。その言葉に女性たちも安堵した様子を見せる。
皆で朝食を済ませたあと、各々が帰宅準備に取り掛かる。
家族単位、同方向の職員同士でまとまり、独身女性にも男性が付き添う。
アッシュがラーナさん、リリーさん、キャロルたち他、数名の女性職員の護衛を引き受けてくれた。
主任とギルド長も女性に付き添い、状況確認が済んだら自宅を見に行くという。
「では留守を頼む」
「わかりました」
ギルド長の言葉に数人の職員が返事をした。宿舎住まいの職員である。
三十メートルほど離れた場所にある宿舎は幸いにも無事だった。なので皆が戻ってくるまで留守番を務めることになった。
「あ、じゃあ俺も女性職員を送りますよ――」
「ダメだ!!」
「ダメです!!」
帰宅組に全力で却下されてしまう。
今朝、死んだように起きなかったのが尾を引いている。ギルド長から「とにかく休め」と釘を刺された。
ここは素直に気持ちを受け取ることにしよう。
俺を含めた六名の若い職員がギルドで留守番待機をすることになった。
その中にアリッサがいる。
昨日、避難中に大怪我をした背の低い先輩女性なのだが、たしか宿舎住まいではなかったはず――
「ん? アリッサさんは?」
「あ、一緒に住んでる娘がいるので……」
なるほど、共同で生活してる人がいるのか。病み上がりなので待機を勧められたわけだな。
「具合はどうです? どっか悪いところはないですか?」
俺の言葉に他の職員の目が向く。
「大丈夫です。あの……お礼を言ってませんでした。助けてくれてありがとうございました」
「いえいえ。無事で何よりです」
深々とお辞儀する彼女。
顔を上げると、俺の恐縮する仕草にとてもいい笑顔を返してくれた。
くっかわいい! 年上なんだけど……。
彼女は、意識を取り戻したのがドラゴンを撃退したあとだったので、どういう経緯で助かったのか知らなかった。
俺が助けたという事実は聞いていたそうで、俺がすぐに出かけてしまったからお礼が言えなかったわけだ。
彼女の言葉で思い出す。
そういえばティナメリルさん……魔法で完治させたとはいえ、一夜明けた今日、具合はどうか気になる。
「あの、ちょっと副ギルド長の様子を見てきていいですか?」
「はい」
アリッサの返事に他の職員も軽く頷く。
待機組五人は、避難していたところにずっといたため昨日の詳細をほとんど知らない。
ただ、俺がドラゴンと戦って退けたと聞き、口々にお礼を述べてくれた。
俺はその言葉に感謝の意を示し、別棟へ向かった。
コンッコンッ
副ギルド長室の部屋を叩く。
……あれ? 反応がない。てことは自室かな。
そちらへ向かおうとしたとき、カチャリと自室の扉が開いた。
「瑞樹?」
いつもの凛とした雰囲気ではなく、少しぼんやりとした、寝起き気味の顔を覗かせるティナメリルさん。
おそらく寝巻なのだろう、白い絹のワンピース姿で登場した。
「あ、おはようございます。お身体は大丈夫ですか?」
「ええ、何ともないわ」
「それならよかった」
にっこりしながら近づくと、彼女も廊下に出て、後ろ手にドアをパタンと閉めた。
簡単に今朝の現状報告をする。
職員は自分たちの住まいの状況確認に行っていることと、営業もしばらくは無理だろうと伝えると、わかったと軽く頷いた。
彼女は両肘を掴む感じで腕を組むと、ドアにもたれかった。
「――やはりどこか調子が悪いんですか?」
「大丈夫よ」
いつもと違う、けだるそうな様子に戸惑うと、顔をこちらに向けて微笑んだ。
「少し記憶が曖昧なので思い返してるだけ……」
その言葉に少なからず衝撃を受け、咄嗟に問い返す。
「えっ! あの……俺にその……『好き』って言ってくれたことは、憶えてくれてますよ……ね?」
まだ二十四時間も経っていないのに忘れられては困る。
子犬のようなすがる顔つきで彼女を見つめる。
「……どうだったかしら」
素っ気ない表情で返される。
「ええ――ッ!!」
「ふふっ、冗談よ」
少なからず俺がショックを受けた様子に、彼女は少し口角を上げて笑う。どうやらからかう余裕はあるみたい。
よかった、精神的にも大丈夫そうだ。
そういうことなら……と、俺も調子に乗る。
「ティナメリルさん、お願いがあるんですけど……」
「何?」
「――そのー……ギュッてしていいですか?」
一瞬わからない表情を見せたが、すぐにもたれかかっていた身体を起こし、組んでいた腕を解いた。
していいという合図だ……と判断して近づく。
腰に手を回して抱きしめると、彼女の温もりと、くすぐったくなるような甘い匂いがした。
ティナメリルさんも、俺の首に手を回してくれた。
昨日の出来事は夢ではなかった……。
何も言わず、しばらく時が止まるのを感じていた。
「ティナメリルさん、昨日の夜、食事はしました?」
「ええ、いただいたわ」
「ならいいです」
エルフはあまり食事をとらないので、もしかして昨日も食べてないのかと不安になった。
いくら治癒魔法が万能とはいえ、対象者もそれなりに疲弊しているはず。となるとエルフでも食事での回復は必要だろう。
彼女にも何か、お手軽につまめるものを用意したいな……。
そのとき、ある食べ物を思いつく。
と同時に、俺のスマホのバッテリー残量がほとんどないことを思い出す。
「あ、そうそう、お願いがありまして……」
ウエストポーチから、スマホと、ソーラーパネル付きモバイルバッテリーを取り出した。
「これを部屋の窓際に置かしてくれませんか?」
モバイルバッテリーとスマホをケーブルで繋いで窓際に置いた。
ティナメリルさんはスマホは見たことある。しかしモバイルバッテリーは初めてだ。
彼女は表面が黒い小箱に目をやる。
「――それは?」
「いや、昨日ずっと使っちゃって充電……あー、マナを溜めないと、もうじき動かなくなっちゃうので……」
昨日の戦闘シーンをキャロルがずっと録画していたせいもあって、スマホのバッテリー残量が一桁台になっている。
充電だけなら自室の窓際に置きに戻ればいいのだが――
「ここなら誰も来ませんし、置いといても盗られる心配がないので。日が沈む頃に取りに来ます」
彼女は小さく頷いた。
当たり前のように興味を示さない……知ってた。別に説明はいらないわよ……と目が語っている。
そんなことより、ここにスマホを置かせてもらえば、回収しにティナメリルさんに会いに来れる――
いや、別に両想いなんだから堂々と来りゃいいんだろうけど……。
何となく理由を作っちゃうあたりがヘタレかなー、と思わなくもない。
「ではとにかくゆっくり休んでくださいね」
「わかったわ」
彼女が部屋に戻るのを見納めたあと、別棟を出ると横の花壇に向かった。